Musical Theater Japan

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』観劇レポート:夢を持ち続け、愛しぬくことの輝き

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
心浮き立つ音楽に場内が包まれ、一人の少女が舞台に駆け込んでくる。無心にしゃぼん玉を飛ばす彼女の姿からはこの後、ほのぼのとした物語が続くと予想されますが、実際に描かれるのは、ヒロイン佳代(咲妃みゆさん)の過酷な境遇。捨て子だった彼女は育ての親・源兵衛の差し金で悪事を働こうとするも失敗、刑事に見とがめられた後、源兵衛に“へまをしやがって”とこっぴどく叩かれてしまうのです。折しも、遠く離れた宇宙では小さな事故が起こったらしく、宇宙人たちの慌てた声が…。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
舞台は一転、賑わう遊園地へ。ボディコンやDCブランドなど、カラフルな80年代ファッションに身を包んだ楽し気な人々の波の中に潜り込むのは、成長し、スリで生計を立てている佳代。鋭く辺りを見回した彼女は、一組のカップルに目をつけます。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
屈託なく、意思のはっきりした女性に対して、男性は萎縮気味。ひと目で初デートと分かる彼らを追って迷路に入り込んだ佳代は、たやすく盗んだ青年の財布に5000円しか入っていないことを知り、呆れつつもちょっとした悪戯を仕掛ける。男女の仲を割くようなその思いつきに、孤独に生きてきた佳代の寂しさが見え隠れします。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
一方、この青年…悠介(井上芳雄さん)のアルバイト先である喫茶店ケンタウルスでは、彼の帰りを待つマスター夫妻(吉野圭吾さん・濱田めぐみさん)と常連客たちの姿が。内気な悠介に業を煮やし、マスターの妻・春江は知り合いを通じて“いいお嬢さん”を紹介、この日はその“初デート”だったのです。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
デートが失敗に終わった悠介が戻り、皆に励まされていると、恩師から呼び出しの電話が。作曲家・早瀬(上原理生さん)宅に駆け付けると、彼の才能を見込んだプロデューサーから宝塚歌劇団への楽曲提供を持ちかけられます。有頂天の彼は早速、宝塚のレビューを空想。(実際に宝塚を昨年退団したばかりの)仙名彩世さんはじめ、出演者総出の華やかな光景が広がります。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
その帰途、公園でうっとりしていた悠介を見て足を止めたのが、偶然にもケンタウルスでアルバイトをすることになった佳代。“飛び切りいいことがあった”という悠介に佳代はスーパーの買い物袋からビールを差し出し、“お祝いパーティーをしよう”とベンチに腰掛けます。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
悠介に対する警戒が溶け、問われるままにささやかな或る“夢”を語る佳代。決して叶うことはないと思い込む彼女に、悠介は心をこめて語りかけます。“いつの日か夢はかなう 輝く心あれば… 虹色のシャボン玉 宇宙(そら)までとばそう”…。本作のテーマ曲的存在のナンバー、「ドリーム」です。 

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
二人は恋に落ち、周囲の人々も温かく見守りますが、ある日、ケンタウルスに思いがけない訪問者が現れ…。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
不器用な青年と恵まれない環境で育った少女の等身大のラブストーリーが、宇宙人たちを巻き込んで壮大な物語へと展開してゆく本作。1988年に初演以降、音楽座の代表作の一つとして何度も上演されてきましたが、本作の映像を子供のころに観て以来大ファンだったという井上芳雄さんの熱望を発端として、この度シアタークリエでの上演が実現。初演で佳代を演じた土居裕子さんはじめ、かつて音楽座に在籍した方、本作に多大な影響を受けた方を含む豪華キャストが集いました。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
今回は台本・楽曲の著作権のみ音楽座が貸与しての上演。つまり演出やヴィジュアル等は全く新たな形で創造される可能性もありましたが、小林香さんの演出は想像以上に、音楽座版に通じる“直球勝負”。温かな場面はとびきり温かく、コミカルな要素は誰もが小さくふきださずにはいられないほど誇張して見せ、悠介と佳代が直面する過酷な運命、そして全ての試練を乗り越えてゆく二人の魂の強靭さを際立たせています。音楽座版を観たことのある観客にとっても親しみのもてるプロダクションと言えるでしょう。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
悠介役の井上芳雄さんは人がよく、好きな作曲に関しては才能が溢れるが、異性に関しては緊張しいの奥手な青年像を、柔らかに体現。そんな悠介が佳代の過去を知る人物に向かって「僕は彼女の夫になる男です」と勇気を振り絞って立ち向かうシーンでは、彼の誠実さ、人間としての真価が露わとなり、大きな感動を誘います。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
そしてヒロイン佳代役の咲妃みゆさんは、孤独な少女が悠介との出会いを通して“夢を見ること”“愛すること”を知り、見違えるほど表情豊かになってゆくも幸福の絶頂で絶望のどん底に突き落とされ…というジェットコースター的な人生を、全身全霊で表現。特に後半は短い時間の中で、次々に“出来事”に遭遇。その都度喜びや悲しみを迸らせ、乗り越えて行こうとする姿に、心寄せずにはいられないでしょう。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
マスター夫妻役の吉野圭吾さん(福井晶一さんとのwキャスト)・濱田めぐみさんは、気のいい喫茶店夫婦の空気を醸し出し、内気な悠介が自然に気を許せる“居場所”を作り上げています。悠介の空想のレビュー・シーン等でも活躍。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
また上原理生さんは“いかにも芸術家”なオーラの作曲家・早瀬役も面白いのですが、二役で演じる宇宙人役での、落ち着いた物腰と台詞がぴたりとはまり、好演。同じく宇宙人役で(意図せず)二枚目と三枚目を行き来する内藤大希さんの存在感も光ります。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
初演で佳代を演じた土居裕子さんと、やはり音楽座出身で悠介を演じたことのある畠中洋さんの出演は、今回の公演の大きな話題。当時の音楽座ファンにとっては感慨もひとしおかと思われますが、当のご本人たちは(理由あって)佳代を見守り、その過程で地球人的には珍妙でしかない言動を繰り広げる宇宙人たちを、飄々と表現。井上さんはじめ若い出演者たちにとってどんなに心強い存在であることかと想像されます。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
前述の、悠介が勇気を振り絞って佳代を守ろうとするくだりをはじめ、本作にはいくつもの感動ポイントがありますが、後半で見逃せないのが、並んで立ち、手を繋いだ悠介と佳代が、顔を見合わせ、頷きあう光景。長い年月の悲喜こもごもの果てに、一心同体の二人が到達する心境がこの一瞬に凝縮され、深く心に残ります。

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『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』(C)Marino Matsushima
人生は短く、儚い。そんな中でも夢を持ち続け、精一杯、生きること。愛しぬくこと。そんなシンプルな“人生の輝き”に改めて気づかせてくれることこそが、本作が時代を超え、愛される理由なのでしょう。
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『シャボン玉とんだ 宇宙(そら)までとんだ』1月7日~2月2日=シアタークリエ、2月7~9日=福岡市民会館、2月12~15日=新歌舞伎座 公式HP