とある一座が演じる“中世フランク王国の王子ピピンの物語”を通して、人生とは何かを問うスティーヴン・シュワルツ作詞作曲のミュージカル『ピピン』。1972年のブロードウェイ初演は翌年のトニー賞で演出、振付(ボブ・フォッシー)を含む5部門を受賞しました。
それから40年あまりを経た2013年に登場したのが、ダイアン・パウルスによる新演出版。初演では男性が演じていた物語の水先案内人=リーディング・プレイヤー役を女性が演じ、“サーカス一座”を舞台にするといった新解釈が話題を呼び、トニー賞では再演ミュージカル作品賞等4部門を受賞。このリバイバルを日本人キャストで再現したのが、今回の日本公演です。
幕の前に現れるリーディング・プレイヤー(クリスタル・ケイさん)とキャラクターたちが観客を彼らの世界へいざない、機は熟したとばかりに幕が開くと、そこはカラフルなサーカス一座。“本職”のアクロバット・アーティストたちがロープやポールを使った技を繰り広げる中にリーディング・プレイヤーも加わり、スリリングにして美しい空中バランスを見せます。
めくるめく冒頭ナンバーが終わるとサーカスのライオンよろしく、リングを突き抜けて物語の主人公、ピピン(城田優さん)が登場。若き王子の彼は“打ち込めるものが欲しい”と生きがい探しを始め、王である父チャールズ(今井清隆さん)が西ゴート族に仕掛けた戦に参加したり、性的な享楽に走るも満たされず、王の後妻であるファストラーダの計略に乗せられ、父を暗殺してしまいます。
そして王となるも自分もまた悪しき施政者への道を歩んでいることに気づき、絶望。そんな折に出逢った未亡人キャサリン(宮澤エマさん)とその息子との暮らしに安らぎを見出すピピンに、リーディング・プレイヤーは思いもよらない選択を突き付ける…。
賑々しく、躍動感いっぱいに展開していた舞台はここでピピンの“気づき”へと転換。観客もまた、この公演の“サーカス”という枠組みが、ときめきと冒険が同居する“青春時代”の比喩であり、そこから“もしかしたら凡庸で退屈かもしれない”大人の世界への旅立ちが描かれているのであろうことに気づかされるのです。
溌溂と登場する冒頭から時に悩み、惑わされ、また時に思い込みで行動しながらも、次第に成長してゆくピピン役の城田優さんは、様々な表情を見せながらも主人公としての存在感を終始放ち、同時にそこはかとないユーモアが滲むのが魅力。スタイリッシュかつセクシーな身のこなしでリーディング・プレイヤーを演じるクリスタル・ケイさんはクールな口跡が終盤、ピピンを追い詰める台詞に活き、上述の空中バランスの他フラフープを回しながら歌うといった技からも、パフォーマーとしての並々ならぬ意欲がうかがえます。
戦争に辟易したピピンを迎え入れ、“楽しもう 残りの時間を大事に”と積極的な生き方をアドバイスする祖母バーサ役の中尾ミエさん(前田美波里さんとのダブルキャスト)は観客の合唱を促すくだりで余裕を見せつつ、指の先まで神経を行き届かせ、ゆっくりとアクロバットを披露。どの一秒も丁寧に生きるバーサと中尾さんが見事に重なり、胸熱くなる瞬間です。
実子を王位に就けようと画策するファストラーダ役はその野望をダンスで表現するくだりでかなりのテクニックが問われる役柄(例えていわば『コーラスライン』のキャシー)ですが、演じる霧矢大夢さんはのびのびと踊り、“私はそちらにいらっしゃる多くの皆さんと一緒。普通の母で主婦!”とさらり。思わず掛け声をかけたくなるような痛快な悪女っぷりです。
また父王チャールズ役は生きがいを求める息子に“人生に意味を求めるのか?”と返したり、戦争で“僕は40人は殺した”という彼に(文字にはできないような)とんでもない言葉を返したりとモラルのかけらもない人物に見えますが、人間くさい人物造形に定評のある今井清隆さんが演じることで冷酷さがユーモアに転じ、面白みが生まれています。ファストラーダの子でピピンの腹違いの弟ルイス役の岡田亮輔さんは単細胞の役柄を快活に体現。そしてピピンに安らぎを与える未亡人キャサリン役の宮澤エマさんは、その声質が特にフォーク調の楽曲にぴたりとはまり、ピピンとの「Love Song」はシングルカットに値する美しいデュエットとなっています。
物語の終盤、ピピンが一つの決断を下した後にキャサリンの息子を中心に展開する光景は、ブロードウェイ初演には無かった演出。そこにはどこか“男の子ってこういうものだよね”という母性的な視点も感じられ、スマートというだけではない、温かなエンディングが余韻を残す舞台です。
(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ピピン』6月10~30日=東急シアターオーブ