Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

柴田麻衣子の連載エッセイ『夢と夢のあいだ』Vol.8“29歳のクリスマス”

f:id:MTJapan:20191130223257j:plain

「29歳のクリスマス」画・柴田麻衣子
その音楽が流れると無条件に胸踊る曲は、きっと誰にもそれぞれあると思う。
 
私はクリスマスソングを聴くと自然と胸が踊る。
クリスマスが好き!と言うより、クリスマスソングがとても好きだ。
毎年最初にクリスマスソングに触れる瞬間は、ちょっとだけ特別な瞬間になる。
 
秋も暮れて寒さを嘆きながら生活していると、不意にクリスマスソングはやってくる。
カフェやデパートで、流れるその年初めて耳にするクリスマスソング。
寒さに嘆いてばかりじゃなくて、この季節を楽しもう!と、その冬を前向きに捉え直させてくれる。
 
定番のクリスマスソングはどれも好きだけれど、私のベスト1を選ぶとしたら、マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』だ。
 
私が子供の頃、地元の名古屋では、平日夕方のニュースの前の枠でドラマの再放送をしていた。
『東京ラブストーリー』、『振り返れば奴がいる』、『お金がない!』など織田裕二さん主演のドラマは、その枠で何度見たことか。どれも面白くて、次のシーンが思い浮かぶくらいよく見ていた。
今見たら、きっともっと心に沁みるんだろうな…
 
ちょうど今の時期から、その枠で『29歳のクリスマス』というドラマが始まる。
クリスマス前のこの時期に、毎年のように再放送していた。
 
そのドラマのオープニング曲が『恋人たちのクリスマス』だった。
 
学校から帰って何の気無しにテレビを見ていると、その曲の冒頭、ベルの音とマライアのハミングが聴こえてくる。
「うわぁ!もうすぐクリスマスだ!」
何度聞いても、毎回新鮮に、そのオープニングに胸が高鳴るのだった。
 
ドラマの内容は、山口智子さん、松下由樹さん、柳葉敏郎さん演じる、今で言うアラサー三人が都会で共同生活を送りながら、仕事や恋愛への葛藤を描くトレンディドラマだ。
 
社会に揉まれながら、がむしゃらに生きる三人が輝いて見えた。
揺れ動きながらも芯を貫く山口智子さんに憧れた。
その頃の私からしたら立派な大人の三人が、傷つけたり傷ついたり、強がったり、大泣きしたり、必死に“大人になろう”としている。
 
その姿は、小学生の頃の私には遠すぎる未来だったけれど、モラトリアムが始まった頃の私にとっては励みにもなっていた。
 
高校三年生の頃、同じクラスだった親友もそのドラマが好きで、再放送を毎回楽しみにしていた。
いつか仲良しの男友達と一緒にあの三人みたいに暮らしたいね〜、どっちが山口智子でどっちが松下由樹かな〜、29歳のクリスマスの時自分たちはどんな風になってるかな〜、といかにも青臭い若者らしい会話をして休み時間を過ごしていたのを覚えている。
 
4年前、ずっと意識してきた“29歳のクリスマス”を迎えた。
 
12月の中旬に『Play a Life』というオリジナルミュージカルの初演を小さな劇場で上演して、公演後の残作業に追われていた。
その年に出産して、母となって初めての公演だった。
子供を抱えながら公演を打つ大変さを思い知り、これから続けていけるのかと不安でいっぱいだった。
パンツスーツを決めて、東京を闊歩するドラマの中の山口智子さんとはかけ離れた自分の姿に愕然とした。
 
子供の頃見ていたトレンディドラマの登場人物たちと同じ歳になっていく。
その頃憧れていた彼らのようにはなかなかなれない。
人生はドラマのように切り取ったカッコ良いシーンばかりじゃない。
実際はむしろカッコ良くないことばっかりだ!
 
もしかしたら、ごくたまにカッコ良い出来事があったとしても、その最中の自分は必死で気づけないものなのかもしれない。
だからせめて誰かにとって、ほんの一瞬でも、自分がドラマの彼らみたいにカッコ良く見える瞬間があったなら、それで十分だ…あるといいな…あるように頑張っていきたいと思う。
 
昨年から、クリスマスの時期にワークショップ公演を上演している。
毎年できるかは分からないけれど、「今年もこの季節か〜!」とお客様に足を運んで頂けるように、続けていけたらと思う。
 
今年は、クリスマスソングで出来ている音楽劇を上演するので楽しみだ。
観て頂いた方のクリスマスの思い出のひとつになったらいいなと思う。
 
(文・画=柴田麻衣子)
*無断転載を禁じます

f:id:MTJapan:20190330000734j:plain

柴田麻衣子 愛知県出身。早稲田大学在学中に劇団TipTapの旗揚げ公演「Flag of Pirates」に参加。それ以降、俳優として参加。劇団解散後、プロデュースユニットとしての活動では美術・制作を担当。「Count Down My Life」よりプロデューサーとして作品のプロデュースを担いながら、作品のプロダクションデザインを手がけている。舞台美術家としても活動しており、主な参加作品に「Working」、「幸せの王子」(映画演劇文化協会)、「Sign」(ミュージカル座)などがある。(画・上田一豪)