Musical Theater Japan

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『LAZARUS』観劇レポート:デヴィッド・ボウイが“舞台”に託した、表現者の魂

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


どこか無機質な空間。中央に積まれたモニターから溢れ出ていた映像と音が消え、二人の人物の会話から“本編”が始まる。

久々の再会らしく、訪問者のマイケルは部屋の主ニュートンにあれこれと近況を尋ねるが、返って来るのは無気力な言葉ばかり。かつてビジネスマンとして成功したニュートンは、何年も前に零落し、今や無為な時間を過ごしていた。

アンニュイなサウンドに乗せ、英語で歌い出すニュートン。ぽつりぽつりと心象を語りながら、彼は一つのフレーズを繰り返す。
“I’ll be free”(僕は自由になる)…。

 

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


ニュートンの身の回りの世話をする女性エリーと夫ザックの、すれ違う会話。

茶道や日舞を披露しながら詩を朗誦する“日本の女”と、同じ内容を英語で歌うニュートン。

混みあったバーで、謎の男バレンタインが目をとめる一組のカップル。


次々とシーンが切り替わるうち、白いドレスの少女が現れ、ニュートンを見守るようになる。彼女は、彼に“希望”を与える存在なのか…。

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


1964年にデビューし、グラムロックの先駆者として一世を風靡、その後も様々な音楽性を取り込みながら表現活動を続けたデヴィッド・ボウイ。
2016年に亡くなった彼が最後に手掛けたのが、共同脚本にエンダ・ウォルシュ(『Once』)を迎えた本作、『LAZARUS-ラザルス』です(2015年12月にNYで開幕)。

(“ラザルス(ラザロ)”は新約聖書「ヨハネによる福音書」に登場する人物で、イエスの友人。病気によって亡くなったが、イエスが呼びかけると生き返ったとされ、以来“復活”の象徴的存在とされてきました。)

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


下敷きになっているのは、かつてボウイが主演した映画『地球に落ちて来た男』(1976年、ニコラス・ローグ監督)。故郷の星を救うため地球にやってきた異星人が、実業家となって活躍。地球の女性との恋も経験するが、帰還のためのロケットを作ったところで囚われ、帰れなくなるまでが描かれます。

本作はその“後日譚”にあたり、冒頭、ニュートンの容姿が(異星人であるため)全く衰えていないことにマイケルが驚いていることから、映画のラストから長い年月を経ていることがうかがえますが、その間、ニュートンは日がなTVを見ては飲んだくれ、いわば“生きながら死んで”いる状態。

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


この絶望的な状況から脱し、彼はラザロのように“復活”することが出来るのか。
“少女”の登場によっていったんは希望の光が差し込むものの、現実はイエスの一声で奇跡が起きた聖書の世界からはほど遠く、イメージの洪水さながらに次々と展開するシーンの連なりが、ニュートンを取り巻く世界の混沌を強調します。

またボウイの過去の作品群の中から選ばれたミュージカル・ナンバー(一部は新曲)には、状況と必ずしもシンクロするわけではないワードや抽象的表現も見受けられ(さらにボウイの遺志によって本作は全曲が原語である英語で歌われるため、観客は舞台のあちこちに映し出される字幕を通して内容を把握)、キャラクターの心情をわかりやすく表現する歌詞に慣れたミュージカルの観客にとっては、かなり“噛み応え”のある2時間弱となっています。

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


ミニマルな中に様々なイメージが現れては消える舞台空間(美術=石原敬さん、照明=齋藤茂男さん、映像=上田大樹さん)とボウイの音楽世界を時に生々しく、時に幻惑的に蘇らせる手練れのバンド(音楽監督・バンドマスター=益田トッシュさん)を得て、白井晃さんの演出は個々のシーンを深く掘り下げるいっぽう、例えば“少女”が象徴するものについて特定の答えに導くことはせず、観客に考察の余地を残しています。

ニュートン役の松岡充さんは、“ロックスター”としての存在感を活かしつつ、誰もがデヴィッド・ボウイの分身ととらえるであろうニュートン役に、まさに“没入”。絶望の中に艶やかさが覗く歌声が、ニュートンの中にうずく“生”(もしくは復活)の可能性を滲ませます。

 

『Lazarus』撮影:田中亜紀


“少女”役の豊原江理佳さんは、劇場空間をまっすぐに貫く歌声で“ニュートンの想像の産物かもしれない”キャラクターに血を通わせ、エリー役の鈴木瑛美子さんはリアルな役どころを起伏豊かに表現。豊原さんの“少女”が歌う「Life On Mars」、鈴木さんのエリーが歌う「Changes」は原曲のドラマ性を幾重にも増幅し、観客の心を揺さぶります。

“日本の女”とマエミ役を兼ねる小南満佑子さんは、欧米人がイメージするところの“日本の女”を振り切って演じ、序盤に大きなインパクトを与えますが、鼻濁音を用いた気品ある朗誦でキッチュな方向性を回避。ベン役の崎山つばささんは順風満帆な若い男性のオーラを漲らせ、バレンタインに目をつけられる“不運”を印象付けます。

 

『Lazarus』撮影:田中亜紀


ニュートンの元同僚らしいマイケル役の遠山裕介さんは、大胆にアレンジされたナンバー「The Man Who Sold the World」をドラマティックに歌い上げ、ザック役の渡辺豪太さんは、ニュートンの出現によって妻との関係がこじれてしまったと感じる等身大の男をナチュラルに体現。そして“連続殺人犯”バレンタイン役の上原理生さんは、声楽というバックグラウンドをダイナミックな歌唱に生かし、映画『ロッキー・ホラー・ショー』のティム・カリーばりの、強烈な存在感を放っています。

 

『LAZARUS』撮影:田中亜紀


2025年を生きる日本在住の俳優たちが、今は亡きボウイの音楽、言葉を通して描き出す絶望、孤独、愛、そして“生と死”。観客の中にはそこにボウイの“不在”ではなく“存在”を、そしてその魂の“永遠”をまざまざと感じた方も、少なからずいらっしゃることでしょう。アナログで非効率的、けれどもライブならでは、生身の身体ならではの切実な表現が可能な“舞台”に、ボウイが最後に託したであろう夢の余韻が、長く続く作品です。

(取材・文=松島まり乃)
*公演情報『LAZARUS』5月31日~6月14日=KAAT神奈川芸術劇場 ホール、6月28~29日=フェスティバルホール 公式HP