かつては“ブロードウェイの王”とばかりに活躍するも、今や落ち目のプロデューサー、マックス。開幕したばかりの新作も打ち切られ、いよいよ破産か…とオフィスで頭を抱えていると、帳簿を調べていた会計士レオが、成功作より失敗作のほうが利益を生むことに気づきます。
ここで閃くマックス。意図的に大失敗作を作り、出資者から集めた金を懐に入れてしまおうというのです。まずはレオを計画に引き込み、最低の脚本・演出家・出演者を揃えて『ヒトラーの春』を開幕。舞台は見事に大コケ…の予定でしたが、なぜかナンセンス・コメディとして大受け、ロングランが決定してしまいます。窮地に追い込まれた二人は…。
1968年のメル・ブルックス監督映画を彼自身の脚本・作詞作曲、スーザン・ストローマンの演出・振付で舞台化し、2001年にブロードウェイで開幕。トニー賞で史上最多の12部門を受賞したミュージカル・コメディ『プロデューサーズ』が、井上芳雄さん(マックス役)、吉沢亮さん/大野拓朗さん(レオ役・ダブルキャスト)主演で上演中です。
(ユダヤ系が多いブロードウェイで)ナチスをネタとして扱ったり、“有難い存在”である筈の出資者=エンジェルを“色ぼけしたおばあちゃま”として登場させたり…。きわどい笑い満載の作品ながら、“王道ミュージカル”調の堂々たるサウンドと振付のミュージカル・ナンバーが楽しく、とりわけ古き良き時代の“バークレー・ショット(群舞を上から撮影し万華鏡のように見せる技法)”風演出も登場する劇中劇『ヒトラーの春』は壮観。ミュージカル業界を揶揄しているように見えて、ある種“逆説的ミュージカル礼賛”作品となっています。
福田雄一さん演出による今回の日本版では、カンパニーが一致団結して“馬鹿馬鹿しい笑い”を追求。随所で笑わせてくれますが、それに終始せず、マックスとレオという“バディ誕生物語”として楽しめる点もポイントです。押し出しの強いマックスと気弱なレオという対照的な二人が、マックス主導の序盤からレオの精神的覚醒を経て、試練を乗り越え、対等な“よき相棒”となってゆくまで。原作映画版やブロードウェイ版より若く(本来は二枚目である)キャストの熱演が、この過程を生き生きと浮かび上がらせます。
その一人、マックスを演じる井上芳雄さんは、金のためならご高齢のご婦人との戯れも辞さない“海千山千”のショーマンを嫌みなく、からりと体現。かつての栄光を振り返る“King Of Broadway”やレオに裏切られたと思い、獄中で一人嘆く“Betrayed”での、台詞と歌をごく自然に行き来する確かなテクニック、多彩な共演者たちの台詞それぞれに対して絶妙の間合いで返すコメディ・センスも心強く、今回の舞台を牽引しています。
いっぽう、この日のレオ役・吉沢亮さんは、“夢を押し殺して間違った就職先に落ち着いてしまった内気な若者”像がリアル。そんな彼がマックスや新作の関係者たち、とりわけオーディションにやってきた北欧美女と関わるうち、解放され、世慣れてゆく過程が鮮やかです。歌声は素直で芯があり、豊かな表情からはサービス精神もうかがえ、ミュージカルとの相性は上々。今後も活躍が期待されます。
今回の舞台のもう一人の立役者といえば、前述の北欧美女ウーラを演じる木下晴香さん。マリリン・モンローさながらのお色気でマックスとレオを悩殺、英語が堪能でないにも関わらず秘書・受付嬢として雇われる…という、見方によっては女性蔑視となりかねない微妙なポジションの役どころですが、木下さんのウーラには優雅さが漂い、お馬鹿な展開を余裕で楽しんでいる風情。レオと恋に落ちる過程にも“微笑んでいたら彼が手のひらに乗っていた”といった軽やかさがあり、作品を“お下品一辺倒”から救っているといっても過言ではないでしょう。“大人可愛く”バラエティに富んだ衣裳(生澤美子さん)の数々もすっきり着こなしており、同性から見て魅力的に映る存在です。
ヒトラーに心酔する脚本家フランツ役は、福田さん舞台の常連である佐藤二朗さんが演じ、制約が多いであろう海外大作ミュージカルに独自のカラーをプラス。
“最低の演出家”ことロジャー役の吉野圭吾さん、その助手カルメン役の木村達成さんは思い切り弾けつつも、自分のスタイルを貫かずにはいられない芸術家の“性(さが)”を体現。ひょんなことから劇中劇で主人公を演じることになってしまった吉野ロジャーの熱演(迷演?)、それを見守った木村カルメンの歓喜には純粋な感動が。
またエンジェルの代表格としてお金と引き換えにマックスに迫るホールドミー・タッチミー役・春風ひとみさんには無邪気な色気が。彼女含め“おばあちゃまたち”が勢揃いして歩行器を使いながら踊る一幕終わりのナンバーは、ファンタジー色の強いヴィジュアルもあいまって不思議な迫力に満ちています。
ショーを巡る紆余曲折の後、改めてコンビを組むマックスとレオ。何のコンビかといえば、もちろんこれですよ…とばかりに、“ビアリーストックとブルームがお届けする…”とのサインの下、二人は自らのシルエットでその答えを示します。すこぶるお洒落な幕切れも嬉しく、本作鑑賞が“最高の年忘れ”となった方も少なくないことでしょう。
(取材・文・写真=松島まり乃)
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*公演情報『プロデューサーズ』11月9日~12月6日=東急シアターオーブ 公式HP