
花屋で働き、静かな日常を送る蒼。
ある日、店の奥の作業部屋に、蒼の双子の姉、紅が訪ねてくる。
6年前に母を殺し、服役を終えた紅。
ぎこちない会話の中で、紅はある真実を語り、一つの提案をするが…。
2020年に公開され、話題を呼んだサスペンス映画が、シンガーソングライター、ヒグチアイさん(音楽・歌詞)×福田響志さん(脚本・歌詞原案)×元吉庸泰さん(演出)のタッグによって舞台化。
360度客席に取り囲まれたステージ上で演じる“二人ミュージカル”の世界初演に挑むのが、屋比久知奈さん、唯月ふうかさんです。
これまでも数々の作品に出演し、その表現力は広く知られる二人ですが、サスペンス劇であり、女性二人ミュージカルというこれまでにない作品を前に、どのような心境でいらっしゃるか、じっくり語っていただきました。

“歯車が狂い始める一瞬”を逃さずに
計算と本能のせめぎ合いを積み重ねていきたいです
――2020年に公開された原作映画は御覧になりましたか?
屋比久知奈(以下・屋比久)「衝撃的でした。予想もしていなかったことがどんどん起こって、最後は“ここに辿り着くのか…!”と。
あっという間に観終わってしまって、いったいこれをどうミュージカルに落とし込むのだろう、とワクワクしました」
唯月ふうか(以下・唯月)「なんともいえない不気味さがありました。自分が思っていたのとは違う展開が二、三回あって、終わってから“もう一回見たい”と、癖になる作品だなと思いました。この魅力をお客様にどうやって伝えたらいいだろうと、未知だからこその楽しみを私も感じました」
――現在は本読みの段階だそうですが、手応えはいかがですか?
屋比久「ミュージカルとして、どこで音楽が入るのかとか、二人のやりとりがこうなるのかといったことが、一人で台本を読んだ時より、より鮮明になってきて、すごく面白くなるんじゃないかなと感じています」
唯月「歌が入ってくると、ヒグチさん独特の、ちょっと儚げな世界観がこの作品にすごくマッチしていて、自然と作品に入り込むことができて。立ち稽古が楽しみです」
――ノンストップの二人芝居、そしてサスペンス色もあるということで、きっと『スリル・ミー』の女性版…⁈と想像する方もいらっしゃると思いますが、ご自身の中では意識されていますか?
屋比久「私自身は(『スリル・ミー』を)拝見したことがないのですが、聞くところによると、内容的にちょっと近い部分もあるのかなと感じています。二人だけで進行して行きますし、二人の間の心理戦という部分は重なりますよね。その一方で、今回の公演はすごく小さなスペースでの上演で、場がどんどん展開していくわけではなく、ずっと会話で紡がれていくという点で、よりキュッとした密度みたいなものは、もしかしたら強いのかもしれません」
唯月「私は『スリル・ミー』が好きで、ずっと見ていたので、確かに念願の二人ミュージカル…という感覚も少しあります。
でも『白爪草』は、誰も入れさせないというような、濃密な世界観の中で進んでいくので、よりリアルな不気味さというか、ちょっと怖い感じがあるのかなと感じています。せっかくの二人芝居なので、女性の二人ミュージカルの代表作になったらいいですね」

――本作には、家族劇という要素もあるかと思われます。姉妹だからこその複雑な感情が核となっていますが、“わかるな”という部分はありますか?
屋比久「本作では結果的にその感情がエクストリームな方向で表現されてしまいますが、その根底にある感情は、突拍子もないことではないんですよね。奥底で渦巻いている感情みたいなものは、もしかしたら私もわかるなって思うこともあるし、見ている方にも、共感してもらえるところはすごくあるのかなと思います」
唯月「私は一人っ子で、身近にきょうだい姉妹がいないのですが、きょうだいに限らず、人間関係の中で、誰かと比較することって、すごく身近にあることだと思います。
この作品って少なからずそういう“比較”、自分がどの立ち位置にいるのかというところから始まっていて、そういった部分で自分の共感するところだったり、自分の体験からヒントを引っ張り出せるんじゃないかなと思っています。小さなピースを自分の中で集めて、紅の人物像を作っていけたら。想像力が必要なので、他の作品より役作りが難しいけれど、それも楽しめたらと思っています」
――蒼と紅は全く異なるキャラクターですが、ご自身的には“こちらのタイプ”というものはありますか?
屋比久「個人的には、蒼について“わかるな”という(蒼役がしっくりくる)部分がすごくありましたが、役として見た時には、もしかしたら逆に感じる人も多いのかな? ワークショップの時にも、(配役が)逆かなと思ってたとおっしゃる方がいました」
唯月「最初に台本を読んだ時には、蒼の気持ちはわかるけど紅は難しいなと感じました。紅は掴みどころがありそうでないので、どういう女性なんだろう…と、すごく知りたくなりましたね」
屋比久「でも読み合わせをした時、私はふうかがやってる紅がめちゃくちゃしっくり来て、ぴったり!と感じました。ふうかって、存在感の中に何か、絶妙な明るさがあるんですよ。紅の悲しさや暗さの中に、彼女が持っているほわっとした明るさが、このキャラクターをすごく人間的に見せているなと。すっかりお客さん目線で、ふうかの演じる紅が素敵だな…と思って見ています」
唯月「嬉しいです!」
――唯月さんから見て、屋比久さんは…。
唯月「蒼がぴったりです!台本を読んだときに感じた“蒼はこういう感じ”というイメージ以上に、(屋比久さんが演じると)蒼そのもので。普段はしっかり者で、まじめに働いている人物像の説得力がすごくある分、その後の振り幅が怖いんです(笑)。そういう人が実は一番怖いのかな、とも感じられるし、腑に落ちる感覚もあって、すごく刺激になります」

――作曲はヒグチアイさん。初ミュージカルとのことですが、どんな音楽でしょうか?
屋比久「とても面白いけれど、難しいです。あまりミュージカルで聴くことのないタイプじゃないかな。
ヒグチさんのアーティストとしての色というか、どこか強さがあって、ちょっと不気味さもある独特な感じが、作品に本当にぴったりです。私たちは双子という設定なので、それぞれの楽曲の似てるところ、違うところもすごく計算されているような気がします。初めて聴いた人でも楽しめるし、クセになるような音楽ですね」
唯月「ピアノで言うと黒い鍵盤の音がすごく多いんです。ストレートではなく、行ったり来たりというか、シャープで半音上がったりとか…」
屋比久「それによってちょっとぶつかったり、引っかかるような感覚が生まれて、作品の中にちりばめられた違和感が巧みに表現されています。そこをしっかり練習して歌いたいです」
――サスペンスでは、恐怖の演出としてディテールがよく使われますが、本作でも意味を考察したくなるようなちょっとした台詞がいろいろありますね。
屋比久「自分の中で埋めていきたい謎はまだまだあります。ただ、これまでこういったサスペンスをやったことがないので、自分が分かりすぎていたり、計算しすぎると、見ている人にそれが伝わって、スリルが減ってしまうのかな…という気もしています。
どこまで自分が理解した上で、計算して表現するのか。そしてどこまである意味、無意識で、計算無しで表現するのか。そのバランスがすごく大切なのかな…と。これってどんな意味があるんだろうと思える“余白”は、絶対あった方がいいと思うんです」
唯月「確かに、すごく細かい描写をあえて入れているところがあって、そこにきっと意味があるんだろうなと思います。そこから歯車が狂っていくとか、逆にカチッとハマっていくとか、そういうところを逃さないようにしつつ、知ちゃんが言っていたように、計算と本能とのせめぎ合いをしていきたいですね。この作品が終わった時、女優としてすごくレベルアップできているかもしれないので、大切に演じたいです」
――公演期間中、 SNS で考察論議が広がったりするといいですね。
屋比久「楽しそう!」
唯月「リピートしたくなる作品かもしれないですね。“もう一回最初から見たらどうなんだろう?“って」
屋比久「そういうドキドキ感を私たちも感じながら、演じられたらいいな」

――お二人とも、二人芝居は初めてですか?
屋比久「初めてです。どんな感じなんだろう…まだ未知の世界ですね。しかも(舞台上から)はけないんですよね」
唯月「そう、ほとんどはけないです」
屋比久「私はこれまでセリフよりも歌が多いミュージカルに出演することが多くて、ここまでセリフの多いミュージカルは初めて。そういう意味では怖さもあるけど、(相手役が)ふうかだから大丈夫だと思ってます」
唯月「そっくりそのままお返しします(笑)。知ちゃんは本当に大信頼を置いている方なので、今回、それがすごく有難いです。出会ったのが2019年なので…」
屋比久「もう6年にもなるんだね。今回、双子の役なので、二人の距離感ってすごく大事だと思うのですが、“初めまして”ではない二人が演じるので、距離を縮めていく作業を飛ばせるのはすごく大きいし、そこに関する不安はないかもしれません」
――お花屋さんが舞台ということで、何らかの形で花に囲まれた舞台になるようですね。花は命あるものですが、切り花になると或る意味、命を絶たれた存在でもあるので、そのあたりがどう表現されるのか、非常に興味深いです。
屋比久「私も実際に花に囲まれるとどんな感じになるのか、すごく楽しみです。目の前に切り花だったり、ドライフラワーが置かれることで、全然違う空気感が生まれると思います。おそらくお客さんも私達と近い距離で花に接することになると思うので、もしかしたらその花の香りも漂ってくるかもしれないですよね。花を含めた濃密な空間を体感できる舞台になりそうです」
唯月「お花って綺麗ですが、そこに置かれているのは生きている姿なのか、そうではないのか。どちらの意味合いでそこにあるのか、考えていただくのも面白いですよね。
あと、私はお客様に四方囲まれてお芝居するのが初めてなので、相当緊張しそうです(笑)。正直ちょっと怖いんですけど、早くその感覚に慣れたいと思います」
屋比久「後ろを向いてちょっと鼻をすするみたいなこともできないね…」
唯月「全部見られてる(笑)」
屋比久「見せちゃおう(笑)。それぐらいリアルに存在できないといけない演目だと思うので、いかに自然にそこにいられるかが、一つの課題だと思っています」

――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
屋比久「ちょっと怖い作品ではあるけれど、決して“ホラー”ではないので、スリルやドキドキを楽しみながら、二人のウズウズするような心理劇をご覧いただけたらと思います。
せっかく女性二人のミュージカルという大きな挑戦をさせていただけるので、作品自体のファンになってくださる方がたくさん出てきてくれたら嬉しいし、それが最終的なゴールだと思っています。“楽しかったね、またやってほしいね”と言っていただけるような作品にしたいです」
唯月「知ちゃんの言うとおりです。最初はイマーシブ・シアターのような、“没入感”を楽しみに来ていただいて、観終わってから“なんだかこの作品、クセになるな。次はこちらの視点で見てみようか”と思っていただけたら嬉しいです。
ステージを四方から客席が囲んでいるので、きっとお客さん同士も顔が見えたりすると思うんです。この作品を通して、考察友達が新たに出来たり、他の作品とは違う部分を存分に楽しんでいただけたらと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『白爪草』2026年1月8~22日=SUPERNOVA KAWASAKI 公式HP
*屋比久知奈さん、唯月ふうかさんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。