日本発のミュージカルとして2006年に世界初演、18年に新版が上演された『マリー・アントワネット』が待望の再演。遠藤周作の『王妃マリー・アントワネット』を原作として、革命の渦の中で王妃と庶民の娘の人生が交錯してゆくさまを『エリザベート』のミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)、シルヴェスター・リーヴァイ(作曲)が舞台化、ドイツや韓国でも上演されている人気作です。
幕の中央にMAのイニシャルが映し出され、微かなざわめきが聞こえてくる。“自由”“倒せ”“専制君主”…。怨嗟の声は次第に大きくなり、遂にギロチンの刃の落下音が。衝撃的なプロローグに続き、舞台はマリー・アントワネットの死を知ったフェルセン伯爵が激動の日々を振り返る形で進行します。
時は18世紀、貧困と飢餓にあえぐ民衆たちをよそに王侯貴族が贅沢三昧に耽るフランス。王妃マリー・アントワネットがオルレアン公の招待に応じて舞踏会に興じていると、貧しい身なりの娘マルグリット・アルノーが迷い込み、民衆の窮状を訴えます。
アメリカ独立戦争から戻ってきた王妃の恋人、フェルセン伯爵は新たな世界の潮流を語り警告しますが、王妃の胸には響かぬ様子。背後では権力奪取を目論むオルレアン公がジャーナリストのジャックやマルグリットの後ろ盾となり、民衆にマリー・アントワネットへの憎悪を植えつけようとします。
王室でも手の届かない高価な宝石の存在を知ったオルレアンたちは、王妃との関係修復を望むロアン大司教を利用。後に首飾り事件と呼ばれるスキャンダルが起こり、王妃は窮地に追い込まれます。
囚われた王妃たちを、マルグリットはスパイとして世話することに。二人は次第に互いの真実の姿を知りますが時すでに遅く、王ルイ16世は処刑。命懸けで救いに来たフェルセンに王妃は別れを告げます。王妃の裁判に証人として出廷したマルグリットは、公正さからほど遠い裁判に憤激しますが…。
一国の王妃と、庶民の娘。平時であれば交わる筈のない二人の運命が絡みあい、大きく歴史が動いてゆく物語を、18年版から演出を担当するロバート・ヨハンソンは明確なメッセージ性をもって描写。マリー・アントワネットの悲劇を全員が歌う「どうすれば世界は」に帰結させ、現代の観客に“貧困や暴力を乗り越え、より良い世界を作るため何ができるか”を問いかけます。(楽曲の変更などは無く、ほぼ18年版の演出を踏襲)。
Wキャストでタイトル・ロールを演じる花總まりさんは、登場の瞬間から神々しいまでの気品と華やぎに満ち、王妃そのもの。加えて恋人フェルセンを前にした時の女心、民衆に傷つけられても揺らぐことのない気高さ、囚われの身となって気づいた家族への深い愛など次々に溢れ出る心情を丁寧かつ克明に体現し、この人物像にいっそうの奥行きを与えています。いっぽう笹本玲奈さん演じるマリー・アントワネットは豪奢な首飾りを見せられた際、夫ルイ16世が子供たちに玩具を与えた際などのリアクションに天真爛漫さが溢れるだけに、後半、希望が失われるなかで別人のようになってゆく姿があまりにも哀切。裁判シーン以降の一挙手一投足からは一瞬たりとも目が離せません。
マルグリット・アルノ―役のソニンさんは、正義感のレベルをとうに超え、”復讐”心にとりつかれた聡明な女性を描き出す中で、スキャンダル勃発を受けて世の中の潮目が変わったことを察知し、一瞬の“間”の後に見せる悪魔的な微笑が衝撃的です。もう一人のマルグリット、昆夏美さんは幽閉中のマリー・アントワネットの子守歌を聴き、ある理由で立ち尽くす姿が印象的。常にネガティブな感情を抱えるマルグリットが唯一、浮かべる優しい表情が胸を打ちます。
フェルセン役の田代万里生さんはビロードのようなつややかな声に一層の力強さが加わり、リーヴァイによる肉厚な楽曲の魅力を伝える一方、王妃に会う際に腕を大きく広げ、彼女を包み込むように迎え入れるしぐさや、終盤、変わり果てた容姿を恥じ入る王妃の髪に優しく口づける姿に深い愛が見て取れ、理想的なフェルセン像。一方、今回初参加の甲斐翔真さんのフェルセンには、王妃への一途な思いと、危機感が彼女に伝わらないもどかしさ、きっと彼女を救い出すという強い決意が交互に現れ、史実を知っている観客としても、彼の登場の度、淡い希望が芽生えます。
本作ではどこまでも腹黒い“黒幕”として登場するオルレアン公を演じるのは上原理生さん、小野田龍之介さん。“黒幕”とは言ってもどちらも威風堂々、品格あるたたずまいと圧倒的な歌声で悪の魅力全開ですが、上原オルレアンにはさらに野性味、小野田オルレアンには冷徹さが加わります。
ルイ16世役の原田優一さんは、その器ではないことを自覚しつつも精一杯“王”であろうと努める人物を誠実に体現。フェルセンへの思いを告白しようとする王妃を優しさと威厳をもって制する台詞“理解している”や、子供たちに手作りの玩具を与えて喜ばせ、おやすみのしぐさをしながら小さな幸福感に浸る姿が味わい深く、物語にさらなる厚みを加えています。
王妃の散財を助長させるコンビ、駒田一さん演じるヘアドレッサー・レオナールと彩吹真央さん演じるデザイナー、ローズ・ベルタンは、騒乱の世をしたたかに生き抜く者たちのバイタリティをコミカルに象徴。王妃の“心の友”として彼女と子供たちに寄り添い続けたランバル公爵夫人役、彩乃かなみさんの優しく、希望に満ち溢れた歌声は、その後の出来事の残酷さを際立たせます。
野心的な扇動者ジャック・エベール役の川口竜也さんは着実な実行力に不気味さがあり、上山竜治さんは女性を軽んじ、それがために後々しっぺ返しを食らう粗暴な男をエネルギッシュに体現。マルグリットとの“かりそめのコンビ”ぶりにも注目です。
充実のメインキャストに加え、貴族と庶民という社会の両極を的確に演じ分けるアンサンブルを得て描かれる、壮麗な歴史絵巻。格別の没入感をもって歴史の転換点を目撃できる舞台となっています。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『マリー・アントワネット』1月28日~2月21日=東急シアターオーブ、3月2日~11日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP