Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

映画版『イン・ザ・ハイツ』の魅力を探る《前編》



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ビッグナンバー「96000」はNYの歴史的ランドマーク、ハイブリッジ公園の公営プールで撮影。500人超のエキストラとともに撮影されたシーンは壮観。ワーナー・ブラザース映画『イン・ザ・ハイツ』(C)Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

アメリカで“今年最も観たい映画”の一本に挙げられているのが、ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の映画版。リン=マニュエル・ミランダ(原案・作詞作曲)の出世作として知られ、2008年のトニー賞ではミュージカル作品賞など4部門を受賞、3~4月に上演された日本版も記憶に新しい作品です。

映画版ではリン=マニュエル自らがプロデューサーをつとめ、監督にはジョン・M・チュウ(『クレイジー・リッチ!』)を起用。ラップとラテン音楽に彩られた群像劇は、どのように映像化されているでしょうか。Musical Theater Japanでは2回に分け、ご紹介します!

【あらすじ】
ラテン系がひしめくNYの移民街、ワシントン・ハイツ。青年ウスナビが営む雑貨店には連日、タクシー会社を営むロザリオやその従業員ベニー、近所の美容院に勤めるダニエラ、カーラ、ヴァネッサら、地元の人々が買い物に訪れます。
いつか故郷のドミニカに戻りたいウスナビ、ファッション・デザイナーを夢見るヴァネッサ、父の事業を継ごうと、地区から初めて大学に進学したロザリオの一人娘ニーナ…。
それぞれに夢見る若者たちを、皆から慕われ、ウスナビの親代わりでもあるアブエラ(おばあちゃん)はあたたかく見守りますが、久々に帰郷したニーナが何かを追いつめていることに気づき、“どうしたの”と問いかけます。
いっぽう、あまりの暑さにベニーたちと市民プールに出かけたウスナビは、自分の店から宝くじの大当たりが出たことを知るのですが…。

開放感たっぷり、“ハイツ”の住民気分を
味わえるロケ撮影

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中央手前アンソニー・ラモス(ウスナビ役)。ワーナー・ブラザース映画『イン・ザ・ハイツ』(C)Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

舞台版ではウスナビの店、ロザリオ夫妻のタクシー会社とその住居など、主に室内で物語が展開しますが、映画版ではキャラクターたちが頻繁に外へと飛び出し、あちこちへ移動。観客は夏の眩い光に包まれた“庶民の町”ワシントン・ハイツを体感しながら、キャラクターたちの悲喜こもごもを共有することができます。

中でも特徴的なのが、舞台版には登場しない市民プールとそこまでの途上で、開放感たっぷりに展開する中盤のナンバー“96000”。ウスナビたちが“(宝くじで)もしも96000ドルが当たったら”と妄想していると、居合わせた群衆も参加し、往年の撮影技法バークレイ・ショット(1930年代のミュージカル映画で一世を風靡した、万華鏡的なフォーメーションを上から撮る手法)を交えて歓喜のナンバーへと発展。統一された動きの中にもラテン系の自由闊達なエネルギーが炸裂、映画版ならではの見どころとなっています。


ミュージカル・ファンにも嬉しい
舞台俳優たちの活躍

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左からダフネ・ルービン=ベガ(ダニエラ役)、ステファニー・ベアトリス(カルラ役)、メリッサ・バレラ(ヴァネッサ役)、オルガ・メレディス(アブエラ・クラウディア役)、グレゴリー・ディアス四世(ソニー役)、ダーシャ・ポランコ(クーカ役)、ジミー・スミッツ(ケヴィン・ロザリオ役)。ワーナー・ブラザース映画『イン・ザ・ハイツ』(C)Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

映画化にあたり、集客のため知名度のあるセレブを揃えるミュージカルもある中で、作者リン=マニュエルがプロデューサーをつとめる本作は実力重視。彼のこれまでの作品の常連を含め、ラテン系を中心とした舞台俳優が多く出演、素晴らしいパフォーマンスを見せています。

主人公ウスナビを演じるのは、プエルトリコ系の母を持つアンソニー・ラモス。『アリー スター誕生』でハリウッド映画でも頭角を現していますが、演劇学校卒業後『イン・ザ・ハイツ』ブロードウェイ公演でウスナビの従兄弟ソニーを演じ、リン=マニュエル作の短編ミュージカル『21 Chump Street』にも出演。『Hamilton』ではジョン・ローレンス/フィリップ・ハミルトンの二役を演じており、間違いなくリン=マニュエルのお気に入り俳優(弟分?)と言えましょう。
はにかみ屋の風貌と誠実そうなオーラは、奥手のウスナビ役にぴったり。落ち込むヴァネッサを今時、小学生でもやらないギャグ(?)で笑わせようとする序盤からはらはらさせられますが、モノローグをごく自然に音楽化させたラップが卓越、たたずまいにも情感が滲み、今後の活躍が楽しみな俳優です。

ウスナビの従兄弟で彼の店を手伝うソニー役はプエルトリコ系のグレゴリー・ディアス4世。現時点でも16歳という若さですが、既にオフ・ブロードウェイで『君はいい人、チャーリー・ブラウン』、ブロードウェイや全米ツアー版“Matilda”に出演、Netflix作品でも活躍しています。まだ面影に幼さの残る彼が演じるソニーには舞台版にはなかった見せ場があり、今回の映画版のメッセージ(後編で考察します)を担う存在の一人となっています。

ワシントン・ハイツ唯一のアフリカ系アメリカ人ベニーを演じるのは、ストレート・プレイ“Six Degrees of Separation”で2017年のトニー賞主演男優賞にノミネートされたコーリー・ホーキンズ。登場間もないナンバー“Benny’s Dispatch”では、底抜けの明るさで観る者の心を浮き立たせますが、物語が進むうち、ニーナとの関係性が舞台版より繊細なものであることが明らかになり、悲哀を内に秘めた演技に引き込まれます。

ヴァネッサがネイリストとして勤める美容院の上司ダニエラ役を演じるのは、パナマ出身のダフネ・ルービン・ヴェガ。後半のナンバー“Carnaval del Barrio”では停電と暑さでだらけた人々を迫力の歌声でたたき起こし、強い印象を残します。ブロードウェイの“RENT”初代ミミ役で一世を風靡した彼女の久々のはまり役に、胸熱くなる方も多いのでは。

舞台版初演でウスナビを演じたリン=マニュエルは今回はかき氷屋のピラグア・ガイ役にまわり、ところどころに登場して場面を引き締めます。また舞台版初演でベニー役を演じ、後に“Hamilton”で初代ジョージ・ワシントン役を演じたクリストファー・ニール・ジャクソンが、ピラグア・ガイの商売敵役で登場、二人の仁義なき戦い(⁈)も(エンドロールの最後まで)見逃せません。

そして忘れてはならないのが、生涯にわたる忍耐を優しいオーラに滲ませ、演技を超えた名演を見せるオルガ・メレディス(キューバ出身)。舞台版で初代アブエラを演じ、トニー賞助演女優賞にノミネートされた彼女は、舞台版よりも若干出番が短くなった映画版でも、作品に深い陰影を加えています。

他にもニーナ役のシンガーソングライター、レスリー・グレースら音楽や映像中心の俳優たちが加わり、多様かつバランスのとれた布陣となっている今回のキャスト。彼ら自身の背景、ストーリーがより興味深く思えてくるのも、この作品ならではと言えましょう。

(後編では、映画版で変わった部分から浮かび上がる作者リン=マニュエルの“今の思い”を考察します)

(取材・文=松島まり乃)
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*公開情報 『イン・ザ・ハイツ』2021年7月30日 全国ロードショー 公式HP
(予告編を御覧になれます)