Musical Theater Japan

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『ウェイトレス』観劇レポート:自分を信じて踏み出す一歩

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

オリジナル版作詞・作曲家のサラ・バレリスによる、携帯電源オフを呼びかける日本語の(!)アナウンスに続き、舞台中央にはヒロイン(ジェナ)が登場。後ろからエプロンが掛けられ、砂糖に卵、小麦粉…と次々材料を渡された彼女は、歌いながらボウルの中でそれらを混ぜ合わせます。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

曲調が変わると、そこは彼女の職場であるアメリカ南部のダイナー。同僚たちとともに客から注文をとり、食事をサーブするジェナの慌ただしい日常が描かれます。
しかしわくわくするようなナンバーを歌い終わると、ジェナの前には重い現実が。吐き気を催した彼女は同僚のドーンとベッキーに促されて妊娠検査を行い、粗暴な夫との間に子供を授かったことを知るのです。“嬉しくなれない…”。気持ちの晴れぬまま産婦人科に通い始めたジェナは、そこで神経過敏な担当医と惹かれあってしまう…。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

2007年の同名映画を舞台化し、2016年にブロードウェイ初演を果たした『ウェイトレス』。原作者(映画版の脚本・監督)であるエイドリアン・シェリー、舞台版の演出ダイアン・パウルス、脚本のジェシー・ネルソンら主要クリエイターに女性が揃った(ブロードウェイでも)珍しい舞台は、“子供を持つ”ということが自分の人生に何をもたらすのか不安に苛まれたり、DV夫から離れられないでいる等身大のヒロインが、大きな一歩を踏み出すまでを生き生きと描写。年代も性格も異なる同僚ドーン、ベッキーとの“女の友情”が深まってゆく様も素敵です。ミュージカルの専門ではなく、シンガーソングライターであるバレリスによるポップな音楽、(やはり女性である)ロリン・ラッターロによるコンテンポラリー・ダンス風味の振付が個性的。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

今回の日本版では、ブロードウェイ版を観て“いつかこの作品に”と出演を熱望していたという高畑充希さんが主演。ダメ男につかまって半ば諦観の中で生きていたジェナが、紆余曲折を経て目覚めてゆく過程をコントラスト豊かに演じ、終盤の変化の瞬間のナンバー“Everything Changed”では“あなたは誰にも歌われていないメロディ”等の美しい言葉(訳詞・高橋知伽江さん)を力強く歌唱、感動を呼び起こします。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

ジェナを担当する産婦人科医ポマターを演じるのは宮野真守さん。ジェナとのデュエットでは柔らかな歌声を聴かせますが、お互い既婚者で道ならぬ恋の設定とあって、ロマンティックになりすぎないよう、ほどよくセーブしている様子。その分、長い脚を笑いを絡めた描写に生かしており、今後ミュージカル・コメディでの活躍も期待されます。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

オタク気質で内向的な同僚ドーン役でコミカルな味を醸し出すのは宮澤エマさん。出会い系サイトに登録するも、いざオギ―という青年から声をかけられるとすっかり及び腰になって歌うナンバー“When He Sees Me”は、心の乱れを表現するためか音があちこちに飛ぶ難曲ですが、安定感たっぷりに聴かせてくれます。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

もう一人の同僚ベッキーをこの日(ダブルキャストで)演じていたのはLiLiCoさん。二人より年上で、病気の夫を看護しながらダイナーで働いている…のみならず女性としても現役(⁈)という、バイタリティ溢れる役どころにぴったりとはまっています。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

ミュージシャンの夢がかなわず妻のジェナに当たり散らし、彼女を“俺のモノ”扱いするアールを演じるのは渡辺大輔さん。昨秋『おかしな二人』で演じた気のいいスペイン人役とのあまりのギャップに驚かされますが、どこかで“ダメのスパイラル”にはまっているのを自覚しているような繊細さがあり、“セラピーを受けては…?”などとお勧めしてみたくもなる造型。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部


また本作の“飛び道具”と呼ぶべきキャラクターが、オンライン上で発見したドーンに猪突猛進するオタク青年オギー。ダイナーを訪ねて“君は僕と決して離れられない”と宣言する姿は一歩間違えれば“恐怖のストーカー”ですが、徐々にドーンと“お似合い”であることが判明、“応援したい、愛されキャラ”としての地位を確立してゆきます。演じるおばたのお兄さんは唐突なバク転やアイリッシュダンス風のステップで場を沸かせ、確信に満ちた表情もオギーそのもの。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

また口が悪く、ベッキーと言い合ってばかりの料理人カル役、勝矢さんに人間くささ、店のオーナー、ジョー役の佐藤正宏さんには、頑迷そうだが“人間を見抜く目の持ち主”のオーラがあり、のびやかな動きを見せる藤森蓮華さんら、アンサンブルも溌剌として、パイの扱いも滑らか。

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『ウェイトレス』写真提供:東宝演劇部

ジェナの場合は期せずして人生の節目を経験し、いわば“百人力”を得て新しい一歩を踏み出してゆくわけですが、その背後には同僚たち、ジョーという心強い理解者の存在があります。まずは自分を信じて懸命に生きてみる、そうすればきっと誰かが応援してくれるし、一人じゃない。もちろんフェミニズム的な観方もできますが、男女を問わず“踏み出すきっかけ”を与えてくれるミュージカルと呼ぶこともできるでしょう。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ウェイトレス』3月9~30日=日生劇場、4月4~11日=博多座、4月15~19日=梅田芸術劇場メインホール、4月29日~5月2日=御園座 公式HP