
“その名前を見つけられれば、一度だけ大切な過去を振り返ることが出来る”魚をモチーフとした、「ONLY SILVER FISH」シリーズ。西田大輔さん作・演出のシリーズ第五弾で、初の音楽劇となる『OLD WATERCOLOR FISH』が、間もなく開幕します。
舞台は1890年代のパリ。ゴッホの死の知らせを受けた画家たちが、謎の女性にいざなわれ、水槽の魚を見つめながら、ゴッホがいた“その日”を振り返る…。
この群像劇で、主人公の画家エミール・ベルナールを演じるのが、伊藤あさひさん。ミュージカル界に『ロミオ&ジュリエット』(2024年)で彗星の如く現れ、その後も大作への出演が続くホープです。
稽古も佳境に入った某日、初の主演舞台となる本作の魅力や役への共感、稽古の手応えやこれまでのプロフィール、今後のヴィジョンなど、じっくり語ってくださいました。

――台本を読まれての第一印象はいかがでしたか?
「実は今回、台本が少しずつ渡されているんです。完成されたものを一度に渡されるのではなく、頭の方から順番に渡されるので、連続ドラマを撮っている時のように、“この先どうなるのだろう”と思いながら稽古をしています。
自分の役も全貌がまだつかめていないのですが、こういうことなんじゃないかなと想像しながら稽古をして、次の台本が来た時に、ああこうだったんだと答え合わせをする…という形で進んでいて、すごくワクワクする形で稽古をしています」
――では、まだ結末はわからないのですね!
「まだわかりません(笑)」
――本作は1890年代のモンマルトルを舞台とした画家たちの群像劇ですが、伊藤さんはもともと絵画の世界には親しんでいらっしゃいましたか?
「高校生時代、選択授業で美術を選択するくらいには興味がありました。背景を深く調べるほどではなかったのですが、美術館に行ったりするのも好きです」
――ゴーギャンにゴッホにロートレックに…と、錚々たる画家たちが登場しますが、ちなみに伊藤さんはどなたの作品が好みですか?
「今回いろいろリサーチしたり、画集を見たりしているのですが、やはり自分がエミール・ベルナールを演じることがわかっているので、どうしてもベルナールの作品に近しさを感じるというか、思い入れがあります。
ベルナールの作品は、繊細な部分もあれば、色使いによるものなのか、すごく力強い部分もあるなと感じています」
――当時、画家たちはそれぞれに新たな画法を生み出しており、ベルナールも“クロワゾニスム”(くっきりとした輪郭線を使用した画法)の先駆者として知られます。同じ表現者として、“自分ならではの個性”を追求した彼に共感できる部分はありますか?
「“自分にしかないものを見つける”というのは、この作品のテーマの一つです。僕自身は、敢えて見つけようとしなくても、人間にはもともと、その人にしかないものが備わっていると思っています。生まれてきた環境も経験も、全く同じ人なんていないですし、“誰もが唯一無二”なんじゃないかなと思います。
なので、外にあるものを探そうとするより、自分(が持っているもの)をいかに出すかが大事なのかもしれません。僕もふだん、お芝居をしたり歌ったりするときは、できるだけ“自分の中にあるもの”を試しているというような感じです」
――そのためには、ご自身に対する信頼感もないといけないですね。きっと自分には備わっている何かがある、という…。
「はじめから自信があるわけではなくて、そのためには技術的な部分だとか、いろいろと努力も重ねます。でも最終的には、自分自身が楽しんだり、ワクワクしている瞬間が、外から見て一番魅力的に見えるのではないかという、希望というか、ポジティブな感覚があるので、なるべく僕自身が楽しく思える方向を目指していきたいなと思いながら取り組んでいます」

――本作には“過去を振り返る”というテーマも登場します。伊藤さんご自身は、“あの瞬間をまた追体験してみたい”というような過去はありますか?
「(過去へのこだわりは)それほどないと思っていたのですが、この質問で、そういえば幼稚園から小学校の頃の記憶が薄れてきているな、と思いました。僕は親の仕事の都合で学校を転々としていたこともあって、その時々の自分がどうだったか、記憶が薄れて来ているんです。引っ越した当初の自分はどうだったかなとか、ちょっと気になります」
――本作の音楽は、アーティストの藤澤ノリマサさんが担当。楽曲はいかがですか?
「まだ全ての楽曲は揃っていないのですが、いただいたうちの一つはテーマ曲で、とてもきれいな曲です。藤澤さんご自身がポップオペラというジャンルで活動されている方なので、ポップ調とクラシカルな部分、どちらの要素も入っています。自分が歌うパートも美しいですし、この後どんなナンバーが届くんだろうと、本番に向けて楽しみです」
――テーマ曲は、柔らかな囁きからオペラ的な流麗なサビへと発展していくナンバーで、聴いている分には心地よいですが、歌われる側からすると…。
「難度は高いと思います(笑)。今回は音楽劇なので、役の感情のまま歌う部分もあれば、ある意味、俯瞰して歌わければいけない時もあるなと感じていて、練習しながら深めていければいいなと思っています」
――ミュージカルとはまた違う音楽の使われ方なのですね。
「これまでミュージカルには三作品出演させていただいたのですが、その経験の範囲で感じることとして、ミュージカルだと(構成自体)音楽主導のこともありますし、歌い方にしても、声に深みや厚みを出して歌うこともありますが、今回はストレートプレイの色味が強いので、芝居はリアルトーンでやっています。そういう芝居と繋がるような歌にしなければいけないので、(最適な歌い方を)探っていきたいなと思っています」
――今回、ご自身の中でテーマにされていることはありますか?
「演出の西田さんもおっしゃっていたのですが、自分がやる意味を見つけたいです。エミール・ベルナールと(仲間の)画家たちの物語ですが、自分半分、役半分というつもりで、今回限りのメンバーで楽しい作品を作りたいねと皆さんとも話しているので、そこを大事にしつつ、自分の役を全うして、魅力的な舞台にしたいと思っています」
――一般的に、主人公には物語を牽引していくタイプと、“受け”のタイプがありますが、今回のエミールは…。
「どちらかと言えば“受け”のタイプです。エミールは若いけれど、僕自身も今回のキャストでは最年少なんです。人が持っていない何かを持っているけれど、まだ自分では気づいていない、そんなエミールが周りからいろんな影響を受けて成長していく…という物語でもあるので、どこか自分ともリンクするものがあるかもしれないと思っています」
――今回初主演と伺っていますが、“座長”の役割について、発見があったりしますか?
「“座長だからこうしよう”という欲は、全く無いです。様々な個性が集まって成り立つお芝居を共演の方々と楽しみながらやるということと、自分の中の自分らしさ、自分の経験を出すということを考えています」
――お稽古の手応えはいかがでしょうか?
「カンパニーの空気もいいですし、お話がすごく面白いので、あったかい雰囲気の舞台を楽しんでいただけるのではないかな…と思っています。
とは言っても、まだ台本を最後までいただいていないので、わからない部分もありますが(笑)、観に来てよかったな、という気持ちで帰っていただけるような作品になるのではないかと思っています」

――ご自身についても少し伺えますでしょうか。伊藤さんはスカウトでこの道に入られたのですよね。当初はどんな夢をお持ちでしたか?
「高校生の頃は、俳優になりたいという思いはありませんでした。
人と違うこと、自分にしかできないことへの憧れはうっすらとありましたが、でもきっと企業などに就職するのかな…と思いながら、勉強をしたり、部活をしたりして過ごしていました。
でもスカウトされて、3か月くらい演技のレッスンを受けさせていただきました。思ったように芝居が出来ず、自分自身には納得できなかったけれど、俳優デビューさせていただけることになりました」
――『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』の頃は、ご自身の中ではまだ演技に苦手意識があったのですか?
「ありました。 オンエアが始まる前にある程度撮りためていたのですが、それを観た時に想像と全然違っていて。芝居ってこういうことか…と感じたのを、すごく覚えています」
――シリーズを通して得たものの中で、一番大きかったのは何でしたか?
「51話まであったのですが、それだけ一つの役を深められる機会って、なかなかないと思います。それに戦隊ものは、お芝居はもちろん、アクションの勉強にもなりますし、イベントがあるので、人前に出て喋ったり、キャラクターソングがあるので歌も歌ったりと、いろんな勉強をさせていただきました。今の僕の基盤になっている作品だなと感じます」
――多忙な中で大学にも通われていたのですよね。大変ではなかったですか?
「大変でした。 記憶があまりなくて、どうやって卒業したんだろうと今、思うほどです(笑)。
ちょうどコロナ禍で、自宅でも授業が受けられるようになったことで助けられた面もありますし、友達と出かけても、レポートをまとめるために途中で帰ったり、仕事の待ち時間に少しずつ課題を進めたり、いろいろ(時間を)やりくりしていたと思います。もちろん友達にも試験前に助けてもらいましたし、感謝しなきゃいけない人がたくさんいます」
――2024年からは『ロミオ&ジュリエット』『1789-バスティーユの恋人たち-』『エリザベート』と大作ミュージカルに連続出演。ミュージカルとの出会いは、ご自身的には運命であったと感じますか?
「今となっては運命だったのかなと思っています。
もともと歌やダンスの経験が無く、ただお芝居が好きでやっていたのですが、何作品かミュージカルの舞台を観に行って、この迫力すごいな…と圧倒されるうち、気づいたら自分もその世界にいて…。人生って、わからないものです」
――ダンスは『ロミオ&ジュリエット』で初めて…?
「そうです。最初は何もできなかったけれど、本当にたくさんの方に助けていただきました。あと、“やらなきゃいけない”と思うと集中できるタイプかもしれません」
――では飛び込んでみたら、ミュージカルはご自身にフィットする世界でしたか?
「『ロミオ&ジュリエット』で初めてミュージカルに出演させていただいた時は、自分的にフィットしている感覚はあまり感じられなかったのですが、マーキューシオという役がとても魅力的だったので、それまでのお芝居の経験を活かして、役を深めることに集中しました。
結果的に、皆さんから反響もいただけましたし、ミュージカルを通して僕を知ってくださったファンの方がいてくださったり、そういうところで(フィットしていたことを)実感しています」
――『エリザベート』では精神的に追い詰められるルドルフ役を長期間つとめられましたが、ご自身も役に影響を受けたりといったことはありますか?
「今後どうなるかはわからないですが、これまでのところ、役に影響を受けるという感覚は無いです。演じている瞬間は役に入り込みますが、終わると我に返るタイプです。
思ったように歌えなかったりお芝居が出来なかったりして“もっとうまくなりたいのに”と苦しむことはあっても、役に(日常的に)呑み込まれてしまうことはないかな、と自己分析しています」
――ミュージカルの醍醐味、楽しさをどんなところに感じますか?
「まるで小学生みたいに聞こえるかもしれないのですが、(経験を重ねることで)歌が上手くなってくるのが嬉しいです。
そして、ミュージカルではいろんなものを試されているという感覚があって、やっていて燃える部分があります。映像のお仕事だと“編集”というものがあるので、一生懸命やったシーンがカットされてしまうこともありますし、(カメラワークで)映っていないこともあります。
でもミュージカルだと、お芝居にしても歌にしても、お客様にはそのまま全身を見られている状態なので、まさに表現者としていろんなものが試されているなと実感します。だからこそ、“やってやるぞ、どうやったら魅力的になるだろう”と挑んでいけるのかな…と思っています」
――今後どんな表現者になって行かれたいですか?
「はっきりとしたヴィジョンを持っているわけではないですが、まずは、型にはまらないようにしようと思っています。
あと、何かに追われながらやるのではなく、自由に楽しく。ある意味、ずっと“子供”でいられるような表現者でありたいな、と思っています」
――ミュージカルなら、こんな感じのお役をやってみたいといったものはありますか?
「いろいろな作品を観たり、自分も出演させていただく中で、目標を少しずつ持つようになってきました。例えば『ロミオ&ジュリエット』のロミオや『モーツァルト!』のヴォルフガングにも挑戦したいですし、いつか『エリザベート』のトートにも挑戦できたらいいな…と思いながら、日々努力しています」
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 音楽劇『OLD WATERCOLOR FISH』5月7~17日=紀伊國屋ホール 公式HP
*伊藤あさひさんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。