Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『アーネスト・シャクルトンに愛されて』伊原剛志インタビュー:奇想天外な中に“明日を生きる希望”が溢れるミュージカル

伊原剛志  大阪府出身。舞台『真夜中のパーティ』で俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』で人気を博す。クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』に出演。ブラジル映画『汚れた心』でプンタデルエステ国際映画祭主演男優賞受賞。近年の主な舞台出演に『フェイクスピア』『リア王の悲劇』『愛の乞食』など。2024年に川平慈英と漫才コンビ「なにわシーサー’s」を結成する等、多方面で活躍している。

眠れない或る夜。
シングルマザーの音楽家キャットのもとに、メッセージが届く。彼女がマッチングアプリに投稿した楽曲を聴いたのだという。発信者の名はアーネスト・シャクルトン、職業・探検家。それは何と、1世紀前の南極からの交信だった…!

荒唐無稽なストーリーと独創的な音楽が評判を呼び、オフ・ブロードウェイ・アライアンス最優秀ミュージカル作品賞を受賞した『Ernest Shackleton Loves Me』。昨年秋に『アーネストに恋して』の邦題で「松竹ブロードウェイシネマ」にて上映された本作が、今回『アーネスト・シャクルトンに愛されて』のタイトルにて日本に上陸します。
 
たった二人の出演者の芸達者ぶりが最大の“見どころ”ともいえる本作の日本版で、音楽家のキャット役を演じるのは、元宝塚トップスターの紫吹淳さん。そして彼女が出会う探検家のアーネスト・シャクルトンと、キャットのダメダメな(?)彼氏ブルースを演じわけるのが、伊原剛志さんです。

これまでも様々な映像作品や舞台で人間味溢れるキャラクターを演じてきた伊原さんですが、意外にも本格的なミュージカル は、今回が初めてだそう。二人芝居ならではの忙しさに加えて、歌による表現も大きな課題となる本作に、どのように取り組んでいるでしょうか。稽古期間中の某日、ざっくばらんに語ってくださいました。

 

『アーネスト・シャクルトンに愛されて』

――本作にはどのように出会われましたか?

「今回、オファーをいただいて、オフ・ブロードウェイ版の映像を観ました。非常に勇気がもらえる作品だし、曲がいいですよね。これまで本格的なミュージカルをやったことがなく、いつかやってみたいなと思っていたタイミングでお話をいただいたこともあり、出演を決めさせていただきました」
 
――昨年、川平慈英さんと共演された『なにわシーサー’s』にも、ミュージカル・ナンバーはありましたが…。(観劇レポートはこちら

「そうですね。ただ漫才部分が大部分でしたので、本格的なミュージカルとなると、やっぱり今回が初めてだと思います。

これまで、ミュージカルは知り合いが出ているときに観に行くくらいで、正直、“お芝居していて急に歌うって、変だな”なんて思ってました(笑)」

 

――そこに敢えて挑むというのは、やったことのないものに対する好奇心からでしょうか?

「いえ、作品とシャクルトンというキャラクターに“挑戦してみたい”と思わせるエネルギーがあったからです。僕は“なんでもお受けする”ということができなくて、自分から“やりたい”という気持ちが湧かないとできないタイプ。準備期間も欲しいですし、掛け持ちとかも難しくて…」

 

――では本作は“選ばれた一作”なのですね。

「そうなんです。…が、やってみると、思っていた以上に歌が大変です(笑)。非常に難しいナンバーばかりで、(共演の)紫吹さんも、40年のミュージカル人生の中で一番難しいと言っています。“伊原さん、初の本格ミュージカルによくこれを選びましたね”って(笑)。僕としてはほかにやったことがないから、どれくらい大変な作品かもわからない(笑)」 

 

『アーネスト・シャクルトンに愛されて』

―― 歌稽古をしながら、ミュージカルだとこういうふうに喉を使うんだな、といった発見もされていますか?
 
「そこはあんまり意識していません。そんなに大きな劇場ではないし、僕の中で、ミュージカルだからといってお芝居と歌を分けてしまうことには違和感があります。それまで普通の声を出していたのが、歌が始まったとたんに“いい声”になってしまうのはちょっと変かもしれない。やっぱり自然に役と歌とがマッチしていくのがいいかな…と思っています」

 

――以前、本作の作者であるヴァレリー・ヴィゴーダさんにインタビューした際、本作の誕生について、博物館でアーネスト・シャクルトンについての展覧会を見て彼に興味を抱き、リサーチを始めたのがきっかけだとおっしゃっていました。シャクルトンという人物について、どんな印象をお持ちですか?

「今回のミュージカルでは主にシャクルトンの明るい部分であったり、前向きな部分を音楽に乗せて描いているけれど、稽古が始まる前に彼の伝記を読んでみたら、よく生き残ったなと思えるほど、彼は壮絶な体験をしているんですよ。(船が難破したことで)2年間も南極を漂って。ようやく基地に辿り着くと、避難させていた仲間たちのもとに戻って、全員を助け出してもいます。

演出家とは、今回の舞台ではそういうリアルな、大変だった部分をもう少し描けたらという話をしています。オフ・ブロードウェイ版では彼の楽観主義が前面に出ているけれど、つらいがゆえ、苦しいがゆえの楽観主義というものを、うまく表現できたらと思います」
 

――極限状況におかれた人物を演じる際には、やはり想像力をフルに生かしていらっしゃるのでしょうか。

「 そうですね。僕自身、彼のような冒険をしたことはないし、もちろん南極に行ったこともないので、まずは動画サイトで南極に関する映像をけっこう見ました。天気のいいときには真っ青な空のもと、ペンギンたちが歩いていたりするけど、吹雪いているときにはマイナス70度にもなるそうで。僕は仕事でマイナス 25度ぐらいしか体験したことがないので、その時の記憶から“こういう感じかな”と想像を広げていく感じですね。

ミュージカルという前提はあるけれど、オフ・ブロードウェイ版よりは、そういったリアルなものをもう少し感じていただけるようにしたいなと思っています」

 

『アーネスト・シャクルトンに愛されて』公開稽古より。

――彼の想像を絶する日々を支えていたものとして、史実に沿って、本作ではシャクルトンがバンジョーを演奏しながら歌う場面も登場します。音楽が彼の楽観主義の支えになっていたのですね。
 
「そうなんですよ。船が氷にはまってからの最初の7ヶ月間、探検隊は船の中で過ごしていたので、ポーカーゲームをしたり、彼が持ち込んだバンジョーで音楽会をやったりして、なるべく落ち込まないようにしていたみたいです。バンジョーって音が明るいですよね。それが(彼の信条に)合っていたんだろうと思います。

僕はバンジョーに触るのは、今回が初めてなんです。必死に練習して、なんとなく弾けるようにはなったのだけど、スピードが課題です。それに弾きながら歌わないといけないのがねぇ(笑)。あと二か月くらい稽古期間が欲しいと思いつつも、最後まで頑張ります」
 
――遭難という絶体絶命の状況下で、本作のシャクルトンはなぜか、21世紀を生きるキャットと交信するようになります。奇想天外な設定ではありますが、彼はなぜ、彼女とコミュニケーションをとるうち、恋に落ちてゆくのだと思われますか?

「小さい子供を育てながら、自分の音楽を作り続けている。そんな彼女の“強さ”に惹かれたんじゃないかな。それが冒険家としての彼のテンションと重なっていったんだと思います。実際、二人が一緒に南極を冒険するシーンも登場します」


――稽古の手応えはいかがでしょうか?

「とにかく出演者が二人しかいないので、ほとんど休む暇がないんですよ。時々休憩があっても、間違えたところを確認したりしているうちにあっという間に終わるから、5時間くらいぶっとおしで。今日で稽古四日目だけど、体感ではもう二週間ぐらいやってる気がします(笑)」

 

――伊原さんは劇団新感線の舞台にも出演されていますが、その時よりハードですか?

「あれもハードでしたけど、あの時から20年経ってますから(笑)。これまでも大変な仕事は結構やってきたけど、今回はたくさん歌があるから、また違う大変さがあります」

 

――ではキャット役・紫吹淳さんの存在は心強いのでは?

「彼女はミュージカルのプロですからね。いろんなことを教えてもらって、もうなんかこう、それこそ大船に乗った気でついていっています。ただ、彼女がメロディを歌って僕がハモるところが結構多いんですが、つい、つられてしまって(笑)。つられないでハモるのが、今のテーマです」

 

『アーネスト・シャクルトンに愛されて』公開稽古にて、紫吹淳さんと伊原剛志さん。

――現時点で、どんな舞台になったらいいなと思われますか?
 
「やっぱり観ている方に元気になって、劇場を後にしてもらえるような、“なんかすごく勇気をもらったな”“明日から頑張ろう”みたいな気持ちになってもらえる舞台になったらいいのかなと思います」

 

――諦めないことだったり、孤独を抱えている人が“きっとどこかに思いを共有できる人はいる”と感じられるような作品でもありますね。
 
「そういう部分もありますね。あと、アーネスト・シャックルトンって、今でも“優れたリーダー”として語られる人物なんだそうです。そういう、現代にも通じる彼の魅力というのは感じていただけるように作っていかないといけないなと思っています」

 

――こういう人物だったからこそ、奇跡を起こすことが出来た、と…?

「そうですね。今日の稽古でやるシーンにも、“奇跡”にまつわる台詞があるんですが、なかなかいい言葉なんですよ。“時には無鉄砲な希望が奇跡を生むこともある。だから飛び込む”って。

やっぱり、飛び込まないと何も始まらないですよね。それは今の僕の状況にも通じるものがあって、ミュージカルに飛び込んでみて、その大変さに気づいたけれど、飛び込んだからには最後までやり遂げるしかないという心境です。(笑)」

 

――実際、ミュージカルに飛び込んでみていかがですか?
 
「もちろん大変だけど、一言で言って、楽しんでいます。やっぱり、音楽の力が大きいんですよね。この作品は前向きな音楽が多くて、演奏が始まる度に“よし行くぞ!”という気分になります。シャクルトンは(リーダーとして)探検隊を引っ張るけれど、彼自身も音楽に引っ張っていってもらっています。
 
あと、この作品をやっていると、お芝居からいきなり歌が始まるという違和感は感じないです。声も変わらず、台詞から自然に歌に入っていけます」

 

伊原剛志さん

――冒険家のシャクルトンに因んでお尋ねしますが、これまでのご自身の人生を振り返って、あれは冒険だったなと思われることはありますか?

「いっぱいありますけど、やっぱり大阪から東京に出てきたこと、そして海外でも仕事をするようになったのは大きな冒険じゃないかな。今は日本をベースに、ハリウッド含めていろんなところで仕事をしています。去年は初めて韓国映画をやりましたね」

 

――いろいろな国の現場を経験されてきて、これから日本のコンテンツが盛り上がって行くのに、どんなことが必要だと感じますか?

「 例えば、ある程度“無駄”は必要かなと思いますね。いいものって、切り詰めた中からではなく、無駄の中から生まれると思うんですよ」

 

――映像作品に出演されることが多い伊原さんですが、今回どっぷりミュージカルに対峙されていることで、舞台ももっとやりたいなというお気持ちは…。

「僕、19歳でのデビュー作が舞台だったんです。舞台はやっぱり、お客さんとのライブなので、それを想像しながら作り上げるのが楽しいですよね。みんなで創り上げていく稽古場の空気って大好きです。 これまでもそうだったけど、これからも定期的に舞台をやりつつ、映像作品にも取り組んでいきたいですね」

 

――表現者としてのゴールをどのようにとらえていらっしゃいますか?

「ゴールはないです。もうやりたくなくなるか、できない状態になったら終わりなんじゃないかな。

この前、舞台を観に行ったら橋爪功さんが84歳で、すごくお元気だったんですよ。終演後にお会いしたら、“で、お前いくつになったの?”と聞かれて“もうすぐ63です”って答えたら、“若くていいな”って(笑)」

 

――まだまだ、ですね。

「まだまだだけど、橋爪さんみたいな方は本当に稀ですよ。84歳であんなに出来るって、やっぱり凄いと思う。自分はいつまでできるかわからないけど、今はやりたいことに向かってやっていくエネルギーが非常にあります。今回のミュージカルのように、どんどん新しいことにも挑戦して、いろんな仕事をやっていきたいです」
 
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『アーネスト・シャクルトンに愛されて』6月11~24日=東京芸術劇場シアターイースト 公式HP

*伊原剛志さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。