
新聞漫画をベースに1976年に舞台化、翌年ブロードウェイで開幕したミュージカル『アニー』。日本でも1978年に初演、1986年からは日本テレビの主催で上演され、今年の春公演で累計来場者数が200万人を超える人気演目となっています。
41年目を迎える今回の公演での話題の一つが、岡田浩暉さんが演じる、新ウォーバックス。確かな歌唱力と奥行きのある演技に定評のある岡田さんは、本作をどのようにとらえ、大富豪のウォーバックス役にどのようにアプローチされているでしょうか。稽古中の某日、じっくりお話いただきました。

――岡田さんは以前から『アニー』と接点がお有りだったのでしょうか。
「映画で知っていましたが、舞台版を観たのは昨年が初めてです。
劇場では、お客さんが本当に楽しんでいらっしゃって、子供たちも皆、目をキラキラ輝かせていました。作品自体も、(世界大恐慌直後の)厳しい時代の物語ではありますが、あちこちで夢が膨らんで、最終的に幸せに繋がって行くという内容で、とてもあたたかい気持ちになれたミュージカルでした」
――今回オファーされたウォーバックス役について、ご自身と重なる部分をお感じになりますか?
「はじめはわからなかったのですが、台本を読み進めていく中で、この役はすごく自分と重なるところが多いなと思うようになりました。
以前、ある高名な俳優さんが、役との出会いは一つの“運命”であって、その役を通して人生のいろいろなことを学ばせてもらっているということをおっしゃっていて、それに近いものを感じます。
ウォーバックスは、十歳になるまでに両親を亡くし、とても貧しい中で、お金持ちになるんだという夢を持って、一人で勝ち上がっていった人です。逆境の中で、“お金第一主義”というか、“物質第一主義”で走ってきました。
僕は実家が自営業で、両親ともすごく頑張っていたのですが、お金に苦労した時期がありました。そのころ僕は中学生で、音楽を始めたばかりでしたが、有名なアーティストたちがたくさんお金を稼いでいるという話を聞いて、自分もいつか印税で稼げたら…と夢を見ました。
その後、プロのアーティストとしてデビューしたのですが、当時はレコード会社と所属事務所の双方が“一押し”してくれたことで、“絶対売れなくてはいけない”というプレッシャーが物凄かったんです。一度は売れたけれど、なかなか思うようにいかなくて、バンドも休止して。そこからどうにかして生きていかなくちゃいけない、独りで歩けるように頑張らなくちゃいけないと思って、必死でした。いろいろなものを犠牲にもしましたね。
ウォーバックスは非常に孤独な人ですが、大人たちの世界で渡り歩くにあたって、おそらく規律を持って自分を律していたと思います。ただいい加減に汚さに紛れていったとしたならば、絶対“超”のつく富豪にはなれないですよね。汚いものを遮断して、自分で身を粉にして働くという姿勢がなければ、そこまでいけなかったと思うんです。
僕も不器用で、皆と遊びながら何かをするということが出来ないタイプで、どこか彼と似ているところがあるように思います。例えば狂気の役をやる時には、雨戸を締め切って一週間ぐらいご飯を食べないような感じで、自分を追いこまないとそこまで行けません。だからウォーバックスの気持ちは、わかるような気がします。
彼が自分を律する姿を見ていると、彼には優しさというか、繊細な部分もあったようにも思えます。はじめの登場シーンで、六週間ぶりに帰宅したのに誰も迎えに来ていなかったことに対して、普通だったら怒るところを、彼は自分を抑え、自分のやるべきことに集中していますよね。何かが起こっても、流して行くことで全体が前に進んで行くようにする、ということを心がけていたのでしょうね」

――ということは、彼はアニーとの出会いによって変わるというより、それまで封をしていた優しさや繊細さが現れてくるというイメージでしょうか。
「そうなんですよ。それまで忘れていたものというか、封印していたものが、アニーとの出会いによって解き放たれたのでしょうね。彼女と出会った頃のウォーバックスは、もうかなり疲れていたと思うんです。疲弊して、(人生が)これでいいんだろうかというところはあったと思います。そこに現れたアニーに、まだ純粋でいた頃の自分を見たのかもしれません。アニーの目線でニューヨークを案内しているうちに、当時の気持ちに戻って、すごく解放されたのではないかな。そうだ、こんな感じだった、と」
――彼は実業家として大変成功しているわけですが、そこに至るにはある種のしたたかさも身に着けていたかと思われます。何か参考にしているモデルなどはありますか?
「僕の周りにも凄いビジネスマンはいますが、彼らはクレバーであり、気持ちも大きくて、ウォーバックスとはちょっと違うかな。ウォーバックスは冷たく感じられるほど、人を遮断していましたから。だから参考になる人というと、かつて必死だったころの自分かもしれません。あのまま行っていたらウォーバックスのようになっていたかもしれないというところで、今この役を創り出しているかもしれません」
――音楽についての印象はいかがでしょうか。本作には非常に“ミュージカルらしい”流麗な楽曲がたくさん登場しますが、中でもウォーバックスが歌う「NYC」は名曲と言われますね。
「聴いているだけで目の前にニューヨークが見えてくるような、とても楽しい曲です。僕がニューヨーク初めて行ったのは五年、もう少し前だったかもしれませんが、既にとても綺麗で、どこも安全な感じがしたのですが、『アニー』の時代のニューヨークは、もっとパワーがあっていろいろな匂いがあったようなイメージがあります。『NYC』はまさにそんな空気が感じられる曲ですね。
ただ、これをどう歌うか、今考えているところです。台詞に関してはちょっと潰したような発声にしているので、そのまま『NYC』を歌ってしまうと、(喉への負担が重なって)千穐楽まで持たないな、と。もう少ししなやかさがあってもいいのかな、と考えているところです」

――本作では毎年、新たなアニーが登場しますが、今回の下山夏永さん、牧田花さんはいかがですか?
「二人とも素晴らしいですよ。非の打ちどころがないです! 二人とも4月から5年生だけど、5年生には見えないですね。
(下山)夏永さんは初舞台ということだけど、全く物おじせず、のびのびしています。のびのびしながら、的を筈さず、ちゃんと相手の芝居を見ていて、ちょっと大人なところがありますね。
そして(牧田)花さんは、これは彼女の本質だと思うのだけど、とても繊細で、細かいところまで気を配ることが出来て、お芝居も細やかです。この後、作品が馴染んできて、(演技に)大きさが出てきたら、さらに凄いことになるんじゃないかな。とにかく二人とも素晴らしいです。
ダンサー役の子どもたちも凄いですよ。新しい世代だな、と衝撃を受けるし、子どもたちがこれだけやっているのだから自分も頑張らなくちゃと思います」
――お稽古の手応えはいかがでしょうか。
「稽古は丁寧に進めて下さっていて、ちょうど二幕に差し掛かったところです。
(台本を読んで)字面だけでイメージしていたものと、実際に声を出して皆さんとやりとりしたものって、やっぱり誤差があるものなので、今はそこを埋めているところです。ここはこういうキャラクターとしてはできないなという発見もあって、ではどう修正しようかと調整したりして。現時点の手応えは悪くないんじゃないかなと思っています。
演出の山田(和也)さんは、“ここだけはやってもらいたい”という大きな枠を構えつつ、その中で、僕とアニーやグレースとの関係性について、“ここをおさえるともっと良くなる”というポイントを的確にとらえて、あたたかく導いて下さいます。僕としては、全幅の信頼を置きつつ、やってみたいことを“こんなのはどうでしょうか”と投げかけたりもしています」
――二幕序盤ということは、ウォーバックスはまだグレースの心情に気づいていませんね…。
「まだ気づいていませんね。ウォーバックスはとにかく、人を“自分にとってどう使える(人材)か”というところでしか見ていなかったので、グレースは“困った時のグレース頼み”というほど、優秀な秘書でしかありませんでした。それが、アニーとの出会いがあって、心と心の交流ができるようになり、ようやくまっとうな人に近いスタンスに立てるようになるわけです。
2幕の後半に“私一人だったら絶対こんな風にはならなかった”というような台詞があるのですが、これはこのシーンだけでなく、それまでのことも含めて言っているのではないかと思っています。そして、改めてグレースの反応を通して気づくことがあり、(ストーリーが)まとまっていくんです」
――ちなみに、心強い存在を得たウォーバックスはこの後、どんな人生を送っていくと想像されますか?
「そうですねぇ…。それまでの人生を取り戻そうと、大切な人たちと、一年の半分くらい遊んでいるかもしれないですね。いわゆるセミ・リタイアかな(笑)」
――現時点で、どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「やはり『アニー』のファンの方々、これだけ懐の深い作品をずっと応援してこられたファンの方々に喜んでいただけたらと思います。いつもはそこまで意識せずに、自分なりにやり切りますが、これほどの歴史がある作品ですから。『アニー』という作品に夢を見られている方々に、少しでも“良かったよ”と言っていただける舞台になったらなと思っています」

――ご自身についても少しうかがわせてください。舞台のみならず、映像分野など様々な世界でご活躍の岡田さんですが、パンデミックの時代を抜け出した今、日本のミュージカル界をどのようにご覧になっているでしょうか。
「日本のミュージカル界は“別次元”に移行してきているなと感じます。歌にしても芝居にしても、演者さんたちのスキルが格段に上がってきているな、と。
そしてこれから、日本発の作品でいいものがどんどん出てくる気がします。この間出演した『チョコレート・アンダーグラウンド』も良かったし、これからの日本発の作品は楽しみだなと思います」
――岡田さんは近年、ドラマティックなストーリーの中で父親役を演じる機会が多く、今回のウォーバックスは一つの新境地かと思われますが、これからこういったジャンルを耕して行かれたいといったものはありますか?
「さきほども少しお話しましたが、僕は役を演じるために自分を追いつめてしまうタイプなので、最近は殺したり殺されたり…というような役がつらくなってきました。役のネガティブな面が自分の細胞に染み込んでくるのがしんどくて…。だから、例えすごく過酷な人生を送っているとしても、“善”の目線を持っている役をやらせていただけたら嬉しいです」
――その点、今回のウォーバックス役は理想的ですね。
「はじめこそ問題はあるけれど、(アニーとの出会いを契機として)どんどん“善”の目が開かれて行く役なので、有難いなと思っています。ウォーバックスを演じることで、僕自身も人間的に成長させてもらおうと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『アニー』4月25日~5月11日=新国立劇場 中劇場 公式HP
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