生演奏とリーディング、歌唱でオペラの作品世界を紹介する「リーディング・オペラ」シリーズが、第二弾『蝶々夫人』を上演。
タイトルロールを柏木ひなたさん、ピンカートンを上原理生さん、シャープレスを宮原浩暢さん、スズキを市川笑三郎さんが演じ、二十五絃箏、二胡、アコーディオンの奏者たちが、プッチーニの原曲をアレンジした楽曲を演奏します。
西洋風の旋律を、東洋と西洋の楽器が奏で、そこに様々なバックグラウンドの俳優たちの声が重なるという異色の舞台を、出演者たちはどうとらえているでしょうか。
初日直前の某日、ミュージカル・ファンにはお馴染みの上原理生さん、宮原浩暢さんと、品格ある女形として活躍する市川笑三郎さんに、原作オペラとの縁に始まり、演じる役、音楽の魅力などさまざまにお話いただきました。
異色の顔ぶれ、新鮮な音色から生まれる
“蝶々さんの世界”を、私たちも楽しんでいます
――今回は“リーディング・オペラ”と銘打たれていますが、どのような舞台をイメージしたらよろしいでしょうか?
宮原浩暢(以下・宮原)「『蝶々夫人』といえば、プッチーニの作品ということで、皆さんイタリア語のオペラというイメージがあると思いますが、今回はリーディングも歌も、日本語です。
そして音楽的には、原曲を生かしつつ、オリジナルの旋律を入れることで、よりわかりやすく、身近に感じていただける作品になっていると思います」
市川笑三郎(以下・笑三郎)「いわゆるオペラのお客様でない人でもわかる、むしろそちらのほうがターゲットになっている感じですね」
上原理生(以下・上原)「オペラに触れられる、数少ない機会ではないかな」
宮原「オペラを観ただけではわからない『蝶々夫人』の背景も伝わると思います」
上原「全く敷居高く感じなくて大丈夫です。物語として楽しんでいただけると思います」
――上原さん、宮原さんは音楽大学で声楽を学ばれましたが、お二人にとって、プッチーニの『蝶々夫人』はどんな作品でしょうか?
上原「とてもレベルの高い作品というイメージですね。近現代の、ヴェリズモ・オペラという(写実主義の)ジャンルの作品だと思いますが、お芝居らしいオペラで、大学にいる時は自分には手の届かない作品だと思っていました」
宮原「そうですよね。大学のガラ公演で『蝶々夫人』の一場面を上演したことがあって、僕はボンゾというお坊さん役をやりましたが、なかなか(フルで)やれる作品ではないです。
大学ではまずモーツァルトとか、古典を勉強しまして、その先の先にあるのがプッチーニというイメージです。歌の技術もあって、お芝居もできる先輩たち、先生たちがやるものとして、『蝶々夫人』は学生にとっては憧れの演目でした」
上原「知ってはいたけど、まぁ自分には関わりはないかなと思っていました」
――笑三郎さんは以前からオペラにご縁があったのですか?
笑三郎「以前、日本人の演出家の方で『蝶々夫人』が上演された時に、所作指導で携わったことがあります。イタリア語なのではじめは何を言っているか、今どこを歌っているのかもわからなかったのですが(笑)、毎日リハーサルを見せていただくうち、だんだん曲の良さが分かってきて、好きなシーンも出来てきました。
『蝶々夫人』には民謡や童謡など、日本の有名な曲が(プッチーニによって取り込まれて)出てくるんです。オペラなのに自分が知っているフレーズが出てくるのが、非常に楽しかったです」
――以前、宮本亞門さんが本作を演出された際、近年『蝶々夫人』は女性の描き方の点で上演に難しさがあるとおっしゃっていましたが、演じる側としてはどうお感じでしょうか?
上原「ピンカートンはとんでもない男です(笑)。海軍士官で、立ち寄った港ごとにつまみ食いするという精神なので、今だったら一発アウトでしょう。一番惹かれた蝶々さんと結婚しておきながら、帰国するやアメリカの女性と結婚しているのだから、何を考えているのでしょうか(笑)」
――とはいえ、1幕には蝶々さんとの美しいシーンがあります。
上原「その瞬間はぞっこんなのですが、領事のシャープレスと話している時、ピンカートンは“彼女は若いから、僕と過ごした時間はいい経験になるだろう”と言っていまして」
宮原「上から目線…(笑)」
上原「まさに上から目線です(笑)。島国の娘が海外でも立派なレディとしてふるまえるよう、僕から得るものはたくさんある筈だ、というようなことを言っていて、(日本人としては)頭に来ますね(笑)。
ただ、これは1890年代の話で、当時アメリカは(国として)まだ100年ちょっとしか経っていなくて、すごく若いんですよ。日本はその時点で1000年以上の歴史があるのに対して、アメリカは生まれたての状態。この国を象徴しているようなところが、ピンカートンにはあるのかなと思います」
――アメリカに帰国してしまうピンカートンですが、3幕で日本に戻ってきますね。
上原「ただし、アメリカで結婚した奥さんをつれてくるという…(笑)。
『蝶々夫人』にインスピレーションを得て作られたミュージカルに『ミス・サイゴン』という作品がありますよね。僕は10年くらい携わって、主人公クリスの戦友のジョンを演じたのですが、あれは100歩譲って、ベトナム戦争という背景も、戦争後遺症と言う事情もあったし、離れ離れになって会いたかったということもあったので、情状酌量の余地はあると思うんです。でもピンカートンには、その余地はないですね(笑)」
宮原「仕事が終わったから帰る、みたいなことですものね」
上原「いっぽう蝶々さんはずっと待っているわけで、彼女のけなげさが際立つのですが、彼はまさか待っているとは思わず、その事実を知って“なんということをしてしまったんだ”となるのです。なんと愚かな男でしょうか」
――いっぽうで、領事のシャープレスさんは常識人といった造型でしょうか。
宮原「そうですね。日本人のことも大事にしつつ、同胞のピンカートンのことも守らなければいけない。おそらく彼よりだいぶ年上だと思いますが、彼を諭し、心を痛めるという、いい人です」
上原「誠実ですよね。ちょっと羨ましいです」
――歌われるナンバーにも、シャープレスさんのマイルドさが表れている感じでしょうか?
宮原「最初にピンカートンに忠告するナンバーは、国歌にあわせて諭しながら歌うようなイメージです。歌というよりは、台詞の部分で性格を表現しているのかなと思います」
――そして笑三郎さんは、蝶々さんに仕えるスズキを演じていらっしゃいます。先ほどお話いただいた所作指導の経験時、既にこの役の重要性を感じていらっしゃったのではないでしょうか。
笑三郎「はい、いい役だなと思って見ておりました。今回、この役を女形が演じるというのはとても面白い企画だと思います。
女形って、歌舞伎に存在する独特な者で、男でも女でもないところに魅力があると思うんです。それは男しかいない(歌舞伎と言う)世界でやっているからなのですが、今回、この役を女形にやらせてみようというチャレンジが、すごく面白いのではないかなと思いながらやっています。
スズキとして、蝶々夫人に対しては(オペラのいつもの演出以上に)忠実でありたいと思っています」
――もしかしたらお母さん的な感覚も?
笑三郎「そうですね、蝶々さんは15歳ということなのでスズキのほうが年齢もかなり上でしょうし、蝶々さんは実のお母さんとは今、離れ離れになっていると言っていますからね。
当時の常識や世界観の中で生きていた女性なので、最後に(スズキに対して)パッと命令もしていますし、今の15歳よりはしっかり生きていたと思いますが、スズキとしてはとにかく忠実に彼女に仕えています。
最後も(去るように蝶々夫人に言われ)おそらくこの人は死んでしまうのだなと思いつつ、彼女の覚悟もくみ取って去る、蝶々夫人の女心もわかっているという女性像でありたいなと思っています。
でもそれを女形が演じることで角が取れるというか、全体にぎくしゃくした話が、エンタメとして観ていただくための緩和剤になれたらいいなと思っています」
――今回はスズキさんだけでなく、男性のお役もなさいますよね?
笑三郎「今回は全員、いろいろな役をやるんです」
上原「笑三郎さん、すごいですよ。声色が全然変わって、めちゃくちゃ勉強させてもらっています」
笑三郎「歌舞伎でいろいろな役をさせていただいていますから。歌舞伎は毎月演目が変わって、女ばかりでなく男役も、二枚目も三枚目もやりますので、レパートリーは増えていくいっぽうです」
上原「羨ましいです。僕らは長い時は半年間、一つの役だけ演じていますので…」
――宮原さんは、歌舞伎の方と共演されたことは…。
宮原「(市川)猿弥さんとご一緒したことがありますが、女形さんは今回が初めてです。居方から声色から、笑三郎さんは本当にすごいなと思って拝見しています」
――スズキさんは劇中、長崎ぶらぶら節なども歌っていらっしゃいますね。
笑三郎「民謡なので子供の頃から馴染みがあります。歌舞伎には、例えば田舎が舞台ならコレとか、海の場面なら必ずコレが流れるという曲が決まっているんです。
もちろん、一つの作品のために新しく作られる、著作権がらみのものもありますが、古典歌舞伎は新作でも当時の流行り唄とかも取り入れたり、どのお芝居でも場面によって同じ曲を使い回すのです。今回登場する民謡も、長崎の場面で使われる事もあります」
――最後に皆さんが歌われる曲のリハーサルを聴かせていただきましたが、お箏の音色が新鮮で、すこぶる興味深かったです。
宮原「今までのオペラの『蝶々夫人』からは離れていますが、より作品の世界には寄り添っている感じがして、とても素敵です」
笑三郎「舞台が長崎ですから和楽器が出てきてもおかしくはないですから、合っているのではないでしょうか。
台詞のところにもBGMのように音楽がかかるのですが、演出の彌勒忠史先生が、(歌舞伎の)黒御簾音楽のように、台詞を意識しておかないといけない課題をたくさん投げかけていらっしゃって、(演奏の)皆さん、きっかけが大変だなと思って拝見しています(笑)」
上原「あと、お箏が今回二十五絃で、普通より長いんです。箏の低音って聴いたことがなかったので、かっこいいなと思って聴いています。こまめに調弦をなさっていて、興味深いです」
笑三郎「見どころの一つですよね。(演奏者は)全員女性なんですよ」
――柏木ひなたさんが演じる蝶々さんはいかがですか?
上原「けなげな蝶々さんだけに、ピンカートンとしては…申し訳ない(笑)」
宮原「可愛らしさと儚さのある方で、本当に小柄なんですよね。一幕で、はじめ蝶々夫人がピンカートンに対して恥じらって顔を見ることが出来ず、足元を見ているのですが、何が見えると聞かれて“杉の木が2本見えます”と彼の長い脚に言及するシーンがぴったりです」
上原「蝶々さんは武家の出身なので、その芯の強さをもともと持っている、腹がすわっている女性の強さを(柏木さんの蝶々さんに)感じます。武家で育った女性の凛としたものがすごく出ています」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
笑三郎「お客様はすごく楽しいのではないかと思います。いろいろなところで活躍しているメンバーが集まって、ただの朗読だけではない魅力が出てくると思います。楽曲が魅力的で、プッチーニの原曲を知っている人も、そうでない方も楽しめると思います」
――笑三郎さんはこういった舞台はあまりなさって来なかったですよね。
笑三郎「有難いお話はたくさんいただいていたけれど、歌舞伎以外のお仕事はある年代まで、全部師匠(市川猿翁)に断られてしまっていました。まずは歌舞伎を身に着けるということだったのだと思いますが、30代後半で突然他のものに出られるようになりまして」
宮原「免許皆伝みたいなことでしょうか」
笑三郎「そうですね。歌舞伎は基本、演出家がいないので、外の世界ではダメだしをされたりするのがすごく楽しくて。今回も楽しく過ごしています」
――これを機にミュージカルにも進出されたりは…?
笑三郎「ミュージカルはよく観に行っていますが、出演となると、お声がかかればの話ですね。
好きな作品は『オペラ座の怪人』です。最後に一度去ったクリスティーヌが戻って来て、何をするのかと思ったら指輪を返して行く、あそこが好きなんですよ。ファントムがかわいそうで、音楽もたまらないですし、いつも泣いてしまいます」
――お二人は今回の舞台、どう仕上がるといいなと思われますか?
宮原「オペラ版を観た方も観ていない方も、『ミス・サイゴン』を観た方も観たことの無い方も、どなたが観てもわかりやすい内容ですし、音楽も新たなジャンルが加わることで、より身近に、かっこよく聴いていただけると思います。たくさんの方にご覧いただきたいなと思います」
上原「オペラ自体にふれる機会がそうそうない方が大半だと思いますが、こういう世界もあるのだと、一つのきっかけになったらいいなと思います。自分もこういう形で携わらせていただいて、非常に貴重な機会だなと感じますね。
純粋に物語も楽しめると思いますが、昔の日本人が持っていた結婚観や恋愛観を今、この時代に観ていただく意義があると思いますし、お客様の心にも伝わるといいなと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 リーディング・オペラ『蝶々夫人』3月4~6日=イタリア文化会館ホール、3月15~16日=ヨコスカ・ベイサイド・ポケット、3月21~23日=近鉄アート館 公式HP
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