Musical Theater Japan

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『魍魎の匣』観劇レポート:謎が謎を呼び、疾走するミステリー

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『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

不穏なヴァイオリンの調べにパーカッションが加わり、白い箱を囲むようにして現れた人々が歌いだす。
 “この世に 溢れる 人の想い
喜び 悲しみ 怒り 嘆き…”

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『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

あらゆる事件を織りなす要素を示唆するオープニングを経て、物語は二人の少女…頼子と加菜子の語らいからスタート。“白い糸”で絆を深めた二人は、最終電車で“湖を見に”出かけるが、途中の駅で加菜子がホームから落ち、電車に轢かれてしまう。

偶然、駅に居合わせた木場刑事が頼子を加菜子が運ばれた病院へと送り届けると、加菜子の姉・陽子が駆けつける。重体の妹を救いたいという彼女のたっての願いで、加菜子は“匣(はこ)”の異名を持つ美馬坂近代医学研究所へと転院することに。

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『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

一方、小説家の関口は雑誌記者の鳥口と武蔵野のバラバラ殺人事件を追ううち、美馬坂の研究所へとたどり着き、旧知の木場刑事と遭遇。新興宗教に入れ込む母親に悩む頼子は、加菜子のホームからの転落が事故ではなく、黒い服の男に突き落とされたことを思い出すが、間もなく治療中の加菜子は誘拐されてしまう。

鳥口たちは古書店「京極堂」の主・中禅寺秋彦に相談。加菜子の誘拐事件、バラバラ殺人事件、そして頼子の母親が傾倒する新興宗教が不思議に絡み合う中で、私立探偵の榎木津礼二郎も加わり、中禅寺たちは真相究明に乗り出すが…。

『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

次々と新たな事態が生じ、謎が謎を呼ぶ京極夏彦さんの長編小説を、脚本・演出を担った板垣恭一さんはてきぱきとスリム化。固有名詞や重要語句が発せられる度、背後に文字化して映し出すことで、観客が視覚的にも情報をインプットし、物語についてゆくことを容易にしています。ひとまずは疾走する物語に身を任せ、着地点を見届けた後で、インプットされた情報の数々をじっくりと反芻する…というのが、本作にふさわしい鑑賞スタイルかもしれません。

また本作で大きな魅力を放っているのが、小澤時史さんによるオリジナル楽曲の数々。陰鬱な曲調が続くのではという予想を裏切り、歌謡曲調、童謡調など多彩な曲調が登場し、作品の迷宮感を高めています。中でも謎めいた新進小説家・久保竣公の歌う“匣の中の娘”が抒情歌的な美しさを放ち、重体の加菜子が唯一発する言葉“ほう”も心憎い形で取り込まれています。

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『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

ハーモニーの美しさに定評ある劇団ならではの一体感でコロスたちが作品の世界観をがっちりと固める中で、主人公の中禅寺役・小西遼生さんは、クールにして情味ある歌声と知的で滑らかな口跡で嵐のように目まぐるしく展開する物語を鮮やかにまとめあげ、吉田雄さんは事件にも終戦で激変した日本にも振り回され苦悩する木場刑事を実直に体現。

『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

私立探偵・榎木津役の北村諒さんは観客を“魚”に見立てた客いじりにシュールなおかしみがあり、その後も勝手気ままに謎解きに加わる“自由人”ぶりが魅力的です。新進作家・久保役の加藤将さんはいわくありげな黒衣が長身によく合い、声楽的な発声でレトロな世界観の醸成に貢献。

マッシュルームカットの青木刑事役・池岡亮介さんは長い説明台詞を抜群の安定感で聞かせ、頼子役の熊谷彩春さんのソプラノは特にクラシック調の楽曲で活きています。

『魍魎の匣』©Marino Matsushima 禁無断転載

事件と聞くと好奇心が抑えられない雑誌記者・鳥口役の大川永さんと彼女に振り回され放題の作家・関口役の神澤直也さんは凸凹コンビぶりが楽しく、キーパーソンである陽子役・万里紗さんは艶めかしい風情と終盤に溢れ出る激情が印象的。秘密を抱えながら人知を超えた領域を目指す天才科学者・美馬坂役の駒田一さんは骨太の芝居でクライマックスの中禅寺との対決に見ごたえを加えます。

そして本作には出番は多くないものの、忘れ難いキャラクターが一人。血の繋がりはないものの加菜子の保護者として献身的にその成長を見守り、事故後はその安否を気遣う雨宮という人物です。陽子には“優しいだけの男”と切って捨てられる気の毒な(?)キャラクターですが、エピローグに思いがけない形で登場。幸福とは何か、としみじみ考えさせるこの人物を、浅川仁志さんが慈愛のまなざしで演じています。

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『魍魎の匣』2021年11月10日~15日=オルタナティブシアター
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