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『アナと雪の女王』観劇レポート:氷の世界で“愛”を知る

 

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『アナと雪の女王』©Disney 撮影:阿部章仁

 

舞台上に映し出されたオーロラが揺らめき、鳥のさえずりや虫の声といった大自然の微かなサウンドに包まれた場内。轟音が高まると“ナ・ナ・ナ・ヘイア・ナ…”のコーラスとともに、夏の日差しを浴びたアレンデール王国が現れます。


幼い王女エルサとアナは大の仲良し。しかしエルサは生まれつき、氷や雪を操る不思議な魔力を持っていました。妹にせがまれて魔法を使ううち、彼女はそれを誤って彼女の頭にあててしまいます。アナは事なきを得るも、エルサは制御できない魔力に怯え、父に言われるがまま隠し通すことを決意。“力を隠して、感じないで”と自分に言い聞かせ、自室に籠ってしまいます。

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『アナと雪の女王』©Disney Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

 

そうとは知らないアナは“雪だるまつくろう…”と何度となくノックするも、扉は閉じられたまま。国王夫妻は海難事故で帰らぬ人となり、姉妹は扉のこちらと向こう側で孤独に成長、やがてエルサの戴冠式の日がやってきます。

新女王の誕生に国中が沸く中、アナはサザンアイルズのハンス王子と出会い、意気投合。婚約までしてしまい、エルサに承諾を拒まれます。姉妹の言い合いのさなか、感情がたかぶったエルサは衆目の中で再び魔法を放ってしまい、逃げるように城の外へ。夏だったはずのアレンデールは冬景色へと一変します。アナは氷売りのクリストフ、その相棒トナカイのスヴェン、そして遠い昔に姉と作った雪だるまのオラフとともに、エルサの後を追いますが…。

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『アナと雪の女王』©Disney Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

 

2013年に公開され世界的な社会現象となった同名映画を舞台化、2018年にブロードウェイで初演された『アナと雪の女王』が、2021年6月に東京・四季劇場[春]で開幕。半年を経た今も、大入り満員でロングラン中です。ロビーではヒロインの扮装をした小さな観客も(かなりの確率で)見受けられ、“アナ雪”舞台版への期待に満ちた場内は“少しも寒くない”どころか熱気が溢れんばかり。

ストーリー展開はおおむね映画同様ですが、冒頭、エルサの魔法を浴びたアナを助けるのはトロールではなく、“山の隠れ人”に。また“王が彼らのもとへ連れてゆく”のではなく、“王妃が彼らを呼び寄せる”形となっており、エルサの魔力のルーツが明らかになる映画『アナと雪の女王2』との関連性が示されています。

舞台版には12の新曲が加わり、エルサが自分のすべきことは何かと葛藤する“モンスター”等、ビッグナンバーもありますが、聞き逃せないのが1幕、アナとクリストフがエルサ探索の道中で歌う“愛の何がわかる”。一見、ライトでコミカルな掛け合いソングなのですが、タイトルにもなっているサビのフレーズが後々、局面の変化に応じてクリストフによって繰り返され、若者たちの“真実の愛”へのめざめを印象付けています。

演出面では(技術を駆使した)エルサの“魔法”が期待にたがわぬ壮麗さで、俳優の動きともぴたりと連動、目を楽しませます。エルサが自身を解き放つ“ありのままで”での、ステージ全体に及ぶ魔法のダイナミズムを体感するには、1階前方よりむしろ遠目(2階席後方)の席の方が向いているかもしれません。

一方ではクライマックスで白い衣裳の俳優たちが歌いながら一心同体の動きを見せ、テクノロジーとはひと味異なる迫力で“魔法”を表現。技術と人間、それぞれの表現の魅力が共存する舞台となっています。

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『アナと雪の女王』©Disney Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

 

昨年6月の開幕時から今年1月までに筆者が観た(3回の公演の)キャストでは、エルサ役の岡本瑞恵さんが力強い歌唱もさることながら、戴冠式に際して歌う“危険な夢”での、揺れる心のきめ細やかな表現が出色。三平果歩さんの演じるアナには観る者を自然に微笑ませるような人懐こさと躍動感があり、歌いながらのアクロバティックな振りも軽々とこなしています。ちょっとした足の動きにアニメーションのアナを彷彿とさせる瞬間も。

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『アナと雪の女王』©Disney Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

 

映画版以上に重要な役どころとなったクリストフ役の神永東吾さんは、豪快な山男が後半、愛の痛みを知り、呟くように歌う“愛の何がわかる”のフレーズが陰影深く、北村優さんは朗らかで野性味あるクリストフとして登場場面に“頼れる男”の安心感を加えます。

誠実な王子と見えて実は…というハンス役の杉浦洸さん、塚田拓也さんはともに立ち姿や歌声に二枚目の風情。さらに杉浦ハンスには茶目っ気、塚田ハンスには生真面目な空気が加わります。“扉あけて”では頻繁なリフトや動きの同調性でアナと息もぴったりなところを見せているだけに、終盤の展開には(何度見ても)驚くばかり。

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『アナと雪の女王』©Disney Photo by Marino Matsushima 禁無断転載

 

オラフ役は(『ライオンキング』のティモン同様)パペットを操るスタイルで演じられ、映画版では男性が声をあてていますが、舞台版では男女双方がキャスティング。小林英恵さんオラフは愛らしくおおらか、山田充人さんオラフは名曲“夏がきたら”を、思わず体を揺らしたくなるような心地よさで聴かせてくれます。“隠れ人”パビー役の大森瑞樹さんの佇まいと太い歌声には自然と共生する一族の逞しさと神秘性が滲み、オーケン役の竹内一樹さんは耳慣れない単語“ヒュッゲ”を底抜けの明るさで印象付け、アグナル王役、阿久津陽一郎さんには国王としてのオーラがたっぷり。導入部で悲劇の発端を再現するヤングエルサ、ヤングアナ役の少女たちの、可愛いだけではない的確な演技も印象を残します。

アナとクリストフはエルサとの一件を通して“知っているようで知らなかった”愛というものを知ってゆきますが、誰よりもアナを愛し、幼少期から彼女を守りたい一心で心を閉ざしてきたエルサもまた、この件を通して“心を開いて愛する”ことを知るようになります。そんな彼女が“この世界、この大自然ごと、アナを愛そう”とばかりに、慈しむようにそっと樹々に触れ、凍った世界がみるみるうちに変わって行く…。場内全体が大きな愛に包まれるこの瞬間は、本作の隠れたクライマックスと言えるかもしれません。


(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『アナと雪の女王』2021年6月24日~ロングラン中=四季劇場[春] 公式HP