Musical Theater Japan

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『マドモアゼル・モーツァルト』観劇レポート:人生という“探求の旅”

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『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

(本稿にはいわゆる“ネタバレ”がありますので、未見の方はご注意下さい)

頭上高くから“光の輪”に見守られた舞台。沈痛な音楽とともに浮かび上がるベッドの傍らでは、一人の女性が“亡くなったその人”を悼んでいます。
“ああ 旅立つのね そよ風に乗って…”

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『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

軽やかに転じる曲調とともに時が遡り、場面は“その人”の幼年期へ。
ハープシコードで“きらきら星”を弾いていた少女エリーザは、無心に音を楽しみ、曲を華麗にアレンジし始めます。驚いた父レオポルトは“残念なことにお前は女だ、(世間に)認められない”と悔しがるものの、“もしもお前が男だったら…”と思いつき、娘の長い髪に鋏をあてて宣言。

“お前は神の申し子 その名もヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト!”

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

時は移り、ところはウィーン。宮廷作曲家のサリエリは、時代の寵児としてもてはやされる若き作曲家、モーツァルトに遭遇します。天衣無縫な彼に辟易しつつも、その姿に“恐れずに音楽と対峙していた、子供の頃の自分”を見出し、不思議な魅力を覚えるサリエリ。

いっぽう下宿先の娘コンスタンツェはモーツァルトに憧れ、好意を伝えますが、作曲に夢中のモーツァルトはどこ吹く風。サリエリは彼をゲイではないかと訝しみ、恋人の歌手カテリーナにモーツァルトを誘惑するよう頼むのですが…。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

“モーツァルトは女性だった”という設定のもと描かれた福山庸治さんの漫画を、1991年に音楽座が舞台化。小室哲哉さんらの音楽に彩られた名作ミュージカルが、小林香さんによる新演出で上演されました。

ピアノやベッドなど最小限の道具に絞り、アクティング・スペースをたっぷりととったステージ。随所で町の人々役を担いながらのびやかに舞い、モーツァルトに寄り添う“精霊たち”(『魔笛』『フィガロの結婚』等、モーツァルト作品のキャラクターに扮しています)に見守られる形で、明るくユーモラスな物語は徐々にシリアスに転じてゆきます。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

男性として生きることで才能は開花したものの、真実を隠したまま結婚し、妻コンスタンツェを傷つけてしまうモーツァルト。“神童”ブームは去り、彼の音楽の最大の理解者である父レオポルトも死去。音楽と戯れるだけで満ち足りていた人生は次々と“現実”に打ち砕かれます。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

その孤独をコンスタンツェに吐露したモーツァルトは再起を懸け、寝食も忘れて作曲に没頭。新作『魔笛』を書き上げますが、もはや体内に生きる力はいくばくも残されておらず…。

女性が社会進出を拒まれた時代に数奇な人生を歩み、短い生を終える(本作の)モーツァルト。芸術の世界のみで生きていた序盤の彼女が輝きに満ちているだけに、実人生の負のスパイラルに陥ってからの葛藤は痛々しいばかりですが、それでも本作は悲劇に終わらず、希望に満ちた“輪廻転生”に着地します。今回の演出では、一つの生を終えたモーツァルトが性別を超越し、最も自分らしい姿で次の生へと旅立つ姿を、輝かしく描写。ジェンダーギャップに関心を持つ小林さんならではの、2021年の観客に向けた、力強いエールと言えるかもしれません。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

このエールをまさに舞台上で体現しているのが、モーツァルト役の明日海りおさん。水を得た魚のように作曲にまい進する無垢な輝きが圧倒的に眩しく、中盤以降は内面の葛藤を全身で表現。

とりわけ渾身の力をふるって湧き出る音をとらえ、『魔笛』のスコアを書きあげるくだりでの鬼気迫る身体表現には、フィクションとは分かっていても“モーツァルトその人が降りてきたのではないか”という錯覚すら抱かされます。

偽りの結婚に傷つくも、モーツァルトの内面に触れ、いつしかかけがえのない理解者となってゆくコンスタンツェを演じるのは、華優希さん。モーツァルトにときめく序盤では乙女心を、新婚の寝室でのコミカルなやりとりでは明日海さんと息の合ったところを見せつつ、人生の悲しみを知り、一人の人間としてモーツァルトを愛するようになる過程を、誠実に描写。モーツァルトとコンスタンツェの間に生まれた“特別な絆”に説得力を与えています。

“若輩者”のモーツァルトを小憎らしく思いながらも興味を抱き、後にその“従姉妹=女性”としての姿に惹かれるも、彼女の音楽的才能に打ちのめされるサリエリを演じるのは平方元基さん。才能ある女性を愛することが出来ない男の性(さが)を顕わすいっぽうで、初対面からモーツァルトにパパと呼ばれるほど彼女の音楽の価値を理解し、後にその生き方をも受け止め、敬意を抱くようになってゆく人物を、気品と人間くささのほどよいバランスで体現しています。作品の芯の台詞「大切なことは、君がモーツァルトだということだ」も丁寧に発し、舞台のあたたかな余韻に大いに貢献。

またサリエリの恋人、カテリーナ役の石田ニコルさんは、中性的に表現されるモーツァルトとは対照的にグラマラスな色気を放ちつつ、モーツァルトに翻弄されるサリエリへの複雑な女心を、醒めたような呟きを巧みに織り交ぜて表現。レッスンのくだりでは本格的な声楽に挑んでいます。

共作者ダ・ポンテに去られたモーツァルトの前に彗星のごとく現れ、“(貴族ではなく)大衆のためのオペラを作ろう”と提案する興行師シカネーダーを演じるのは古屋敬多さん。本作で最も小室サウンド的とも言えるナンバー“NEW WAVE”を溌剌と歌って場の空気をがらりと変え、完成した『魔笛』上演の場では、(幻想の中で)パパゲーノに扮し、明日海さん扮するパパゲーナとともに軽やかなワンシーンを披露しています。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

良かれと思い娘を“息子”として育て、それが引き起こした事態に当惑する父レオポルトを、敵役的にではなく情味を残して演じる戸井勝海さん、コンスタンツェとリアルな男女の愛を育むモーツァルトの弟子、フランツの善良さを過不足なく演じる鈴木勝吾さんも好演。他のキャストとともにモーツァルトの人生を鮮やかに彩っています。

『マドモアゼル・モーツァルト』©Marino Matsushima 禁無断転載

再生した主人公が羽ペンを手に、期待に満ちた表情で天を仰ぐラストシーン。“探求を続ければ、きっと希望はある”と信じられる、肯定感に満ちたこの光景に心震え、生きる勇気が漲るのを感じた観客も多いことでしょう。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『マドモアゼル・モーツァルト』10月10~31日=東京建物Brillia HALL 公式HP
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