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2024-25『レ・ミゼラブル』観劇レポート:新風吹き込みながら続いてゆく、壮大な“命のリレー”

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


昨年暮れに帝国劇場クロージング公演の一環として開幕した、2024-25『レ・ミゼラブル』。その後、大阪、福岡、長野、北海道を経て、公演は6月16日、群馬で大千穐楽を迎えました。
そして8~9月にはインターナショナル・キャストによる『レ・ミゼラブル』ワールドツアースペクタキュラーの初来日が予定され、さらには2027-28年に日本初演40周年公演の上演が決定と、作品の感動はまだまだ続く様相です。

本稿では2024-25年版『レ・ミゼラブル』のレポートを通して、公演の度に新キャストが登場、その都度、作品やキャラクターの新たな解釈や表現が生まれ、常に“呼吸”を続けている本作の魅力をご紹介します。(筆者は東京、博多公演を鑑賞)

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


開演時刻が近づくにつれ、静寂が深まる場内。厚みのあるオーケストラの音色が響き、作品世界の空気感を切り取ったかのような(原作者ユゴーによる)荒涼たる抽象画をあしらった幕に、水しぶきが映し出されます。苦役を強いられる囚人たちの怨嗟の声が渦巻き…。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


1815年、フランスはツーロン。妹の子のためパン一つを盗み、19年間囚人として過ごしてきたジャン・バルジャンは、警官ジャベールから“仮”の自由だと釘を刺された上で牢を出ますが、行く先々で“前科者”として疎外されます。

心荒ませた彼は唯一、自分を迎え入れてくれた司教から銀の食器を盗んで逃走。間もなく捕らえられるものの司教に庇われ、さらに銀の燭台を渡されます。“これで正しい人になりなさい”と諭されたバルジャンは葛藤の末、生まれ変わろうと心に決め、仮出獄許可証を破り捨てると…。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


主人公が新たな人生を歩み始めるまでの経緯を十数分で描き切るプロローグを経て、場面は1823年のモントルイユ・シュール・メールへ。名を変えて実業家として成功し、今や市長となったバルジャンは、街角で元工員ファンテーヌを介抱し、彼女の零落のきっかけが自分にあったことを知ります。余命いくばくもないファンテーヌに幼な子を託された彼は、自分を追ってきたジャベールを振り切り、テナルディエ夫妻に預けられていたコゼットを引き取ると失踪。そして月日が過ぎ…。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


(1789年に勃発したフランス革命後、フランスでは共和制~ナポレオンによる帝政~ルイ十八世による王政復古~七月革命を経ての七月王政…と、政情が目まぐるしく変化。不作による物価高とコレラ禍によって民衆は困窮を極め、不満の声が高まっていました。)

1832年のパリ。アンジョルラスをリーダーとして、学生たちが革命を叫ぶなか、グループの一人マリウスは、街で一人の令嬢に心奪われます。彼女を探すよう頼まれた少女エポニーヌは、マリウスへの片思いに苦しみながらも奔走。マリウスと令嬢…成長したコゼットが再会し、恋に落ちるいっぽうで、学生たちはバリケードを築き、政府軍と一触即発の状態となります。そこに味方を装った(今では警部の)ジャベールが潜り込み、少年ガブローシュに正体を見抜かれますが、彼の身柄を任されたのは…。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


ヴィクトル・ユゴーが実際に目撃した1832年の“六月暴動”をクライマックスとして、一人の男の波乱の人生を描く長編小説『レ・ミゼラブル』。アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクが全編ほぼ歌という、オペラに近い形式で書き上げたその舞台版は、1980年にパリで世界初演、1985年に英語版がロンドンで開幕し、日本でも1987年に初演以来、多くの観客の心を動かしてきました。今回も前回からの続投キャストと清新な新キャストが、“2024-25年の今、この時”を刻む熱演を連日、繰り広げました。

新キャストのうち、まずジャン・バルジャン役の飯田洋輔さん(吉原光夫さん、佐藤隆紀さんとのトリプルキャスト)は、緻密な心象表現が出色。仮出獄となり“今こそ 自由だ…”と、バルジャンの内面に渦巻く歓喜、安堵、苦難の記憶、憎悪、未来への期待を次々と浮かび上がらせるくだりに代表されるように、言葉(歌詞)のイメージを的確に膨らませる歌声で、観る者を物語世界に引き込みます。出身劇団で培ったであろう、“意識の折れ”を分析して言葉を発するというメソッドが生かされてのことかもしれません。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


また、本作では原作通りにバルジャンが怪力を見せる場面もあるものの、飯田バルジャンは決して“特別な人”ではなく、むしろ“普通の男”が愚直に、他者のため必死に生きることで、自分の持てる以上の力を発揮していくように映ります。そんな彼が本来、関わりのない筈の学生たちの“革命”に敢えて身を投じ、人知れずコゼットの恋人を守り抜いた後、自身は隠遁し、告白をしたためて死者の列に加わってゆく…。苦難続きの人生を生き切る飯田バルジャンの最期に、深い感慨を覚える方は少なくないことでしょう。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


囚人の子として育ち、何よりも“正義”を重んじて出世してきたジャベールを今回、新たに演じる小野田龍之介さん(伊礼彼方さん、同じく新キャスト・石井一彰さんとのトリプルキャスト)は、初登場時の“彼をここへ呼べ、24653”の颯爽たる第一声が鮮烈。生真面目という枠を超え、完全に“ヒーロー”的な登場です。その彼がなぜ、いつしか敵役の色を帯びて行くのか。絶叫に近い歌声とともに去ってゆく小野田ジャベールの苦しく、壮絶な最期が、彼の人生から“欠落”したものについて考えさせ、バルジャンの道程との対照を際立たせます。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


神の御心に沿って生きることを決意し、別人として生き始めたバルジャンに、“子育て”という具体的な使命を与えるファンテーヌを演じるのは、いずれも過去にエポニーヌを演じた生田絵梨花さん(コゼットも経験)、木下晴香さん、昆夏美さん。生田さんのファンテーヌは工場での弁明にはじまり、歓楽街での傍若無人な客への抵抗、ジャベールへの嘆願、バルジャンに食ってかかるくだりなど、一貫して“まだ人生を諦めきってはいない”強い意志が溢れるだけに、病に倒れる姿がいたましく、現在も世界各地で生きているであろう“望みからかけ離れた人生を強いられた女性たち”に思いを馳せさせます。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


また木下晴香さんのファンテーヌは、死の床でバルジャンに後を託すくだりが繊細にして骨太。実際にはそこにいないコゼットを見守りながら、彼女を幸せにするというバルジャンの誓いに安堵し、“目覚めたら会いに行くわ”とささやかな希望に満ちて息絶える過程を、か弱くも明瞭な歌声でしっかりと聞かせ、バルジャンに大きな使命が与えられた瞬間を印象付けました。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


テナルディエ夫妻の娘に生まれ、パリの街で学生マリウスをひそかに慕うエポニーヌを演じるのは、(続投の)屋比久知奈さんと、新キャストの清水美依紗さん、ルミーナさん。韓国でも同役を演じたルミーナさんは圧倒的な声量でマリウスに届くことのない恋心を虚空に響かせ、特に「オン・マイ・オウン」では“(幸せな世界に縁など)ない”という悲痛な一語が広い場内を貫きます。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


薄幸のファンテーヌがバルジャンに託し、本作の“光”の象徴とも言えるコゼットを演じるのは、続投の加藤梨里香さん、敷村珠夕さん、新キャストの水江萌々子さん。街角で出会ったマリウスへのときめきを、水江コゼットは一語一語が絵文字化されているかのように、生き生きと歌唱。2世紀前の若者の青春をごく身近に感じさせます。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


その恋人となるマリウスを今回演じるのは続投の三浦宏規さんと、新キャストの中桐聖弥さん、山田健登さん。革命で頭がいっぱいの“堅物”がコゼットに一目ぼれし、エポニーヌの心中を思いやる余裕もないほど舞い上がるが、コゼットと離れ離れになると知り捨て鉢になる…という、感情のアップダウンの激しい役柄に、山田さんは初々しく体当たり。特に心に傷を負った際、“放っておけない”ナイーヴなオーラが醸し出され、エポニーヌ、バルジャン、そしてコゼットの彼への献身に説得力を与えています。

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


マリウスの盟友で、学生たちグループのリーダー、アンジョルラスを演じるのは続投の木内健人さんと、新キャストの小林唯さん、岩橋大さん。小林アンジョルラスは清潔感に溢れ、カリスマ性をもって皆を牽引しますが、いざ蜂起となった際に民衆の応援が無く、仲間にこの戦いの意味を問われ、愕然とする表情が痛切。その痛みを抱えながら最後まで旗を掲げ、バリケードに立ち続けようとする儚い姿が、これまで歴史の中に消えていった無数の“無念の死”を表すようにも見え、目に焼き付けられます。(岩橋大さんはグループの仲間、フイイーを演じる回もあり、力強い歌声で活躍。)

 

『レ・ミゼラブル』左上がフイイー(岩橋大) 写真提供:東宝演劇部

ファンテーヌがコゼットを預けた宿の主人、テナルディエを演じるのは、続投の駒田一さん、斎藤司さん、六角精児さん、そして新キャストの染谷洸太さん。これまでシリアスな作品での活躍が多かった染谷さんは、なんとジャック・スパロウ(映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』)さながらのメイクで登場し、意表をつきます。のみならず登場時の「宿屋の主人の歌」から縦横無尽に動き回り(テーブルの上で倒立も)、モラルもへったくれもない“自由人”的人物として、強烈な印象を残します。(染谷さんに出会った海外演出陣が、彼に触発され、“ジャック・スパロウ的テナルディエ”を提案したのだそう。)

 

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部


アンチヒーローとして一種の爽快さを放つ造型ではありますが、ただしテナルディエはジャック・スパロウとは異なり、妻子持ちの身。(テナルディエの妻を今回演じるのは、いずれも続投の森公美子さん、谷口ゆうなさん、樹里咲穂さん)。特に一人の“父親”としては、子育てをしてきたようには見えないどころか、娘のエポニーヌに対して躊躇なく手をあげる姿も見受けられます。

血は繋がらなくともコゼットを愛し、彼女のために生きたバルジャンと、血が繋がった子を育てることを放棄し、奔放に生きたテナルディエ。これまでほとんど対比されることのなかった二人を新たな観点からとらえ直す機会にもなる点で、常に呼吸を続ける『レ・ミゼラブル』らしい“新テナルディエ”の誕生と言えるでしょう。

またバルジャンが人生の旅路ですれ違った人々を鮮やかに演じ分けるアンサンブル、そしてリトル・コゼットやリトル・エポニーヌ、ガブローシュ役の子供たちも日々、高い熱量をもって作品世界を生き、半年間に及ぶ24-25『レ・ミゼラブル』の旅は無事、終着。壮大な“命のリレー”のドラマが、各地で感動の渦を巻き起こしました。

 

『レ・ミゼラブル』ワールドツアースペクタキュラー 🄫Danny Kaan


その余韻冷めやらぬなか、8-9月には総勢65名以上のインターナショナル・キャストとオーケストラが来日するコンサート、『レ・ミゼラブル』ワールドツアースペクタキュラーが東京、大阪、福岡で上演。

ロンドン・ウエストエンドで 200 回以上のソールドアウトを記録した『レ・ミゼラブル ステージド・コンサート』をもとに、新たな舞台美術と照明演出を加え、よりダイナミックに進化を遂げた特別ヴァージョンの舞台とのことで、 2024 年 9 月に英国で開幕し、ワールドツアーの一環として日本初上陸を果たします。

 

『レ・ミゼラブル』ワールドツアースペクタキュラー 🄫Danny Kaan


海外キャストの英語での歌唱を通して、『レ・ミゼラブル』の世界をこれまでとは違う角度から味わい、27-28年の日本版鑑賞に備える…。本作を愛する人々にとってまたとない機会がこの夏、訪れます。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報 『レ・ミゼラブル』2024年12月9~29日=日生劇場、2025年1月5~7日=梅田芸術劇場、1月11~13日=博多座、1月18~19日=オーバード・ホール 大ホール、1月25~26日=愛知県芸術劇場大ホール  
『レ・ミゼラブル』ワールドツアースペクタキュラー 2025年8月7~30日=東急シアターオーブ、9月3~14日=フェスティバルホール、9月18~20日=福岡サンパレスホテル&ホール 公式HP
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