1964年の『はだかの王様』以来、多数のファミリーミュージカルを手掛けてきた劇団四季が、新作オリジナル・ファミリーミュージカルを発表。劇団と多くの企業・行政の協力で行われる児童招待公演“こころの劇場”を中心に、各地で上演されています。
題材は瀕死の母カモメから卵を託された猫が、小さな命を守ろうと奮闘する同名の児童文学。ファミリーミュージカルとしては93年の『歌はともだち』以来、実に26年ぶりとなる今回、演出に山下純輝さん、振付に萩原隆匡さんと劇団内の才能が起用され、作曲は『タイムトラベラー』等、多数の作品を手掛ける宮﨑誠さんが担当しています。
舞台は美しい港町ハンブルク。カモメたちのきびきびとしたダンスに続き、主人公の黒猫ゾルバが現れます。自由気ままな生き方をのびやかに歌う彼ですが、“黒い死の波”と呼ばれる汚染された海にのまれ、今にも息絶えそうなカモメに出会い、“ヒナを孵し、飛ぶことを教えて”と卵を託されてしまう。なぜ猫の自分に、と驚きつつも、母カモメに亡き母を重ねて請け負ったゾルバは、手探りで卵の面倒を見始めます。
猫を恨むチンパンジーのマチアスに邪魔されながらも、ヒナは無事誕生。最初に目に入ったゾルバを無心に“ママ、ママ…”と連呼するその姿に場内が和みます。しかし“フォルトゥナータ(幸運な者)”と名付けられたヒナは自分を猫だと思い込み、いっこうに飛ぼうとしません。
カモメは寒い港町では越冬できないと聞き、このままではフォルトゥナータが死んでしまうと気づいたゾルバ。仲間たちと様々な作戦を試みますがうまくいかず、最後にやってきたのが“飛ばせ方を知っている”というマチアス。ある代償と引き換えに教えると言われたゾルバは…。
折々に歌やダンスを織り交ぜながらも、ゾルバと仲間たちが卵~ヒナの育て方を巡って喧々諤々と意見を交わす場面が多く、しっかり台詞を届けようとする意図が感じられる今回の舞台。その過程を踏むことで、終盤、ゾルバが何のゆかりもない、種さえも異なる一つの命に対して今、どういう気持ちを抱いているか、そしてどうしたいのかと語る姿が観る者の胸を打ちます。
気ままな暮らしを謳歌する若者から、小さな命を慈しむなかで、大きく成長してゆくゾルバをまっすぐに演じる笠松哲朗さんが清々しく、過去に囚われるあまり負の感情に支配されるマチアス役の町田兼一さん、短い出番ながら母の愛と無念を刻み付ける母カモメのケンガー役、光川愛さんも印象を残します。
動物世界の物語の中に民族・国籍を超えたヒューマニズムが滲む本作は、世界の各地で“排除”がまかり通る今、大人の観客には至極タイムリーに映ることでしょう。筆者の隣で観ていた小学生の子も、“おうちの周りの生き物がもっともっと気になるお話だね”とぽつり。人間は決して一人で生きているのではない、と思いを新たにできる舞台です。
(取材・文=松島まり乃)
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