Musical Theater Japan

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柴田麻衣子の連載エッセイ『夢と夢のあいだ』Vol.4 “繋がる夢”

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「繋がる夢」画・柴田麻衣子

人生で初めて観た舞台は?

10年前の夏、大学近くの雑居ビルの一室に劇団の稽古場があった頃。

その稽古場を改造して杮落とし公演と銘打ち、アトリエ公演を行なった。

劇団所有の稽古場というのは恐ろしいもので、朝も昼も夜も、稽古や公演準備の作業ができてしまう。

その頃はまだ若かったのか、私たちは毎晩のように稽古場に泊まり込みで、衣装や小道具、舞台セットの仕込み作業をしていた。

そんなある夜、今の夫と何気なく話した会話。

 

「人生で初めて観た舞台は?」

 

愛知県と熊本県という、遠く離れた場所で子供時代を過ごした私と夫。

それにも関わらず、初めて観た舞台は、二人とも同じ劇団の舞台だった。

 

劇団飛行船。

有名な童話などを題材にした子供向けのミュージカルを、定期的に全国を巡りながら上演する劇団。

特徴的なのは、着ぐるみを着てミュージカルを上演するというスタイルだ。

 

幼い頃、毎年夏休みに、母と妹と、少しおめかしをして、飛行船の舞台を観に出かけた。

私にとって飛行船の舞台は、幕が上がって降りるまで、きらきらした夢の時間だった。

そして観劇のあとは、帰り道も、家に帰っても、しばらく経っても、お芝居の中の歌を歌ったり、見よう見まねで踊ったりした。

中でも『ヘンゼルとグレーテル』の歌は私たち親子の印象に残っていて、大人になっても母と懐かしんで口ずさんでいた。

 

夫は『三匹の子豚』のビデオテープとレコードを買ってもらったことをよく覚えているらしく、舞台を観た時の記憶が鮮明に残っていると話してくれた。

 

子供時代を地方で過ごした私たちにとって、飛行船は夢を運んでくれる特別な劇団だったのかもしれない。

その幼い頃の観劇の記憶が、今の私たちの活動に深く根を下ろしている。

 

その夜、夫が劇団を立ち上げた時、「トラック一台で全国を巡る、TipTapをそんな劇団にしたい」と言っていたことを思い出した。

そんな“夢みたいな夢”が叶ったら、なんて素敵なんだろうと胸を躍らせた。

飛行船は私たちの夢を、さらに大きな形で実現している劇団なのだと思った。

 

 

今年の7月、映画演劇文化協会主催で、日本初演ミュージカル『リーファー・マッドネス』という作品を上演することになった。

今回はTipTapお馴染みのスタッフ陣だけではなく、映画演劇文化協会のプロデューサーが集めたスタッフ陣ともご一緒している。

 

私は、今回初めてご一緒する演出部の女性とお会いするのを、密かに楽しみにしていた。

彼女が劇団飛行船の元劇団員の方だと聞いていたからだ。

 

稽古が始まってから、彼女とお話する機会を探っていた。しかし初演の稽古というのは、それはもうバタバタしている。なかなかゆっくり話せる時間がないまま、過ぎてしまっていた。

 

一通り最後まで演出がつき、稽古も少し落ち着いてきたある日。彼女と一緒に小道具作業をする機会があった。

私は満を持して、彼女に劇団飛行船と私の思い出の話をした。

 

人生で初めて観た舞台が飛行船の舞台なこと。母と妹と毎年楽しみにしていたこと。『ヘンゼルとグレーテル』の歌は今でも歌えること。夫は熊本出身だけど、初めて観た舞台がこれまた一緒の劇団飛行船の舞台で、こんな風に公演準備の作業をしながらその話をした夜があったこと。

 

彼女は始め、私の突然の話に目を丸くしていたけれど、だんだんその目に涙を浮かべて、「とっても嬉しい」と言ってくれた。

 

彼女が飛行船の舞台に立っていたのは25年前。ちょうど私が観に行っていた時期。

背の高い彼女はお母さん役が多かったらしい。私が観ていたヘンゼルとグレーテルのお母さんだったのかもしれない!

そして、私たちは稽古場の片隅で、作業をしながら『ヘンゼルとグレーテル』の歌を歌った。

 

「ワン・ツー・スリー・フォー、手と手をぱっちん♪」

「ワン・ツー・スリー・フォー、足と手ぱっちん♪」

「上手にできたら、まねっこ・まねっこ・まねっこ・まねっこ♪」

 

彼女は、優しい笑顔で、涙ぐみながら。

私は、憧れのお母さんと一緒に歌えることにドキドキしながら。

私たちは、リーファー(大麻)入りのブラウニーの着ぐるみの蝶ネクタイとリボンを、一緒に縫いながら。

色んな思いを胸に募らせて、『ヘンゼルとグレーテル』の歌を歌った。

 

人生で初めて観た舞台は?

 

胸を張って私たちの舞台のことを思い出してもらえるような作品を作り続けていきたい。

(文・画=柴田麻衣子)

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柴田麻衣子 愛知県出身。早稲田大学在学中に劇団TipTapの旗揚げ公演「Flag of Pirates」に参加。それ以降、俳優として参加。劇団解散後、プロデュースユニットとしての活動では美術・制作を担当。「Count Down My Life」よりプロデューサーとして作品のプロデュースを担いながら、作品のプロダクションデザインを手がけている。舞台美術家としても活動しており、主な参加作品に「Working」、「幸せの王子」(映画演劇文化協会)、「Sign」(ミュージカル座)などがある。(画・上田一豪)