p空前のミュージカルブームと言われる昨今ですが、十分な時間をかけた“創作”となると、なかなか難しいのが実情。そんななか、稽古と公演双方にたっぷりと時間をかけ、一つの作品を長期的に育ててゆこうというプロジェクトが発足。良質な作品を創り上げ、オフ・シアターから将来的にはオン・シアター(大劇場)や海外進出も視野に入れていこうという、エキサイティングな企画です。
脚本・演出を俳優としても活躍する西川大貴さん、音楽をジャズピアニストの桑原あいさん、振付を加賀谷一肇さんと、それぞれ次世代を担う若きクリエイターがつとめ、スーパーバイザーに『ゴースト』日本版を演出したダレン・ヤップさんが就任。『(愛おしき)ボクの時代』というタイトルで、今の日本の若者群像が描かれる予定です。
Musical Theater Japanはこのプロジェクトを応援するべく、折に触れて取材予定。まずは出演者オーディション(2次)の模様を、演出の西川さん、振付の加賀谷さんへのインタビューを交えてレポートします!
のびのびと力を発揮する受験者たち
今回、SNS等を通じて広くオーディション告知を行ったところ、新作、それも小規模公演であるにもかかわらず、応募はなんと400名以上。業界人からも驚嘆の声が上がり、西川さんたちは嬉しい悲鳴とともに丁寧に書類審査。なるべく多くの方とお会いしようという方針のもと、異例ともいえるおよそ半数、200名程度の男女が2次オーディションに進みました。
6月17、18日の二日間、いくつかにグループ分けして行われたオーディションのうち、筆者は女性のみ20人程度の某組を見学。10~30代まで、平均は20代半ばでしょうか。開始時間になると「おはようございます!」と元気な声とともに、受験者たちが会場に入ってきました。皆さん笑顔ではあるものの、荷物を置いて座るのはなぜか演出家席から遠い部屋の隅。彼女たちの緊張を見て取り、西川さんが「心のアップをしましょう」と声をかけます。
ウォームアップとして始まったのが、ジェスチャーゲーム。いくつかの班に分かれ、順番にジェスチャーをやってみせて班の仲間に当ててもらうというものですが、西川さんから提示されるお題は“ブルーベリーヨーグルト”に“七面鳥”に…と、なかなかに手ごわい。それでも西川さんが「スタート!」と声をかけると、ほぼ初対面同士の受験者たちがわずかな動きを手掛かりに驚くほどの速さで正答してゆきます。ジェスチャーする側の動きのセンス、応える側のひらめきに思わずこちらも熱くなりますが、ほどよきところでゲームは終了。最初の課題、ダンスのスタートです。
振付を担当するのは加賀谷一肇さん。はじめに加賀谷さんから、「今回はタイトな時間で長い振りをうつしますが、可能性が見られなくなることは避けたいので、途中でわからなくなっても固まらず、切り替えて、身体を使って自由にアピールしてください」と指示があり、さっそく少しずつ振りを移していく作業に。進行している動きに集中する人、少し前の動きとつなげてやってみる人、頭の中で振りの流れを整理している人…と様々な姿が見られます。
全体をおさらいし、練習が終わって審査がスタート。西川さんが“前の組はカオスでしたからね、カオスで全然大丈夫です!”と和ませた後、4人ずつ、2列になって踊ります。曲が進むにつれ、浮かび上がってくる一人一人の“ダンス経験の有無”“(身体的)記憶力”“(見せ方の)センス”。西川さんは時折プロフィール・ファイルを見やりながら、受験者たちの踊りに真剣な視線を向けています。しっかりと振りを覚えた人をちら見しながら全員が最後まで到達している組もあれば、始まってすぐ4人全員が異なる振りで踊っている組もあり、このあたりは組み合わせの「運」というものもあるかもしれません。
全員が踊り、続いては歌唱審査。数曲の課題曲(J-POPや歌謡曲等)の中から好きなものを、一人ずつアカペラで歌います。前を向いて直立不動で歌う人もあれば、「実力を発揮できる方法で」という指示のもと、歌詞カードやスマホを見ながら歌う方も。選曲の傾向としては主に“情感のこもる歌い上げ系”“元気さやリズム感をアピールできるアップテンポ系”に分かれますが、特に前者は曲の表現が「こうも違う?」というほど様々。その曲のどこにポイントを置いているのか、特定の言葉を“立たせ”ようとしているか、意識の有無で同じ曲が全く違って聞こえてきます。歌唱後に西川さんから“ふだんどんな歌手が好きですか?”等の質問がされる場面もありました。
最後に行われたのが、台詞の審査。事前に課題に指定されていた“私は女の子…”で始まる抽象的な長台詞を、ワンフレーズごとにトーンを変えたり、はじめは床に座り、途中で立ち上がるというように動きをつけたり、穏やかな序盤から後半、エモーショナルに転じたり…と、それぞれに工夫して語る受験者。ひとしきり喋った後、西川さんから“こちらを説得するように”“達観した感じで”とリクエストが入ることもあり、がらりとトーンを変えて表現しようとする姿に並々ならぬ意欲が感じられます。
加賀谷さんに追加質問の有無を確認した上で、西川さんはオーディション終了を宣言。ほっとした空気の中で受験者たちが荷物をまとめ、退室します。直後に、西川さんがスタッフに向け、この時点での合格予定者数名の番号を発表。“迷ってる”ということで、さらに数名が追加されましたが、合計しても半数以下に絞られました。
次の審査までの空き時間を利用し、西川さん、加賀谷さんにミニ・インタビュー。オーディションでは一般的に、そして今回の場合は特に何が求められるのか、また今回はどんな舞台が生まれることになりそうかを語っていただきました。
演出・西川大貴さんインタビュー
資料ではわからない“面白さ”との出会いを求めて
――どんな人材を求めているのでしょうか?
「ざっくり言うと“面白い人”“柔軟性のある人”です。構成によっては踊れなくてもいい枠も作るかもしれませんが、現在のところ、歌も踊りも芝居もしっかりある脚本を想定しているので、出来るにこしたことはないと思っています。振付やトライできることの幅が広がりますので」
――200人もの人に会うオーディションは珍しいと思いますが、もっと絞ろうとは思わなかったのですか?
「履歴書と2枚くらいの写真、音源だけでは分からない部分も多いので、可能性があれば会ってみたい、と思いました。実際、ジェスチャーゲームで面白い表情するなぁとか、そういうのって会ってみないとわからないじゃないですか」
――ジェスチャーゲームは単なるウォームアップであって、審査には関係ないのかなぁと思っていました(笑)。
「ウォームアップだけど、それでもパッと目に入ってくる人はいます。雰囲気がある人は、芝居まで見たいなと思いますよね」
――資料と実像が全く違う人もいましたか?
「意外と歌えるじゃない!とか、音源では地声で歌っていたのにオーディションではファルセット(裏声)で歌ってるとか、いろいろありましたね」
――資料の作り方が下手な方が多いということでしょうか?
「下手なのか巧いのか…。ただ、音源の作り方はとても重要だと思いましたね。僕自身、(作る時は)気をつけようと思いました」
――今回、2次ですが3次で終了の予定でしょうか?
「…の、予定です。スイングも含めて20名弱採りたいと思っていて、今回はその3倍くらいに絞るつもりです」
――作品自体はどんなものになるのでしょうか?
「ミュージカル的な構造の中で、今の日本の若者が抱える窮屈感であったり問題といったものを、シュールに詰め込めたらと思っています」
――“日本”的題材ですが、グローバルスタンダードというか、世界進出も視野に入れていらっしゃるそうですね。
「僕は以前から、“日本のミュージカル音楽”という独特の音楽ジャンルがあるなと思っていて。日本のオリジナル作品を作るからと言って、それにとらわれる必要はあるんだろうか、今の日本にあふれているポップミュージックだったり、洋楽や海外のフォーマットを否定する必要は全くないんじゃないかと思っていました。
そういったことで今回はジャズピアニストの方に音楽をお願いしているし、脚本段階からダレンにも参加してもらって、一緒に作っています。素直に日本のフィーリングが歌詞や音に乗せられたらいいなと思っています」
加賀谷一肇さんインタビュー:“芯を持って踊る”人は自ずから見えてくる
――今回はどんな経緯で参加されたのですか?
「(西川)大貴君とは彼が小さいころに仕事をして以来でしたが、最近また縁があり、今回のプロジェクトの話を聞きました。日本ではなかなか実現のできない素晴らしいプロジェクトだと判断して、喜んで力をお貸ししたいと思いました」
――今回の課題曲はなかなか高度なテクニックを要するように見えましたが…。
「ジャズダンスの中でもクラシカルなスタイルなので、もしかしたら慣れていない人もいるかもしれませんが、そこまで高度なテクニックは要していないと思います。ダンスレッスンのコンビネーションと違ってオーディションの振りはなかなか悩みますが、スキルを重視した難解な動きよりも、音楽をキャッチするセンスや、リズム感、しなやかさやキレやラフさなど、その人の身体の幅が見えてくるような動きを入れ込んで作るようにしています」
――今のところ、受験者のダンスはいかがですか?
「ダンスを踊り込んでいる人でもこの短時間では覚えるのが難しいし、ましてオーディションという呑み込まれやすい場ですので、完璧に覚えて踊るというのは難しいと思います。音に寄り添えるか、そしてわからなくなっても音をどう感じているか表現できるかどうかがポイントになってくるかと思います。
ここまで見た限りでは、全体的にはどちらかというと、最近の傾向として踊りよりも歌・芝居に強い人が多いのかなと感じました」
――印象に残るダンサーはいましたか?
「いましたね。周りの空気に呑まれず、振りが分からなくなったとしても、一本芯を持って踊ってきた人は見えてきますし、もっと見てみたいと思います」
――西川さんと加賀谷さんの間で意見が異なることは?
「今のところありません。基本的には演出家あっての僕なので、うまく大貴君のやりたいことをアシストできればいいなと思っています」
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3次オーディション(コールバック)の開催は6月25、26日。もちろんこちらもレポート予定ですので、後日の掲載をどうぞお楽しみに!
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『(愛おしき)ボクの時代』2019年11~12月、DDD青山クロスシアターにて上演予定