Musical Theater Japan

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『ジェーン・エア』観劇レポート:誠実に生き、愛し、赦すこと。

『ジェーン・エア』🄫Marino Matsushima 禁無断転載

木々や草がまばらに生え、鈍い光に照らされた荒野。アクティング・エリアを囲うように左右に置かれた客席は小高い丘のようにも見え、ステージと一体化しています。重々しい音楽に重ねて“ジェーン…ジェーン…”と男性の呼び声が響き、登場する俳優たち。
“私の名前は ジェーン・エア”
それを皮切りに、彼らは主人公ジェーンの物語を、かわるがわる語り出します。

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幼くしてチフスに両親を奪われたジェーンは伯母ミセス・リードの屋敷で育てられますが、従弟たちはもちろん、伯母にも虐待され、ローウッド学院という孤児のための養育院に送られます。
反抗的な態度をとり理不尽な罰を与えられた彼女に、そっと食べ物を差し出し、慰めの言葉をかけたのは年上のヘレン。信仰心のあつい彼女はジェーンに“赦すこと”を説き、二人は急速に親友となって行きます。

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しかし地形的に霧がかかりやすく、校長の方針で食生活も制限されていた学院は流行り病に襲われ、ヘレンも肺病の床に。面会を止められていたジェーンはたまらずヘレンのベッドを訪ねますが、彼女は“もうすぐ神のみもとに行ける”と満ち足りた表情で語るのでした。

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時は過ぎ、今やローウッドで教師として過ごしているジェーンはその環境を抜け出し、“自由になること”を強く願います。家庭教師の口を見つけた彼女はソーンフィールドという屋敷へと向かい、フランス人の娘、アデールを教えることに。留守がちの主人ロチェスターと意図せぬ出会いを果たしたジェーンは、孤独で皮肉屋の彼に自分と共通する何かを感じ、次第に心通わせて行くのですが…。

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シャーロット・ブロンテの長編小説を『レ・ミゼラブル』のジョン・ケアード自身の脚本・演出で舞台化し、1996年に世界初演、2000年にブロードウェイで開幕。日本では2009年、2012年に上演された『ジェーン・エア』が、新演出で上演中です。ポール・ゴードン(『ダディ・ロング・レッグズ』)の弦楽をメインとした端正な音楽に彩られながら、舞台は過酷な環境で育ったヒロインがかけがえのない友との出会いによって救われ、人生を切り拓いてゆくさまを、程よいスピード感をもって描写。(鑑賞後に原作を読むと、例えばジェーンのテーマとも言えるナンバー“自由こそ”の歌詞には彼女が少女時代に読んでいた書物のイメージもうかがえ、長大な原作の脚本化の妙が感じられることでしょう)。

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また皆がナレーターとなって語りと芝居を往来することで場内には格別の一体感が生まれ、“遠い時代の物語”は“私たちの物語”へと変換。観客は変化自在の演技を楽しみつつ、自然に物語世界へといざなわれます。

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タイトル・ロールと親友ヘレンを今回、回がわりで演じているのは上白石萌音さん、屋比久知奈さん。この日のジェーン役、屋比久さんはまっすぐな歌声にジェーンの精神の強靭さをしのばせ、一つ一つの音・言葉を通して鮮やかに彼女の思いを客席に届けます。いっぽう、上白石さん演じるヘレンには不遇の人生を通して到達したある種の達観が滲み、彼女の発する優しく、ポジティブな言葉の一つ一つが宝石のよう。終生、ジェーンの心の支えになってゆくことが容易に想像でき、終盤の登場も至極自然に感じられます。

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井上芳雄さん演じるロチェスターは、皮肉屋の仮面がジェーンとの交流を通して取り払われた後もつきまとう“陰”が濃厚。人知れず苦悩を抱えていたことが十分に伝わり、ジェーンが重大な決断を下しながらもどこかで彼を思いやり続け、それが終盤の奇跡に繋がっていったのであろうことに説得力が加わります。原作で“美しく豊か”と描写されていたロチェスターの歌声が、ミス・イングラムとのシャンソンのデュエットで実際に聴けるのも舞台版ならでは。

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家政婦として屋敷をまとめあげるミセス・フェアファックスを春風ひとみさん、ある重要な真実を知るメイスンを大澄賢也さんが手堅く演じ、春野寿美礼さん、仙名彩世さん、樹里咲穂さんらが見せる、ジェーンの幼少期につらくあたる人物やロチェスターの友人、屋敷の使用人等の巧みな演じ分けも見どころとなっています。

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女性の自立を描いている点で、原作小説は保守的な道徳観が主流であった当時、センセーショナルにとらえられたと言います。それから2世紀近くが過ぎた今、世界の多くの地域で女性たちは仕事や恋愛における自由を認められていますが、苦難の全くない人生というのはごく稀で、誰もが大小の障壁に突き当たっては乗り越えたり、回り道をしながら生きているのでしょう。“赦すこと”“愛すること”を胸に抱き続けたジェーンを描く本作は、そんな今を生きる女性たちを優しく迎え入れ、そっと背中を押してくれる作品と言えるかもしれません。

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(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジェーン・エア』3月11日~4月2日=東京芸術劇場プレイハウス、4月7~13日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 公式HP