Musical Theater Japan

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映画『マルチェロ・ミオ』“つぶやきのような歌”の味わい

Marcello Mio 🄫2024 L.F.P.Les Films Pelleas_Bibi Film TV_Lucky Red_France 2 Cinema_LDRP Ⅱ_Super 8 Production_TSF

21年からメイン会場が日比谷に移り、今年は10月28日~11月6日まで、劇場街にふだんとはまたひと味異なる賑わいを生んだ、東京国際映画祭。
22年は『生きる』の英国版リメイク『LIVING』、21年はミュージカル映画の『ディア・エヴァン・ハンセン』がクロージング作品に選ばれるなど、近年はミュージカル・ファンにとっても見逃せないプログラムが続いていましたが、昨年は直接ミュージカルと接点のある作品が上映されず、今年もプログラム上では該当しそうな作品は無いように見受けられました。

ところが、最後の最後に“歌”が思いがけない存在感を発揮する作品が登場。クロージング上映に選出されたクリストフ・オノレ監督作『マルチェロ・ミオ』をご紹介します。

 

Marcello Mio 🄫2024 L.F.P.Les Films Pelleas_Bibi Film TV_Lucky Red_France 2 Cinema_LDRP Ⅱ_Super 8 Production_TSF


今は亡きイタリアのスター、マルチェロ・マストロヤンニと、フランスの大女優、カトリーヌ・ドヌーヴの間に生まれた女優・キアラは、常に“彼らの子”として人生を過ごしてきた。特にその風貌は年齢を重ねるごとに父の面影を宿し、写真撮影時にはフォトグラファーから無意識に“マルチェロ!”と呼ばれたり、映画のオーディションに行けば“もっとマストロヤンニ的に演じてほしい”と言われる始末。

フラストレーションが限界まで積もり積もったキアラは、思い切った方法でアイデンティティの危機に対峙しようとする。髭をつけ、スーツを着て“マルチェロ・マストロヤンニ化”してしまうのだ。

キアラのなりきりぶりに母ドヌーヴは当惑し、元カレの俳優は激怒。いっぽうマルチェロを崇拝していた老優は彼女を絶賛し、映画起用に大プッシュする。イタリアのTV番組に呼ばれたキアラは、意気揚々と現地へと向かうが…。

 

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偉大過ぎる両親を持った子は、どのようにその呪縛から逃れられるのか(あるいは、逃れられないのか)を描きつつ、マルチェロ・マストロヤンニへのオマージュでもある本作は、オノレ監督自らの脚本による、ドキュメンタリー風の“フィクション”。キアラやドヌーヴ、周囲の映画人たちが実名で登場しますが、実際の彼らを描写したわけではなく、あくまで現実を利用した、一種の“ゴーストストーリー”だといいます。

映画後半は喜劇調に展開。あたたかく、開放的な空気の中で締めくくられます。その中で終盤、流れるのがドヌーヴの歌声。キアラ版マルチェロの出現に刺激され、ノスタルジックに“あの世”の夫に語り掛けるその声は、メロディに乗りながらもお喋りのトーンを保ち、私たちが普段、ミュージカルで耳にする歌唱とは全く異なります。

声を張るわけでも特別な技巧を聴かせるわけでもない、けれど豊かな人生経験に根差した、味わいのある彼女の歌声。映像という場ならではの表現ではありますが、改めて“歌唱”の奥深さを再確認できる終幕の作品となっています。

(取材・文=松島まり乃)
第37回東京国際映画祭 2023年10月28日~11月6日開催(日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区)公式HP