Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』観劇レポート:恋愛“絶食”の時代に投げかけられる、“理性と本能”の物語

f:id:MTJapan:20191014223336j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
舞台上には野外パーティーの一角とおぼしき、バー・カウンターのセット。遠山裕介さん・加藤潤一さんが客席通路を練り歩き、飲み物を手売りしたり、舞台に腰かけて近くの観客に話しかけたり。ゆる~い空気が醸成されているところに鐘の音が響き、荘重なオルガン・サウンドとともに男子四人衆が客席後方から現れます。

f:id:MTJapan:20191014223510j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
沈痛な面持ちで中央に立ち、学友たちに“ともに放蕩の日々と決別しよう”と迫るのは、ナヴァール国王ファーディナンド(三浦涼介さん)。彼が用意した誓約書によると、これから三年間は勉学に身を捧げ、その間は“女性との面会は禁止”…つまり“恋愛禁止”とあり、驚いたビローン(村井良大さん)、デュメーン(渡辺大輔さん)、ロンガヴィル(入野自由さん)は“大人になんてなりたくない”、と抵抗します。

f:id:MTJapan:20191014223626j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
しかし国王に“いやなら帰れ”と言われ、しぶしぶサインをすることに。…と、間もなくそこに隣国フランス国王の代理として、王女(中別府葵さん)と友人三人組(ロザライン=沙央くらまさん、キャサリン=伊波杏樹さん、マライア=樋口日奈さん)が来訪。よりによって彼女たちは、男たちにとって学生時代の淡い恋の相手でした。

f:id:MTJapan:20191014223721j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
もしやお互い、今も感情がくすぶっている? 男子VS女子の腹の探り合いに恋文の渡し間違い、国王のもう一人の学友アーマード(大山真志さん)の直球すぎる恋が絡み、事態はますます混乱してゆく…。

f:id:MTJapan:20191014223755j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
軽快なロックをベースとして時にラップ、時に中世音楽風と変化自在の音楽に彩られつつ(音楽監督=小澤時史さん)、エネルギッシュかつスピーディーに運んでゆく恋の騒動。

f:id:MTJapan:20191014224632j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
原典の文学的な要素はかなりそぎ落とされていますが、今回の舞台では世の不条理を浮かび上がらせるキャラクターとしてコスタード(遠山さん)、ダル(加藤さん)、ジャケネッタ(田村芽実さん)が富裕層との“格差”を歌うくだりが際立ち、シェイクスピア劇らしい“毒気”を感じさせます(演出=上田一豪さん)。

f:id:MTJapan:20191014223858j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
冒頭の国王の“字余り”風宣言ナンバーが某・フランス発有名ミュージカルを彷彿とさせたり、ロンガヴィルのソネットのくだりでは某・有名バックステージミュージカルのパロディが登場したりと、ミュージカル・ファンならくすりとせずにはいられない“小ネタ”も満載ですが、日本版ではさらに出演者の経歴を活かした趣向も。

f:id:MTJapan:20191014223936j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
一見他愛無い物語に演劇的な醍醐味を注ぎ込み、愛すべきひと時を作り上げているのが、充実のキャスト陣。“濃ゆい”キャラクターがひしめく中で、ビローン役の村井良大さんは“大人になんぞなるまい”と心に決めながらもロザラインとの再会で本当の愛に目覚め、人間的に成長してゆく過程を明快に描き、抜群の安定感で物語を牽引してゆきます。

f:id:MTJapan:20191014224013j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
国王役の三浦涼介さんは麗しいルックスとは裏腹の力強く、ヒロイックな口跡がやんごとない役どころにはまり、高貴な身分の人間特有の“とっぽさ”が玄関チャイムを押された際のリアクション等に自然に滲みます。観客を巻き込んだソロナンバーのくだりでは、あまりに板についたロマンティックな姿に卒倒する方が出ない…とも限りません。

f:id:MTJapan:20191014224050j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
デュメーン役の渡辺大輔さんが磨きのかかった歌声でソロを歌いこなせば、ロンガヴィル役・入野自由さんはタップ・シーンを華やかに盛り上げ、ロザライン役の沙央くらまさんは知的な風情でビローンとの相性の良さを醸し出します。

f:id:MTJapan:20191014224215j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
王女役の中別府葵さん、キャサリン役の伊波杏樹さん、マライア役の樋口日奈さんのハリのある歌声、恋愛における主体的なありようも好ましく、ホロファニーズ先生役の木村花代さん、ナサニエル先生役のひのあらたさんは主筋を動かす立ち位置ではないものの、登場の度に喜劇的おかしみを漂わせ、余裕のていであんな役・こんな役もこなす達者ぶり。

f:id:MTJapan:20191014224303j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
開幕前から自由闊達なオーラをふりまくコスタード役・遠山裕介さん、日々を生き抜く中で男性不信になりかけているバーのウェイトレス、ジャケネッタ役・田村芽実さんの“世慣れ感”も出色です。

f:id:MTJapan:20191014224348j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
そして今回の舞台で忘れてならないのが、序盤に衝撃的な姿で登場し、怪しげな外国人風アクセントの台詞、お下品過ぎる歌詞のラップも飄々と操るアーマード役・大山真志さん。ラテン民族的な“暑苦しさ”を醸し出しながら場をかき回し、一方向に流れてゆく物語の行方をかく乱。舞台の面白みに大きく貢献しています。

f:id:MTJapan:20191014224450j:plain

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』(C)Marino Matsushima
恋愛に対して“草食”“絶食”でも生きていける、という層も少なくない時代に放たれる、“恋にまつわる理性と本能”の物語。安易な形にまとまらず、ほろ苦さの残る幕切れも含め、おおらかに楽しみたい舞台です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
 
*公演情報『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』10月1~25日=シアタークリエ、その後兵庫、福岡、愛知で上演
*関連記事 村井良大さんインタビュー三浦涼介さんインタビュー