Musical Theater Japan

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『バイオーム』配信鑑賞レポート:樹々たちが目撃する“けものたち”の哀しき愛憎

『バイオーム』撮影:花井智子

 

ひとりぼっちの少年が、おずおずと声を発する。
“だれか…だれかいないの? こわいよ…だれか…”
心細さの中で発信を続けていると何かが、物音をたてる。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

8歳の少年ルイは、庭の植物たちに囲まれている。(5人の演じ手たちが舞台奥の壇上に、台本スタンドとともに横並びで立つ)。
“みんな言葉が話せるようになったんだね”と喜ぶルイに、長老格のクロマツはゆったりとした口調で答える。
“あなたが話せるようになった 私たちは変わらない”
なぜ彼は、植物たちの言葉が話せるようになったのか。これはルイの夢なのか。
謎めいた空気の中で、観客はルイと周囲の人々、そして彼らを見守る植物たちの物語を目撃する…。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

一つの戯曲を朗読劇として発表した後、VR(ヴァーチャル・リアリティ)テクノロジーを駆使、五感で体感する演劇として上演する。
そんな“進化型エンタテインメント”プロジェクトが梅田芸術劇場の主催で発進し、このほど第一段階のリーディングが脚本=上田久美子さん、演出=一色隆司さん、そして豪華キャストを迎えて上演、ライブ配信も行われました(22日からアーカイブ配信を予定)。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

朗読とはいっても俳優たちは台本を持たず、動きながら喋る場面も多く、観客としては限りなくストレート・プレイを観ている感覚。少年の冒険ファンタジー的に始まる物語は次第に両親ら、周囲の大人たちの素顔を生々しく見せて行き、凄まじい愛憎劇へと発展します。その様子を見守る庭の植物たちは、彼らが“けもの”と呼ぶところの人間たちによって切り倒されたり、殺虫剤を撒かれたりと散々な目に遭いますが、滅ぶことはなく“変化”をしながら生き続け、最後には全てを吞み込んでゆく…。人間と自然、二つの視点の往来が興味深い作品です。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

7人の出演者たちもそれぞれに個性を発揮し、ルイと幼馴染のケイの二役を演じる中村勘九郎さんはまず、冒頭の“だれか…”がいかにも心もとなく、たった一言で観客を物語に引き込みます。イノセントな少年が深く傷つく過程も真に迫り、かつて『伽羅先代萩』等で見せた名子役ぶりが懐かしく思い出される方もいらっしゃることでしょう。

ルイの母、怜子役の花總まりさんは、緩急自在の台詞術で芝居を膨らませ、ギリシャ悲劇のヒロインのような骨太の存在感を放ちます。かなり際どい台詞も発する役どころだけに、もう一役の生まれたての“クロマツの芽”役でのあどけなさにほっとする方も多いのではないでしょうか。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

家政婦の息子で、屋敷の庭師である野口と、一重の薔薇を演じるのは古川雄大さん。幼い頃から人知れず怜子を思い続けてきた青年の愚直さを過不足なく表現し、『エリザベート』とはまた違った花總さんとのコンビネーションが新鮮です。

一家の主の克人と、クロマツの盆栽を演じる野添義弘さんは、政治家としての“食えない”オーラと盆栽のひょうひょうとした空気感のコントラストが面白く、怜子のママ友で花療法士のともえと竜胆を演じる安藤聖さんは、社会的弱者の切実な思いを吐露するくだりが印象的。怜子の夫・学とセコイアを演じる成河さんは対する相手ごとに見せる顔が異なり、うまく世渡りをしているようでどこか悲しい人間像が浮かび上がります。

『バイオーム』撮影:花井智子

 

そして本作のキーパーソンともいえる家政婦ふきとクロマツの二役を演じるのは、麻実れいさん。淡々とした中に威厳が漂うクロマツと、抑えながらも感情が溢れてしまうふき、どちらの台詞にも耳をそばだてずにはいられない妙味があり、“聴かせる演劇”としての本作を力強く牽引しています。

第一段階とはいえ決して“習作”というわけではなく、まずは戯曲そのもののクオリティを証明する機会となった今回のリーディング公演。配信には英語字幕付きのバージョンもあり、ワード数を絞りつつも台詞の芯をとらえた英語字幕を見ながら、言葉の裏側に隠された真実を推測するといった楽しみ方もできるでしょう。

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*スペクタクル・リーディング『バイオーム』6月8~12日=東京建物Brillia HALL アーカイブ配信 6月22~28日 公式HP