Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『本日も休診』観劇レポート:“古き良き昭和”を描く人情喜劇、清新に

f:id:MTJapan:20211113123640j:plain

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

那須高原のてっぺんで診療所を営んだ、日本一(高い場所)の医師・見川鯛山。彼が高度経済成長期の市井の人々の暮らしを活写してベストセラーとなったエッセイ『田舎医者』が、柄本明さんの発案・主演、水谷龍二さんの脚本で舞台化。大自然に抱かれながら展開する演劇『本日も休診』に、花總まりさん、渡辺大輔さんが出演中です。

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

駆け落ち同様で年下の妻・テル子と那須にやってきた鯛山は、何かというと診療所の扉に「本日休診」の札を下げ、大好きな釣りに出かけています。そんな夫をおおらかに見守るテル子は、あることがきっかけで弱者に優しい社会を目指し、町長選挙への立候補を決意。止めようとする鯛山に怒った彼女は、家出をして選挙に備えますが…。

鯛山・テル子の夫婦愛を軸として、カラフルな周囲の人々のエピソードがふんだんに織り込まれた舞台。ラサール石井さんによる演出は軽快でありながら走りすぎず、場内を優しく“古き良き昭和”の空気感で包み込みます。何より柄本さん、万年“平”巡査を演じる笹野高史さん、お調子者のホテルの主人役・佐藤B作さん、重病人が出るとエンジンがかかる坊主役のベンガルさん、きっちりと仕事をこなすベテラン看護師役の松金よね子さん…と腕利きの俳優たちがずらりと揃い、肩の力を抜いて(いるように見せながら)笑いの渦を起こしたり、ほろりとさせたり。(特に佐藤さんと笹野さん演じる“勘違い”に起因する笑いが涙に転じるくだりは、喜劇の理想形と言っていいかもしれません)。

f:id:MTJapan:20211113124139j:plain

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

この名優たちの中にあって、花總まりさんは都会の“お嬢様”が駆け落ちしてきたのだろう、と思わせる清潔な輝きを放ち、徐々にテル子が正義感に目覚めてゆく過程も鮮やかに表現。自動車の運転が苦手でもうすぐ(車庫の?)柱を折ってしまいそう、という“天然”ぶりもチャーミングで、大地真央さんと共演した『おかしな二人』(観劇レポートはこちら)に続き、コメディエンヌの才覚を順調に開花させている模様です。後半には美空ひばりのナンバーを少女と口ずさむ場面も。

f:id:MTJapan:20211113124448j:plain

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

また駐在所に赴任する若い巡査、柴田役の渡辺大輔さんは、テル子とベテラン看護師が思わず“若い…”と感嘆するのがうなずける、清新な空気をたずさえて登場。ひとめぼれした若い看護師にプロポーズするためにも懸命に仕事に励む柴田の姿に、観客は素直に応援したくなることと思われますが、花總さんと共演した『おかしな二人』で渡辺さんが見せた“濃ゆいスペイン人”や、『ウェイトレス』でのダメ夫ぶり(レポートはこちら)を思い出すだに、その振り幅の広さに唸らされます。

f:id:MTJapan:20211113124516j:plain

明治座『本日も休診』撮影:引地信彦

ベテラン勢とミュージカルで活躍する二人の持ち味がブレンドされた『本日も休診』。3時間の観劇は、ステージ奥に連なる白い山稜に旅情を掻き立てられつつ、人々が衝突しながらも支え合い、思い合って生きて行く物語に心温まるひと時となることでしょう。

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『本日も休診』11月12~28日=明治座 公式HP