Musical Theater Japan

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『アリージャンス』観劇レポート:語り継ぎたい“もう一つの戦争物語”

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

2001年12月。簡素なアパートに住む老人、サム・キムラを、一人の女性が訪ねます。“あなたのお姉さまが亡くなりました”。
迷惑そうに背を向ける彼に遺品を渡して女性が去ると、そこに姉、ケイの若き日の姿が。“私たちは家族だった、戦争に引き裂かれるまでは。今はもう誰も語らないあの頃に戻るのよ。失ったものを取り戻すのよ…”。
“思い出すなんてごめんだ”と口では言っても、サムの脳裏には封印された記憶が溢れ出し、舞台は1941年、キムラ家がカリフォルニア州サリナスでつつましくも平和に暮らしていた“あの頃”へ。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

大学を卒業し、故郷に戻ったサミー(サムの当時の愛称)は、カイトおじいちゃん、農場を経営する父タツオ、姉ケイに迎えられ、村人たちと七夕まつりを楽しみます。しかしその数か月後、日米が開戦。一家は他の日系人たちとともに家を追われ、収容所へと送られてしまうのです。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

砂埃の酷い収容所で移民たちは不自由な生活を強いられますが、憤懣やるかたないサミーに祖父は“我慢だ”と日本語で説きます。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

アメリカへの無条件の忠誠を問われ、拒否した父がさらに過酷な収容所に送られると、サミーは志願兵となって忠誠を証明し、家族を自由にしようと決意。一方、姉のケイは信念を異にする父子の間で気を揉みつつ、一家のために自分を犠牲にする生き方から一歩を踏み出そうとしますが…。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

ハリウッド俳優ジョージ・タケイさんの実体験をもとに、第二次大戦下、日系アメリカ人たちが苦難の中でも希望を忘れず、生き抜こうとするさまを描く『アリージャンス~忠誠』。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

2015年ブロードウェイ初演に続き、日系カナダ人のスタフォード・アリマさん(『シークレット・ガーデン』)演出による日本版は、裸舞台に威圧感たっぷりにそそりたつ柵が印象的な美術(松井るみさん)に囲まれ、展開します。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

日本で生まれ育った日系一世と、アメリカで生まれ育った二世では祖国に対する感覚も異なって当然ですが、そんな違いが戦中ゆえに家族を引き裂く。それぞれが深い家族愛を持ちながらも、究極の選択を強いられ、起こる悲劇が戦争の酷さを物語ります。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima


早くに母を亡くし、一家の母親代わりとして献身的に生きてきたケイをたおやかに、大地に根をおろしたリアリティをもって演じるのは濱田めぐみさん。自分の人生を生きることに目覚めてゆくナンバー“もっと高く”が圧倒的です。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

サム役の海宝直人さんは一途で生命力に満ち、日系アメリカ人としての矜持を語る“男は”や、収容所での連帯を呼びかける“団結しよう”での力強い歌唱が出色。父親の望みで一度は法律家を志す…という設定ですが、世が世なら政治家として大成したかもしれない、と思わせるほどの行動力、リーダーシップ溢れる人物像です。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

言葉数は少ないながらも、耐える表情に一世の異国での苦節を滲ませるタツオ役・渡辺徹さん。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

収容所でケイが出会い、好意を抱く青年フランキー役に、(目の覚めるようなダンスシーンなどで)都会育ちの洗練された空気感を漂わせる中河内雅貴さん。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

政府と日系人の橋渡し役となり、難しい局面でぎりぎりの決断を迫られる日系アメリカ人市民同盟事務局長マサオカの苦渋を、過不足なく表現する今井朋彦さん。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

収容所に勤務するうち、とまどいながらもサミーに心惹かれてゆく白人看護師ハナ・キャンベルを誠実に演じ、アメリカの良心を体現する小南満佑子さん。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

そして回顧シーンでは祖父、序盤と終盤で“現代のサミー”を演じ、前者ではすべてを受け入れながら固い大地に花を咲かせるという小さな奇跡を起こす姿、後者では終盤の悲痛な台詞“手遅れだ”が強い印象を残す上條恒彦さん。

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『アリージャンス』(C)Marino Matsushima

アンサンブルを含め、それぞれが思いのこもった演技を展開するなかで、物語は一つの結末へとたどり着きます。“二度目のチャンスは きっとある”。希望に満ちたケイの呼びかけは劇中の人物のみならず、本作を観る人々、そして今・未来を生きるすべての人々に向けられたものなのでしょう。ケイがどんな思いでこの言葉を発するに至ったのか、私たちはそのチャンスをどう生きるべきなのか。出来ることならすべての日本人が観、そして語り継いでゆきたいミュージカルです。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『アリージャンス』3月12~28日=東京国際フォーラムホールC、その後名古屋、大阪で上演 公式HP