Musical Theater Japan

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『SLAPSTICKS』観劇レポート:追い求め続ける“夢の破片”

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

 

ドタバタ喜劇、もしくはそこで使われる音響道具を表す語「SLAPSTICKS」が掲げられた額縁舞台。1939年、中年のビリーは映画配給会社のデニーを熱心に説き伏せています。ロスコー・アーバックルというサイレント映画俳優の主演作をリバイバル上映しないかというのですが、デニーは渋い顔。トーキー映画が人気の今は集客の見込みがない、というのです。食い下がるビリーに彼が放った一言をきっかけに、場面は1920年のハリウッドへ。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

もともと喜劇役者志望だったビリーはそのころ、喜劇映画の神様と呼ばれたマック・セネット監督に助監督としてついたばかり。体をはった笑いが日々過激さを増す中で、失敗を重ねながらも一人前の映画人を目指しています。ふとした拍子に蘇るのは、映画館の伴奏ピアニスト、アリスとの初恋の思い出。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

かけがえのない青春の日々はしかし、1921年、サンフランシスコで起こった或る事件によって激変します。当時絶大な人気を誇っていたスター、ロスコー・アーバックルはその日、ホテルのスイートでパーティを主催。なかなか芽の出ない女優、ヴァージニア・ラップに「相談があるんです」と持ち掛けられ、快諾しますが…。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの戯曲を様々な演出家が手掛ける企画「KERA CROSS(ケラクロス)」。シリーズ第四弾の今回は、ケラさんのサイレント映画愛が凝縮されていると言われる1993年初演の『SLAPSTICKS』に、劇団ロロの三浦直之さんが挑みます。

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『SLAPSTICKS』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

映画界のみならず全米を揺るがした実際の事件を軸として、サイレント映画時代の終焉に主人公の青春の日々のそれが重なってゆく物語。境目を曖昧にしながら“現在”と“過去の記憶”を往来したり、“過去の記憶”の登場人物と“現在”のビリーが対話する中で深層心理を浮かび上がらせるなど、複数の“時”、情景と想念が溶け合った構成が特徴的な作品です。

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『SLAPSTICKS』(C) Marino Matsushima 禁無断転載

三浦さんの演出は奇をてらわず、当時の喜劇映画映像を差し挟みながら淡々と各場を展開。初恋のくだりではミュージカルでも活躍するキャストの軽やかな身のこなしを生かし、ビリー宅を訪ねたアリスをビリーとその父がもてなすうち、二人がピアノの調べに乗って踊り出す。その少し後ろではビリーの父親役であり、同時に中年ビリー役でもある俳優(小西遼生さん)も二人を見守るように踊る…という演出で、ほほえましくも切ない余韻を残しています。また中盤以降、事件の被害者ヴァージニア・ラップが印象的な形で登場。彼女自身の無念、そして時の流れに飲み込まれ、かき消されていった無数の人々の夢や思いが強調される形となり、物語によりリアルな“痛み”が加わっています。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

木村達成さんはエキセントリックな業界に必死にくらいついてゆこうとする青年ビリーを表情豊かに演じ、小西遼生さんも、様々な出来事を経てもなお映画愛にとりつかれた大人ビリーを生き生きと体現。桜井玲香さんのアリスは“ビリーの初恋時代”と後年でがらりと人が変わり、後者の頑ななたたずまいが哀切。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

メーベル役の壮一帆さんは奔放な大物女優を華やかに演じ、セネット役・マギーさんとこなれた“くされ縁”感を醸し出します。アーバックル役・金田哲さんは本来のスレンダーな体形と対照的なふっくらとした ”こしらえ”が面白く、飄々とした口調はスターの座から転げ落ちて以降の悲哀を強調。元木聖也さんは次第にビリーの昔話に引き込まれるデニー役を嫌味なく演じ、ヴァージニア・ラップ役の黒沢ともよさんは“目”の芝居で多くを表現しています。三浦さんが主宰する劇団ロロのメンバーたちも、撮影所の俳優役やブロマイド店のおばちゃん役等で個性を発揮。

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『SLAPSTICKS』(C)Marino Matsushima 禁無断転載

劇中、たっぷり紹介される当時の喜劇映画の映像には、CGなど無い時代ゆえごまかしようのない、文字通り“命がけ”のアクションが多々登場しますが、伴奏音楽はあくまで軽快。そうまでして“可笑しさ”を追求しようとした、当時の映画人たちの熱意(もしくは狂気)は、一世紀を経た今もなおフィルムの中にとどめられています。彼らへのオマージュであると同時に、夢破れてもなおその破片を探し、胸に抱かずにいられない、名もなき人々へのレクイエムでもある。宣伝ヴィジュアル等で本作が“ロマンティック・コメディ”と称されている所以は、そういったところにあるのかもしれません。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 KERA CROSS『SLAPSTICKS』2021年12月 22年2月3~17日=シアタークリエ 公式HP