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『僕はまだ死んでない』観劇レポート:魅力的なヴィジュアルとともに問いかける「生きるとはどういうことか」

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

青に染まった紗幕。ぷくぷくという音とともに、下方から湧き上がる無数の水泡たちを眺めていると、一つ二つ…いえそれ以上、漢字やひらがなが紛れていることに気づかされます。水流に弄ばれ、転がりながら浮かび上がるのは、本作のタイトルをばらばらにしたのであろう、「僕」「死」といった文字…。

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

続いて紗幕に映し出されるのは、少年時代の主人公・直人と幼馴染・碧のシルエット。大人の直人の声で、用水路でとらえた鯉をめぐるエピソードが語られます。二人の少年はバケツの中で弱ってゆくそれを見つめていましたが、碧はあることを告げて去ってゆき、残された直人は…。

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

ここで紗幕が上がり、舞台上では画家として創作に打ち込んでいた直人が脳幹梗塞で倒れ、入院するまでが無言劇的に展開。レントゲン写真のイメージや平時の直人の写真などが補足説明としてタイムリーに映し出され、観客はスムーズに物語世界にいざなわれます。こうして入院六日目、意識のない直人を父・慎一郎、幼馴染の碧、妻・朱音、医師・青山が囲む場面から、本編がスタート。

「なにも無いってことはないでしょう? こいつが良くなる方法がなにか…」
手術で一命はとりとめたものの、回復の見込みが殆どないことを知り、担当の青山医師に食ってかかる碧。直人が会社勤めを辞め、画家の夢を叶えたばかりであることを知っているだけに、碧としては、彼がもう絵筆をとることができないという事実がどうしても受け入れられないのです。離婚間近の直人の妻・朱音ともいさかいが勃発。いたたまれず病室を抜け出そうとする青山医師を、直人の父・慎一郎は必死にとどめます。

そんな中、昏睡状態だった直人が目を覚ましますが、彼が思い通りに動かせたのは目…眼球と瞼のみ。青山医師は直人に現状と今後の見込みを説明し、これからの意思疎通ツールとして文字盤を取り出します。眼球の動きで一文字、一文字。おそろしく時間のかかるコミュニケーションに直人は絶望、彼が最初に伝えたのは「くそったれ」の一言でした。

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

2021年に広田淳一さん作・ウォーリー木下さんの演出でVR演劇(視聴者が360度自由なカメラワークで観ることができる映像演劇)として発表された『僕はまだ死んでない』が、舞台版となって登場。働き盛りの年齢の主人公がある日突然病に倒れ、周囲の人々、そして当人の思いが交錯する様が、主に病室を舞台に描かれます。

妻を亡くし、蕎麦屋稼業からも引退して穏やかな日々を過ごしていたところに、直人の介護という使命を与えられ、戸惑いながらも息子と再び向き合う慎一郎。
文字盤を通して直人の願いを知り、少年時代に自分が彼にしてしまったことを思い出す碧。
妻子がありながら画家という夢を追う直人から心が離れていたものの、離婚が決まった矢先に彼が倒れ、混乱する朱音。
それぞれの境遇が明らかになったところで、青山医師は彼らが避けて通ることのできない問いを投げかけます。
直人をどこまで介護するのか(=どこで諦めるのか)。対立する意見。明らかになる、直人の思い…。

極限の…かつ、誰にでも起こりうるシチュエーションの中で、広田さんの台本は終末期医療の問題のみならず、人の絆とは何か、“生きるとはどういうことか”を、観る者に静かに問いかけ、演出のウォーリーさんは俳優たちのリアルな芝居を引き出しつつ、魅力的なヴィジュアルをほどこし、作品を過度な“重さ”から救っています。

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

今回の公演では、主人公の直人と幼馴染の碧役を、矢田悠祐さんと上口耕平さんが交互に担当。日々、役を行き来しながらの“濃い”共演をすることでこなれた“バディ感”が生まれていますが、直人役では天井に向けられた眼球の演技、碧役ではやるせなさを発する台詞に違いが見られ、二人の個性、感性が存分に浸透した二役となっています。
セクハラすれすれのユーモアを忘れず、シリアスな状況も飄々と受け止める慎一郎役・松澤一矢さんには、リアルな“お父さん”感が(まさに“そのあたりで見かけそうな親父さん”ファッションにもご注目)。直人の妻・朱音役の中村静香さんは一見冷淡に見えるも、直人との絆を断ち切らず、新たな局面に踏み出していこうとする彼女の芯の強さを、終盤のモノローグで好演。

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『僕はまだ死んでない』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

そして ”医者“という立場ゆえ、患者とその関係者に共感は示しながらもプライバシーには踏み込まない、しかし決断を迫るうえでは彼らの事情にも耳を傾けなくてはいけない…という青山医師を、彩吹真央さんがビジネスライクとあたたかさの微妙なバランスをもって体現しています。

簡単には答えの出ないテーマを扱う演劇として、本作は観る人がそれぞれに感じ、考える余白を十分に抱きながらも、最後に一つだけ確かなものを、鯉のエピソードを絡めながら提示。直人に向けた碧のその台詞は、多くの人をそっと勇気づけるものであるかもしれません。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『僕はまだ死んでない』2月17~28日=博品館劇場 オンデマンド配信(舞台を収録・編集したもの)3月20日~4月30日 オンデマンド配信に関する公式HP
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