先月オリジナル作品を上演した劇場は、TipTapが劇団解散後プロデュース形式になり初めての公演で使用した劇場だった。
10年前、私はその舞台に立っていた。
小劇場ながら大掛かりなセットで滅茶苦茶に上演していた劇団時代の名残で、その時も木造の二重盆、転換だらけ、という大変無理のある演出にセットプランだった。
劇場入りして組んでみると、その無茶なプランの大道具は当然のように上手く動かず、仕込み、舞台稽古は連日深夜までかかった。
退館時間が迫っているのに大道具の直しが始まってしまい、役者が不満を漏らし始めた時、今の夫である演出家が、「俺がタクシー代払うから舞台稽古やらせてくれ!!!」と叫んでいた。
プロデュース形式になると、役者は劇団員ではなく、出演をお願いしている立場なわけで、その人たちに怒鳴り叫ぶなんて、今考えるとなんて勝手なんだろうと思う。
でもその時は、初日を迎えられることができるのかと誰もが不安に思っていた中で、何があっても幕を開けるため一人必死に格闘していた夫の姿に、思わず惚れてしまったのを今でも覚えている。
というか、夫をかっこいいと思ったのはたいへん残念ながら10年前のその時だけなのでよく覚えている。
恥ずかしながら夫にときめいた話をしておりますが、その瞬間以外は本当に大変なことばかり。
それまで劇団員みんなで分け合っていた苦労が、全て自分に降りかかってくる。
その頃まだ血も涙もない演出家であった夫に、心も体も振り回されまくる。
地獄のような公演だった…
公演が終わった頃、私は夫のことも、舞台のこともすっかり嫌になってしまった。
そしてそれが、私の役者としての最後の舞台となった。
劇場は何も悪くないのだけれど、私にとってあまりいい思い出がないその劇場。
今年11月に公演できる劇場を探していた時、ちょうど空いているということで、夫と久しぶりに見学に行かせて頂いた。
ロビーに入ると、大きな二枚の絵がかけられている。あーこんなところだったね〜と懐かしい。
しかし数年前から劇場を管理されている方とは初めまして。
一見厳しそうなその劇場さんから、感染症対策ガイドラインや掃除の方法などの話をみっちり聞かされ、こりゃ大変そうだと半ば落ち込みながら、案内され場内に入った。
舞台に上がらせて頂いた。
10年前に立っていた舞台から見渡す客席の様子は、感染症対策のため席と席の間に取り付けられたビニールの仕切りで様変わりしていた。
上演中役者が上手下手を行き来する裏通りを覗いた瞬間。10年前に引き戻された。
小道具がところ狭しと置かれるその通りを駆け回っていた感覚、その通りから下手に抜けてセットを駆け上る感覚が一気にフラッシュバックしてきたのだ。
その生々しい感覚は、逆に今、夫と劇場を見学している自分が、10年前そこで公演をしていた自分たちにとって、映画でよくある「10 years later」のシーンの中の姿に感じた。
もう一度ここでやってみよう。“10年後の自分たち”にどんなことができるのか。
ミュージカル『Count Down My Life』6年振りの再演の上演を決めたのだ。
2011年に初演して、それから沢山の仲間と出会わせてくれた作品。
10年前一緒にこの舞台に立ち、苦労を共にした女優(相澤祥子)にも出演をお願いすることができた。
そして本番。彼女が舞台上で輝く姿を見て、この劇場での地獄のような思い出はすっかりどこかに吹き飛ばされていってしまった。
この10年間、数々の失敗を重ね、自分で選んだ道を心から悔やんだことも沢山あった。
どんな時も、仲間たちと一緒に自分たちの足で一段ずつ、一段ずつ登ってきたその確かな道のりが誇らしい。
昨年一年、私の演劇人生の中で、夢のような充実した時間を過ごすことができた。
この10年間夢みてきたことが叶ってしまって、もう何もかもやり切ってしまった!そんな気がしていた。
今年は思わぬ一年になり、一度腑抜けになってしまった私は、リセットされたような気がする。
また先の夢をみながら、ただ目の前の現実と精一杯向き合う日々。
10年後なんてものは誰にも分からない。
ただ今を精一杯生きているうちに、夢が現実として目の前に現れてきてくれるのかもしれない。
(文・画=柴田麻衣子)
*無断転載を禁じます