Musical Theater Japan

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2019年12月のミュージカルPick Up

或る早いもので2019年も残すところわずか。気ぜわしい日々ですが、そんな折に観劇で一息つくのはいかがでしょうか。一年を締めくくるのにぴったりの佳作との出会いがあるかもしれません。
 
【12月の“気になる”ミュージカル】
音楽劇『A Civil War Christmas』12月22日開幕
 
【別途特集のミュージカル(上演中・これから上演)】
『パリのアメリカ人』←石橋杏実さん・宮田愛さんインタビュー/『シスター・アクト~天使にラブソングを』←森公美子さんインタビュー、屋比久知奈さんインタビュー、観劇レポート/『ファントム』←愛希れいかさんインタビュー/『Saturday Night Fever』来日公演←リチャード・ウィンザーさんインタビュー/『フランケンシュタイン』←中川晃教さん、加藤和樹さんインタビュー/『デスノートTHE MUSICAL』←甲斐翔真さん、パク・ヘナさんインタビュー/『CHESS』←ラミン・カリムルーさんインタビュー/『アナスタシア』←葵わかなさん、内海啓貴さん、麻実れいさんインタビュー
 
クリスマス・イブに起きたささやかな奇跡を描く音楽群像劇『A Civil War Christmas』

12月22日~28日=すみだパークスタジオ倉 公式HP

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
【ここに注目!】
1864年のクリスマス・イブ。大統領から名もなき兵士まで、様々な人々の運命が交錯し、小さな奇跡が起きる…。
 
ピューリッツァー賞受賞劇作家のポーラ・ヴォーゲルが、南北戦争に揺れるワシントンD.C.を舞台に描き、米国では“新たな冬の風物詩の誕生だ”と高く評価された音楽劇が、数年来、上演を熱望していたという上田一豪さんの演出で日本上陸。リーディングワークショップという形式で上演されます。 
戦争と言う極限状態の中でも、人間は互いを許すことが出来るのか。希望や愛は報われるのか。正義とは何なのか…。
シリアスなテーマをスリリングな展開に落とし込み、息つく間もなく突き進む構成の妙に加え、クリスマス・ソングがあちこちに差し挟まれ、音楽的にも楽しめる作品。“リーディング”と言っても今回、俳優たちは全員立ち上がって動いており、フルステージに近いと言っていいかもしれません。
 
【原慎一郎さん・麻尋えりかさん・加藤潤一さんインタビュー:観る前と後では、クリスマス・ソングの聴こえ方がきっと変わってきます】

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(左から)原慎一郎・東京都出身。劇団四季を経て『エリザベート』等の舞台で活躍。ディズニー映画『アナと雪の女王』シリーズではクリストフの声の吹き替えを担当。麻尋えりか・富山県出身。宝塚歌劇団を経て『フリーダ・カーロ』等の舞台で活躍。加藤潤一・山形県出身。『1879~バスティーユの恋人たち』『RENT』等の舞台で活躍。(C)Marino Matsushima
週末の開幕を控え、稽古場では連日、熱気溢れるリハーサルが展開中。14名のキャストの中から、今回は原慎一郎さん、麻尋えりかさん、加藤潤一さんにお集まりいただき、本作の魅力や演じる役柄、稽古の手応えについて、じっくり語っていただきました。
 
――皆さんはTipTapというカンパニーの空気感をどうとらえていらっしゃいますか?
原慎一郎(以下・原)「僕は今回で3度目ですが、“芝居”をとても大切にしている団体だと感じますね。一豪さんの演出はやっていて“沁みる”し、自分自身シンクロできる瞬間があります。いっぽうでは“楽な道を与えない”というか、敢えて演じるうえでストレスを与えてくれると感じます」 
加藤潤一(以下・加藤)「それって役者としてはすごく嬉しいことなんですよね。僕ら(の可能性)を諦めてない、と感じます。僕らだって諦めたくないものね」
麻尋えりか(以下・麻尋)「私はTipTapは3度目ですが、ここでは皆で作り上げているときの一瞬の“間”、静寂さえ、皆の思いで満たされていて。役を作るうえで、自分の心が球体だとして、お客様に見ていただくのは表側だけだとしても、裏側まで満たされていないと一豪さんの欲しいものは出せない。それを皆で作り上げてゆく作業がめちゃくちゃ楽しいです」 
「ストレート・プレイの現場と同じ空気感でミュージカルが出来るんですよね。とにかく年に一度はTipTapに出たい!という思いで、今回もオーディションを受けました」
加藤「僕は一豪組自体は『キューティ・ブロンド』から4作品経験しているけれど、TipTapは初めてなんです。役者として、役とこれだけ向き合わせていただける経験はなかなかないので、とても楽しいですね」 

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
――台本についてはどんな第一印象を持たれましたか?
「(演じる側にとって)難物だな、と思いました。複雑でどんどん進んでいくし、一人が何役もやるし…」 
加藤「途中で“これ、誰だっけ?”と配役表を何度も見返しましたね(笑)」 
「自分が担当するいくつかの役をチェックしながら読んでいたんですが、一つだけなかなか出てこない役があって…。最後まで喋らない…と思ったら人間ではなかった(笑)」
 
――馬のシルバーですね(笑)。今回はリーディング形式とのことですが、実際登場はされるのでしょうか?
「登場します。下手をすると(メインで演じる)リンカーンより出番が多いかもしれません。(馬を)どう演じるか、は楽しみにしていてください」 
麻尋「他の皆は5,6役ずつ演じるのですが、私はケックリー夫人と黒人兵士の二役だけで、はじめ呑気に読んでいたんですよ。でもそのうち、ケックリー夫人が相手によって見せる顔が違うというか、ブラザーと呼べるような(気を許せる)相手の場合、(目上の)リンカーン夫人と話す際、とその都度変化があって、すごく忙しいことに気づいて。これは大変だと思いました」 

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
――本作では様々なドラマが、少しずつ絡み合いながら展開しますが、中でも「リンカーン大統領に迫る暗殺者の影」「南部から新天地を求めてやってきたが途中ではぐれてしまう母娘の運命」「敢えて戦地に赴いた少年を襲う出来事」の三つは非常にスリリングです。それぞれの場面でキーパーソンとなる役柄についてうかがっていきたいと思いますが、まず原さんが演じるリンカーン大統領は、日本人の私達も知る歴史上の人物ですね。 
「アメリカ人の俳優にとって、この役を演じるということはとてつもないプレッシャーだそうです。そう聞くと感慨深いものがありますね」 
加藤「日本なら、坂本龍馬のような存在かな?」 
「もっと強烈な存在だそうですよ。僕は以前、ワシントンD.C.に行ったことがあって、そこでリンカーン像を見たのだけど、彼のことをよく知らなかった当時でさえ、聖なるものを感じました。今、また行ったらどう感じるんだろう。この二日ぐらいでやっとリンカーンの方向性が見えてきたのですが、彼は(政治家として)とんでもないことを成し遂げようとしているけれど、革命家ではないんですね。“よーしやるか!”と燃えているようなタイプではなく、胸に青い炎を燃やして、静かに淡々と目標に向かっている。孤独で、奥さんすらついていけなくなっています。すごい人物がいたものだな、と思いますね」 

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
――劇中、彼は何度も側近から暗殺者情報を伝えられるけれど、全く気にかけないのですよね。
「“そういうこともあるでしょうね”としか思わない。すべてを受け入れているんです」 
加藤「それでも自分にはやらなくちゃいけないことがある、と思ってるんだね」 
「護衛が“危険です”と言ってくるのに対して“君は危険(というもの)を誤解している”と答えるんだけど、彼が感じているのは護衛で避けられるような危険じゃないんだな、と思います」
 
――それほどの信念に支えられた崇高な役を演じるのにあたり、どういった心構えをされていますか?
「ただひたすら、役に“潜る”しかないですよね。TipTapで役を学ぶ時って、いつもそうです。ここでの稽古ってすごく密度が濃いんですよ。それでも足りないんですよね、きりがないです」

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
――二つ目のストーリーにひょんなことから関わるのが、麻尋さんが演じるケックリー夫人。物語を引っ張っているわけではないのですが、実は非常に重要で素敵なお役ですね。
麻尋「30年間の奴隷生活を経て、自由黒人の権利を買いとった彼女は、今ではリンカーン夫人の親友です。聡明で信念をしっかりと持ち、大統領夫人からも信頼されている…。当時の黒人女性としては珍しいタイプでしょうね。すごく先を見ているし、自分の人生は自分のもの、という意思が台本を読んでいて伝わってきます。リンカーン夫人との会話をなりたたせる賢さを体現できるといいな、と思いながら役を作っているところです」
 
――南北戦争の中で、彼女は一人息子のジョージを失っている。痛みを抱えた役でもありますね。
麻尋「先日、ジョージ役の方が私に手紙を書いてくれているのを見てしまって…。その日の稽古は胸にしみて、危なかったです(笑)。彼の気持ちが嬉しかったですね。夫人が体験してきた事は追体験はできなくても、“感じる”ことはできる。どこまで感じられるかに、この役を演じられるかがかかっているのかなと思います」 

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『A Civil War Christmas』稽古より。(C)Marino Matsushima
――そして加藤さん演じる、三つ目のストーリーに関わるブロンソン軍曹は、クライマックスを担う役と言ってもいいかもしれません。
加藤「ブロンソンは黒人兵士で、妻を白人にさらわれています。台本を読んだとき、自分が体験したことのないような“怒り”を経験できるこの役を演じることが出来るのは役者として“誉”だと感じましたが、まず黒人の感覚というものがあって、その上に作品上の感情を乗せるにあたり、その基盤の感覚がなかなか掴めなくて…。勉強しましたが、まだまだだと思っています」
 
――ブロンソンが一つの決断を下す場面は大きな見どころです。
加藤「その時の台詞の意味が、はじめはなかなか掴めなかったんです。一豪さんと話してみて、クリスチャンにとってクリスマスの意味するものが(クリスチャンではない)僕らの感覚とは全く違うとわかり、ここが自分の中でも実感できてしっかり表現できるかどうかが勝負なんだなと思うようになりました。この決断を下す理由は単純ではなく、いろいろな要素が重なっているわけですが、そこに至るまでに最初の登場シーンからどう、思いを作っていくか。この前の通し稽古で、周囲の助けもあって初めて自分でもぐっと来るものがあったんですが、まだまだ深く行けると思っています。残りの稽古が勝負ですよね。楽しいところです」
 
――台詞が多いのに加えて、後半はスリリングな展開とあって、どんどん台詞を畳みかけるような作品ですね。
「TipTapは“間”を大切にしていて、“間”の質が普通のミュージカルとは全然違いますね」 
加藤「それこそストレート・プレイの感覚だよね」 
「この前にも僕は音楽劇に出演したのですが、そこで改めて、ミュージカルも芝居ベースで作るべきなんだなと感じました。ミュージカルは曲の前奏が空気感を作ってくれて、それに役者が乗るという部分が大きくて、それも一つの技術だけど、音楽劇だと、僕らは伴奏が流れていない状態でもそれを歌えるだけの理由を作らないといけない。それはミュージカルでも実は同じことなのではないか、と(自戒の意味もこめて)思ったんですよね」 
加藤「そう思いますね。“沈黙”という音楽が流れている感覚と一緒で。空間がちゃんと成立していれば、お客様もわかってくださると思います」 
「こういう、完成された音楽劇に関われることって幸せだなと感じます。ただクリスマス・ソングをパッチワークした作品ではなくて、一曲一曲に(歌う)必然がある。だから今回、僕らが歌った後に拍手はないんじゃないかな」 
加藤「それが正解かもしれないですよね」
 
――“リーディング・ワークショップ”ということで、皆さん座って朗読をするだけと思われているかもしれませんが…。
加藤「僕ら、バリバリに動いてます!(笑)」 
「リーディングではないかもしれない(笑)」 
麻尋「本当にお芝居をやっている感覚ですよね。大事な“間”も絶対抜けたくないし、掛け合いも計算したいし、どういう空間を皆さんと共有できるか、皆練って、練ってというところです」
 
――演劇的なお楽しみポイントとしては、何役も兼ねる皆さんの早替わりが挙げられそうです。
麻尋「確かに後ろのほうで皆着替えてますね(笑)」 
原「これまで観たことのないような、目の前での役替わりは楽しめると思います。帽子をかぶっただけでスイッチが変わるとか…」 
加藤「群集劇なので、登場する誰かに共感していただけると思います。大きなアクションがあるような作品ではないけれど、お芝居は楽しんでいただけます。“人間”を観ていただきたいですね」
 
――どんな舞台になるといいな、と思われますか?
麻尋「本作に関わってから、私達にとって“メリー・クリスマス”の意味が全く変わったと思いませんか?」 
加藤「変わったよね。ご覧になった方の心がちょっと豊かになったらいいな、と思います」 
「隣の人を大事にしよう、と思ったりとかね」 
加藤「優しくなれるといいですよね」 
麻尋「最近“わたし、こんな笑顔ができるんだ”と思えて、自分自身、浄化されている感じがするんです。皆で歌っているとき、今までこんな思いでクリスマス・ツリーを眺めたことなかったなぁ、とか…」 
「戦争反対を訴えたりとか、高尚なことをやっているわけではないけれど、人間の心と心のふれあいで生まれる変化が描かれている作品なんですよね」 
加藤「クリスマス・イブに起きる出来事、たった一晩の話なんだけど、僕は街中でクリスマスソングの聴こえ方が変わりました」 
「クリスマスの奇跡を観に来てほしいです」 
加藤「今の時期にぴったり!(笑)」 
麻尋「本当、ぴったりだと思います」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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イベントへのお誘い 舞台を観た後に「自分はこう感じたけれど、他の人はどう思ったのかな?」「あそこはどういう意味だったんだろう」等、感じたことはありませんか? 27 日(金)19時~の公演で、舞台を鑑賞後、少人数で感想を語り合う「観劇を深める会」を、お二人以上のお申込みがあれば開催します(定員6名)。(←当初23日の予定でしたが、都合により変更します) 会費6500円(チケット代込)。終演後、劇場ロビーもしくは客席で30分程度開催。プロデューサーもしくは演出家のご挨拶有。複数の視点が交錯することで、より舞台鑑賞が豊かになればという趣旨の会です。松島からは稽古取材のエピソードなどお話できるかと思います。開催の場合は後日、レポートを掲載します。締め切りは26日13:00。お申込み・お問い合わせは編集部まで。mtjeditor@outlook.com