Musical Theater Japan

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ミュージカル映画『ディア・エヴァン・ハンセン』:“フィクション”は罪か、善か。

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『ディア・エヴァン・ハンセン』©Universal Studios All Rights Reserved

第35回東京国際映画祭でクロージング作品として上映され、現在各地で上映中の『ディア・エヴァン・ハンセン』。
ハリウッド映画が原作の舞台が続々と登場するなかで、本作は『イン・ザ・ハイツ』に続き、ブロードウェイの成功作が映画化されたケースにあたります。しかも脚本は舞台版を手掛けたスティーヴン・レヴェンソン、主演は舞台版でトニー賞主演男優賞を受賞したベン・プラットが続投とあって、作品の世界観はそのまま継承。そこに住まい・学校・果樹園等多彩な場所でのロケ撮影による、ドキュメンタリー的な味わいの加わったバージョンとなっています。

『ディア・エヴァン・ハンセン』©Universal Studios All Rights Reserved

独創的な物語は、『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』で知られるベンジ・パセック&ジャスティン・ポールがミシガン大学に在学中、“アメリカ同時多発テロによる喪失感の中で人々がソーシャルメディアで得ようとしたものを探求したい”と思い、発案したもの。作曲の過程でレヴェンソンと出会い、3人で練り上げていったといいます。

他者とうまく接することが出来ず、孤独に苛まれる高校生エヴァン・ハンセン。彼が同級生の自死をきっかけに思いがけない事態に巻き込まれてゆく様が、心のひだを拡大したような繊細な楽曲とともに描かれます。

『ディア・エヴァン・ハンセン』©Universal Studios All Rights Reserved

セラピーの一環で自分宛てに描いた手紙を、粗暴な同級生コナー・マーフィーに奪われてしまったエヴァン。直後にコナーが自殺し、彼の母親シンシアがその手紙を発見したことから、マーフィー一家はエヴァンをコナーの唯一の友人だと誤解します。悲嘆にくれるシンシアのすがるような視線にいたたまれなくなったエヴァンは、ありもしないコナーとの思い出を語り始めますが、このナンバー“For Forever”の、何と優しい語り口であることか。一言も漏らさぬように聴きながら、次第に希望を取り戻してゆくシンシア役エイミー・アダムズの表情が胸を衝きます。

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『ディア・エヴァン・ハンセン』©Universal Studios All Rights Reserved

エヴァンは遺族のために優しい嘘を重ね、優等生のクラスメイト・アラナの発案でコナーとの思い出の果樹園復活のため、クラウドファンディングにも関わることに。この世界で“居場所を得た”と実感し、コナーの妹とも恋が芽生えるエヴァンですが、いっぽうでは実の母と心がすれ違い、虚構の物語にほころびが生じてきます。煩悶するエヴァンが出した答えは…。

人の心を慰めるためなら、嘘は“善良なフィクション”なのか。それとも許されない“罪”なのか。エヴァンはどうするべきだったのか…。
SNS時代の人間の孤独を描こうとするなかで、本作は同時に“フィクション”の功罪という普遍的なテーマを投げかけ、観る者に様々な思いを抱かせます。

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『ディア・エヴァン・ハンセン』©Universal Studios All Rights Reserved

ブロードウェイでの開幕以来、本作は日本のミュージカル・ファンはもちろん、業界でも注目され、最近では甲斐翔真さんがクリスマス・ライブで本作の冒頭ナンバー“Waving Through A Window”を切々と歌っていました。ベン・プラットの憑依的な演技を観てしまうとハードルは自動的に高くなりますが、エヴァン・ハンセン役は多くの若手俳優にとって“チャレンジしてみたい”と思える役でしょう。舞台の日本版の具体的な話はまだ聞かれませんが、実現の際にはさて、どなたが演じることになるか、映画版を観てから空想するのも、また楽しそうです。

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『ディア・エヴァン・ハンセン』は第35回東京国際映画祭でクロージング作品として上映

(取材・文=松島まり乃)
*『ディア・エヴァン・ハンセン』11月26日全国公開。現在の上映館情報についてはこちらへ。