Musical Theater Japan

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ストレート・プレイへの誘い 『ビロクシー・ブルース』観劇レポート:スタンダード・ナンバーとともに蘇る、新兵訓練キャンプでの青春

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

場内に響く、1940年代のジャズ・ナンバー(「チャタヌーガ・チューチュー」)。
軽快なその音色をかき消すように、物語は男たちの怒鳴り声とともに始まる。
「人の口に足突っ込みやがって!」

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

舞台中央で列車に揺られているのは、18歳から20歳までの新兵たち。快適とは言えないシートに詰め込まれ、小さな衝突を繰り返す彼らの様子を、作家志望のユージンは観察し、ノートに書き留めて行く。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

自分にはユーモアがあると思っているセルリッジ。
屈強な胃袋と異常性欲の持ち主であるワイコフスキ。
歌うことが好きなカーニー。
読書家で、卵より固いものが消化できないエプスタイン。

かく言うユージン自身は、NY州ブルックリン育ち。それまで親元を離れたことがなく、三つの誓いを胸に、このキャンプに臨んでいるという。それは“作家になる”“生き残る”そして“童貞を捨てること”。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

ようやく南部ビロクシーの新兵訓練キャンプに到着した彼らは早速、教育係のトゥーミー軍曹から腕立て伏せを命じられる。そして深夜には“ハイキング”という名の、25キロほどの泥沼歩き。10週間の訓練が、こうして始まった…。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

『おかしな二人』『ローズのジレンマ』等でお馴染みの喜劇作家、ニール・サイモンの自伝的戯曲の一つで、ブロードウェイでは1985年に初演、トニー賞最優秀作品賞を受賞した『ビロクシー・ブルース』が、小山ゆうなさん(『ロボット・イン・ザ・ガーデン』)の新演出で登場。現在シアタークリエで上演中です。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

訓練キャンプが舞台とは言っても、例えば映画『トップガン』的な兵士としての成長物語とは異なり、本作は第二次世界大戦下という特異な環境における“青春”ドラマ。常に“戦い”や“死”を身近に感じていたであろう若者たちのかけがえのない日々を、二村周作さんによるミニマルで象徴的な舞台美術空間の中で、小山さんは鮮やかかつ丁寧に蘇らせます。ニール・サイモン作品らしく、随所に織り込まれたユーモアがほどよく緊張を和らげ、BGMやカーニーの歌唱で折々に差し挟まれる当時の流行歌の中には(ミュージカル・ファンには嬉しい)ガーシュインの有名曲も。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

ナレーターを兼ねた主人公ユージン役として、作品のトーンを決定づけているのは濱田龍臣さん。作家志望ということでボキャブラリーは豊富だが経験値に乏しく、深い洞察力はまだまだこれからという若者像を、落ち着いた口跡とあたたかな持ち味で、嫌味なく見せています。ロウィーナとの初体験や教会のダンスで出会ったデイジーとの会話のシーンでは、内面のどぎまぎを必死に隠そうとするさまがなんともチャーミング。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

エプスタイン役の宮崎秋人さんは、体は弱いが上官の理不尽な要求にただ一人抵抗し、傍観するユージンに対しては“人生に突っ込みが足りない”と述べ衝撃を与える人物として、(若くして)燻し銀の輝きを放っています。カーニー役の松田凌さんは、当時流行った鼻にかかった唱法で、歌うことが大好きな青年像を浮き彫りに。その無邪気さが最後に、戦争の残酷さをいっそう印象付けます。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

ユージンから“体の匂いが”“虫歯が”と書かれ放題のセルリッジ役・鳥越裕貴さんは、直情型の若者をのびのびと演じ、先に入隊したヘネシー役・木戸邑弥さんは自身のルーツを語る台詞に強い思いがこもり、ワイコフスキ役の大山真志さんは豪快な演技で各シーンに勢いをもたらします。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

岡本夏美さんは敬虔で知的な女子高生デイジーとして、濱田龍臣さんのユージンと息もぴったりに初恋シーンをみずみずしく描き出し、ロウィーナ役の小島聖さんは“週末限定の娼婦”をけだるく、ニュアンスたっぷりに演じて短い出番を印象深いものに。そして“鬼軍曹”トゥーミ―役の新納慎也さんは、豊かな色付けで長く感じさせない台詞術が光り、終盤のエプスタインとのシーンでは、それまでとは別人のような姿が圧倒的。思ったように生きられなかった人物の無念が迸り、観る者を引き込みます。

『ビロクシー・ブルース』©Marino Matsushima 禁無断転載

自伝的な作品と言うには出来過ぎている?と思えるほど、前半の要素が巧みに後半に生かされ、エピローグの“新兵たちのその後”にも、感慨を抱かずにはいられない本作。冒頭にある光景を加え、“回顧録”という枠組みを明確に見せる演出も効果的な、今回の『ビロクシー・ブルース』です。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ビロクシー・ブルース』11月3~19日=シアタークリエ いくつかの公演ではU25(25歳まで)当日割引販売も有り。(年齢の分かる身分証が必要)公式HP