背景幕一面にすっきりとした摩天楼のイラストが描かれ、その前にオーケストラを乗せた2階建てのデッキと、アールデコ調のドアが並ぶ舞台。アップテンポの序曲に続いて、スーツケースを抱えた長い髪の娘(ミリー)が1922年のNYへとやってきます。
“女性が29歳で老けてしまう”田舎町出身のミリーは、髪を切り、丈の(いくぶん)短いワンピースに着替えて気分一新。通りをゆく人々と共に華やかなダンスナンバー“とびきりモダンなミリー”で楽しい気分に浸りますが、ふいに財布を盗まれ、すっからかんになってしまいます。
通りかかった若者(ジミー)に教えられた長期滞在型の宿、ホテル・プリシラに転がり込んだミリーは、速記の腕を買われ、保険会社で働くことに。ハンサムな社長、グレイドンへの猛アタックはどうやら脈無しですが、意気投合した同宿のドロシーや再会したジミーとともに“もぐり酒場”に出かけたり、有名歌手マジーのパーティーに参加したりと、NY生活を謳歌します。
はじめは反発しあっていたジミーともいつしか惹かれあいますが、とある光景を目撃したミリーは大ショック。そうこうしているうちにドロシーが忽然と姿を消し、ホテルのオーナー、ミセス・ミアーズが中国人従業員のバン・フー、チン・ホー兄弟とともに怪しげな動きを見せていたことが判明します。ミリーたちはドロシー救出に立ち上がりますが…。
ジュリー・アンドリュース主演の1967年の映画を舞台化し、2002年にブロードウェイで初演。トニー賞作品賞など数々の賞を受賞した傑作が、2年前のコロナ禍による公演中止を乗り越え、ついにシアタークリエで開幕しました。
狂騒の20年代らしいゴージャスなヴィジュアルと音楽に彩られた物語は、コメディの芝居を心得た腕利きキャストによって小気味よく運び、場内には無邪気な笑いが溢れんばかり。いっぽうでは、めまぐるしい展開にあってミリーと人生の先達、マジーの対話シーンを“転機”として丁寧に描くことで、成功を夢見て奮闘するヒロインが“人生で本当に大事なこと”に気づく成長のドラマとしても、爽やかな後味を残します(演出・小林香さん)。
故郷から希望を胸にNYにやって来るも、あっと言う間に大都会の厳しさを思い知らされるミリーを演じるのは、朝夏まなとさん。服装を変えたとたんに(周囲の女性たちの衣裳が横縞調であるのに対して、ミリーの衣裳のみ縦縞、と細やかな遊びが心憎い衣裳デザインは中村秋美さん)、輝くばかりのオーラで“モダン・ガール”を体現、観客を作品世界へといざないます。以降もコメディに相応しい軽やかさでぽんぽんと台詞を繰り出しつつ、生来の明るさ、素直さで幸せを引き寄せてゆくミリーをしなやかに造型。チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』のメロディをジャジーにアレンジしたもぐり酒場のナンバーでは、長い脚を生かしたダイナミックなダンスも披露しています。
そんなミリーと出会ったことで、それまでの享楽的な生き方ががらりと変わってゆく青年ジミーを演じるのは、中河内雅貴さん。出会って早々、ミリーとの丁々発止の台詞の応酬で彼女との相性の良さを予感させ、もぐり酒場のシーンでは真っ赤なタートルネック・セーターと吊りズボンという当時ならではのファッションを見事に着こなし、息をのむような滑らかさでアステア・スタイルのダンスを見せてくれます。
ホテル・プリシラでミリーと知り合い、無二の親友となるドロシーを演じるのは実咲凜音さん。出会ったばかりのミリーに“初めて会ったわ、貧乏人に”と言い放つ姿は何とも天真爛漫で、おっとりとした“お嬢様”オーラが全開です。エレベーターの中でミリーとタップを踏むくだりでは二人の息がぴたりと合い、宝塚宙組の黄金コンビ再び、と胸熱くなる観客も少なからずいらっしゃることでしょう。
そのドロシーにひとめぼれをしてしまうミリーの勤務先の社長、グレイドン役は廣瀬友祐さん。ミリーの採用試験(“Speed Test”)では超絶早口、ドロシーとの出会い(“人生の神秘~誰かに恋して”)ではオペラ歌手ばりの朗々たる歌声を披露しますが、ミリーとかみ合わない台詞の一つ一つで笑いを誘い、(昨年から続く)コメディ俳優としての頼もしさに磨きがかかっています。
ミリーの上司にあたる保険会社のミス・フラナリー役・入絵加奈子さんは、この時代に中間管理職として活躍する女性としてのタフさを体現し、作中のほとんどを中国語で通すバン・フー役の安倍康律さん、チン・ホー役の小野健斗さんには、特に歌唱時の弾むような口跡にネイティブ味が。
パーティーで出会ったミリーの中にかつての自身を見る大スター、マジーを演じるのは保坂知寿さん。迷走するミリーに自身の考えを押し付けるのではなく、体験を語ることでさりげなくヒントを贈る大人の女性を、確かな台詞術で表現。本作の支柱的存在となっています。
いっぽうサスペンス・パートで重要な役割を担うのは、ミセス・ミアーズ。ステレオ・タイプな“曲者”の造型でも十分面白いであろうところを、演じる一路真輝さんは人生に対するフラストレーションとそれによって歪んだ心を台詞や歌唱の随所で見せ、より奥深いヴィラン像を創り上げています。終盤のマジーとのやりとりでは平静を装いながら火花散る“対決”がすこぶる可笑しく、これから御覧になる方はぜひご期待を。
ところで昨年、朝夏まなとさんが出演した『マイ・フェア・レディ』同様、本作は文化庁子供文化芸術活動支援事業の対象演目となっており、6~18歳の子供・学生が多数招待されているとのこと(応募は既に締切られています)。分かり易く華やかな本作は、“生まれて初めてのミュージカル体験”にもうってつけの作品でしょう。コロナ禍における数少ない恩恵の一つであり、舞台芸術の裾野拡大の点でも意義深い当事業が、今後も出来るだけ長く継続されてゆくことを期待するとともに、今回、本作を楽しんだ子供たちがいつか社会の荒波に揉まれた際、ふと思い出すことを願ってやみません。夢見ることを恐れないミリーの、あの“全力ぶり”の素敵さを。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『モダン・ミリー』9月7~26日=シアタークリエ、10月1~2日=新歌舞伎座 公式HP