これまでも映画やアニメなど様々に作品化されてきた京極夏彦さんのベストセラー小説が、劇団イッツフォーリーズによって初めてミュージカル化。板垣恭一さんの脚本・演出(インタビューはこちら)、小西遼生さんの主人公・中禅寺秋彦役ほか、強力な布陣で上演されます。戦後まもない日本を舞台としたミステリーは、ミュージカルという手法でどのように表現されるでしょうか。主演の小西さん、そして事件の発端に居合わせ、捜査に加わることになる刑事・木場役の吉田雄さんに、舞台のポイントを伺いました。
【あらすじ】昭和27年、14歳の加菜子は級友の頼子と湖を見に行く途中で駅のホームから落ち、電車に轢かれてしまう。重体の彼女は姉・陽子の依頼で「匣」と呼ばれる研究所に運ばれるが、何者かによって誘拐される。折しも世間は連続バラバラ殺人事件で騒然としており、刑事の木場をはじめ様々な人々が真相を探る中、“京極堂”と呼ばれる中禅寺秋彦が謎解きに加わる…。
演じる側も観る側も、この“非日常”に
没入できるような舞台に
――小西さんがイッツフォーリーズの公演に参加されるのは今回が初とのことですが、これまでどんなカンパニーというイメージをお持ちでしたか?
小西遼生(以下・小西)「昔からオリジナル・ミュージカルを、それも落語の『死神』であるとか、挑戦的な題材を選んで作っている劇団ですよね。『死神』は、僕が『生きる』で共演した市村正親さんがまだ(西村晃さんの)付き人をされていた頃に作られたと聞いて、そんなに前からオリジナルに挑まれていたんだと驚きました。オリジナル・ミュージカルを作り続けてきた、歴史あるカンパニーだと思っています」
吉田雄(以下・吉田)「有難うございます。僕は2006年に入団し、時々外部の舞台にも出演していますが、イッツフォーリーズには独特のアットホームな空気があると感じています。創設者のいずみたくの楽曲(“見上げてごらん夜の星を”“手のひらを太陽に”等多数)という財産を持っている点も、他の劇団にはない強みだと思っています。
今回、客演にあたって劇団での稽古の進め方などを尋ねてくださる中で、小西さんからは“みんなでいい舞台を作りたい”という意志を感じ、とても心強く思っています」
――原作小説は以前からご存じでしたか?
小西「タイトルは知っていましたし、(映画やドラマなど)いろいろなコンテンツになっていることも知っていましたが、何分、レンガみたいな分厚さじゃないですか(笑)。ですが今回初めて読んでみて、文体がとても魅力的だと思いました。もちろんキャラクターの心情の描写もあるけれど、それ以上に知識量がとてつもない。事件の解決に導くために何十ページもかけて説明が続くなかで、これまで知らなかった妖怪や忍者についての話がふんだんに出てきて、全く飽きることがありませんでした」
吉田「僕も今回、出演が決まるまではこの厚さに尻込みしていました(笑)。このボリュームの作品を舞台化するので、目が回るようなスピード感になるだろうけれど、お客様が置いてきぼりにならないような舞台を心がけないと、と思いながら読みました」
――今回のお役についてですが、まず小西さんが演じるのが、謎が謎を呼ぶ一連の事件に挑む古書店主、中禅寺秋彦。「不思議なことは何もない」と言い切れてしまう、明晰な頭脳を持つ人物ですね。もはや恐れるものは何もないのかな、とさえ映ります。
小西「彼は膨大な知識量の持ち主で、それを細かく、理路整然と分析します。と同時に、人の心を慮る力もある。世の中の現象に対して恐れはないけれど、今の知識で完結しているわけではなくて、中禅寺という人は常に学び続けているのではないかと思います。興味が尽きないのでしょうね。
でも彼は、人間の心は説明がつかない部分もある、人間は衝動的な存在である、ということもわかっています。犯罪が起こると世の中の人は動機に興味を持つけれど、彼は“たまたまチャンスがあったからに過ぎない”と言う。知識では補えない、人間の性を含めた全てを知っている人なのだなと思います。彼がどういう思考の持ち主なのか探ろうと、原作を何度も読み返していますが、このボリュームなのでなかなか蓄積が追いつきませんね(笑)」
吉田「原作にある台詞が今回の台本ではどうなっているか、など小西さんは非常に丁寧にチェックされています」
――終盤は、ちょっとこんな台本見たことない…というほど中禅寺さんの謎解きがずっと続いていて、これが実際の舞台ではどんな表現になるのか、非常に興味深いです。
小西「演じる側としては集中力が必要ですね。僕も探偵役は何度かやっていて、最近ではポワロを演じましたが、やはり最後に謎解きの長い台詞があって、こういうシーンでは謎解き役だけでなくその場にいる全員が集中していないと成立しないのではないかと実感しています。演劇的にも難しいけれど、楽しくもありますね」
――一方、吉田さんが演じるのは、発端となる事件に巻き込まれ、捜査に関わることになる木場刑事。一見、とらえやすい“無骨な刑事”ですが、設定が昭和27年で復員兵でもあるということを考えると、影も抱えていそうですね。
吉田「木場は不器用で“熱い男”です。原作では(つかの間、映画界で活躍した女優)美波絹子への恋慕も色濃く描かれていますが、今回の舞台ではそれより、生き方の不器用さに重点が置かれています。戦争はもう嫌だと思っているけれど、いっぽうでは今の世の中は複雑で、戦時中の白黒はっきりした世界のほうが分かり易かったと感じてしまっている。社会が復興する中で、自分も明るい方向に向かっていきたいけれど世の流れにうまく順応できない。時代考証的な部分も確認しつつ、彼の“探っている”姿をお見せできれば、と思っています」
――演出の板垣恭一さんは今回、物語をスピーディーに展開することもあって、感情的であるよりも論理的な演技をキャストに求めていらっしゃるそうですね。
吉田「木場の場合は、感情が先に走るような人物なので、それをどう論理的な方向に持っていくか。板垣さんと相談しながら、バランスをとっているところです」
小西「板垣さんのリクエストは決して“機械的に演じる”ということではないですし、それは役者であれば理解できると思います。痛みや悲しみが先走ってしまうと、観る人が醒めてしまいますからね。心の道筋を追っていけば、(論理的に演じても)感情は後からついてくるものであって、板垣さんはおそらくその感情を否定しているわけではないと思うんです。中禅寺も終始論理的に喋る人物ではあるけれど、世の中や、起きている事柄に対しての“憂い”や悲しみは持っています。戦中戦後を生き抜いて、人の生き死にを見ている人なので、それに対して感情が動かない人、ということではないと思います」
――音楽は日本のミュージカル音楽のホープ、小澤時史さん。彼の楽曲はいかがでしょうか?
吉田「これまでもいくつかの作品で彼の楽曲を歌っていますが、今回も素敵です。こういう(ダークな)内容なのに、どこか明るいところがあって、小澤さんらしさを感じます」
小西「僕は以前からTip Tap(上田一豪さん主宰の劇団)の舞台を観ていて、そこで音楽を書いている小澤さんとずっと(一緒に)仕事をしたいと思っていました。今回、(念願が叶って)上がってきた楽曲を見てみて、ひとことで言って“天才だな”と感じました。こういう内容なので、変拍子であったり、狂気を思わせるような楽曲を予想していたのだけど、届いたのは耳馴染みのいい4拍子の楽曲だったり。
彼にその意図を尋ねてみたら、“おじいちゃんおばあちゃんを含め、自分の家族が聞きにくい曲は作らない”というポリシーがあるらしく、すごくいいルールだなと思いました。せっかく日本語のオリジナル・ミュージカルを作っているのだから、言葉が観ている人に届くことってすごく大事ですよね。そういう意味でも頼もしい楽曲ばかりです」
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
吉田「イッツフォーリーズでは、観終わった後にあたたかな気持ちになれる作品をお届けすることが多いのですが、今回は題材自体が難しいですし、誰かが救われる話でもないと思います。でも、そんな中でも登場人物たちにはそれぞれの幸せの形があって、そういう幸せも感じていただきたいし、やはりミステリーですので、原作同様、謎解きの爽快感も感じていただけたら、と思います。
本作には思い切り非現実的な世界が登場しますので、お客様には日常から解き放たれ、ひととき舞台を楽しんでいただけたら嬉しいです」
小西「本作では、電車に轢かれてぎりぎり命をとりとめた少女を科学が(一線を越えて)助けようとする、というのが発端になっていて、それは“今”に置き換えれば、非常に身近な(命とは何か、という)問題も提起していると思います。そういう深さのある作品だし、原作の文章にあるエンタテインメント性も、ミュージカルという形式で伝えたいですね。(ロングセラーなので)かなりの数の方が結末を既に知っているとは思うけれど、ミステリーらしく“どうなるんだろう”とドキドキしていただけるように、舞台上の僕らは最後まで集中を切らさず、生きていきたいです。
中禅寺は前半、リアクションの芝居が多いですし、発言する時に彼独特の順序で論理を組み立てて話すんですよ。それを無理なくやるには、喋っていない時、舞台上に出ていない時もずっと中禅寺の思考を紡いでいないといけない。発言のすべてに裏付けがあって、それを僕自身、全部理解したうえでお客さんにお届けできるようにしたいですね。芝居と音楽が掛け算になって、俳優もお客さんも“没入できる”舞台になれば、と思っています」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『魍魎の匣』11月10~15日=オルタナティブシアター 公式HP
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