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『人間になりたがった猫』森田一輝インタビュー:大人にも観てほしい、心洗われるミュージカル

森田一輝 愛媛県出身。幼少より四季の舞台を目指し、ジャズダンス、クラシックバレエ、ミュージカルのレッスンを重ねる。2018年4月研究所入所。『はだかの王様』で四季の初舞台を踏み、『コーラスライン』ではマイク、『キャッツ』ではマンゴジェリーを演じている。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

二日間だけ人間の姿になった猫ライオネルの冒険を描く『人間になりたがった猫』が、6年ぶりに上演。1979年の初演以来、劇団四季の数あるファミリー・ミュージカルの中でも上演回数ナンバーワンを誇る人気作です。

メロディアスな音楽、躍動感いっぱいのダンスに心洗われるストーリーと3拍子が揃う本作で今回、ライオネル役候補として稽古を重ねているのが、森田一輝さん。入団5年目、ライオネルは『キャッツ』マンゴジェリーに続く大役ですが、実はこの作品にはひとかたならぬ思い入れがあるのだそう。作品の魅力や稽古の様子、俳優としての夢など、たっぷりとうかがいました。

『人間になりたがった猫』

【あらすじ】ダンスタンの森に住むライオネルは、人間に憧れる猫。ある日、人間嫌いのご主人、ステファヌス博士に罰として人間に変えられ、大喜びで人間たちの町ブライトフォードへと出かけてゆきます。

町にはスリやインチキ勝負師など、油断のならない者もいますが、すばしこいライオネルはすぐに人気者に。しかし彼に目をつけた衛兵隊長のスワガードに、お金を巻き上げられてしまいます。

疑うことを知らないライオネルは、スワガードに勧められるまま「白鳥の王様」という宿の娘、ジリアンのもとへと向かいますが、彼女はスワガードからさまざまな嫌がらせを受けていました。一度は人間の世界が怖くなったライオネルでしたが…。

憧れてきたライオネル役に
内面的にも近づこうと努めています

『人間になりたがった猫』写真提供:劇団四季

――今回はどのような経緯でライオネル役に?

「本来2020年に上演が予定されていて、その公演に向けて声をかけていただき、歌を見ていただく機会がありました。それで選んでいただき、稽古も重ねていたのですが、コロナ禍で公演中止になってしまいまして。今回はそのリベンジという気持ちも込め、参加させていただいています」

――ではかなり長い間、準備されてのライオネルなのですね。

「ライオネルへの思いは、実はさらに遡りまして、小学3年生の頃からです」

――なんと!

「僕は愛媛県松山市の出身で、親がダンススタジオの先生なのですが、そこの先輩で劇団四季に入られた方がいらっしゃることもあって、僕もいつか四季に入りたい…と思っていました。そんななかで、学校行事で小学3年生の時に観たのが本作。作品も面白かったし、ライオネルの履いている黒と青のジャズブーツが印象的で、“この役を絶対やりたい!”と思ったことを鮮明に覚えています。

その後、サッカーや駅伝、ヒップホップといろいろなことを経験しましたが、やっぱりミュージカルの道に進みたいと思い、いろいろ資料にあたる中で観たのが本作のDVD。思い出した、これだ!と思って、以来、この作品に憧れてきました。作品のグッズは全部買いましたし(笑)、DVDも何百回観たかわからないくらい観てすっかり台詞も覚えてしまったほどです。そして内面的にもライオネルのようになれたら、例えば電車の中で高齢の方や小さな子供、妊婦さんなどその都度気付いたら自然に気遣えるような、純粋で心の広い人間になれたらと思って、日常生活でも心がけてきました」

『人間になりたがった猫』写真提供:劇団四季

――そこまで惚れこむには、役の魅力もさることながら、作品自体の力というものも大きかったのではないでしょうか。ファミリー・ミュージカルということで見落とされがちですが、人間の美しさと醜さが非常にわかりやすく、鮮やかに描かれた作品ですよね。

「仰る通りです。人間って、いいところもあれば、欲に負けたり、傲慢になってしまう瞬間もある。そんな人間の弱さも描かれていて、初めて観たときには僕も思わず反省してしまいました。僕らは日ごろ、何気なく生きているけれど、劇中歌で歌っている通り、いろいろな人たちの支えがあってこその日常生活なんだと、ライオネルは教えてくれます。このミュージカルを好きになってから、今まで当たり前と思っていたことがそうじゃなかったんだと思えるようになりましたし、そういう部分がこの作品の大きな魅力なのではないかと思います」

――スワガードという憎々しいキャラクターが素直に謝るところも素敵ですね。

「僕も大好きなシーンです。結局、ブライトフォードの町の人たちはみなきれいな心の持ち主だけど、彼はお父さんが亡くなった悲しみから勘違いというか、度が過ぎてしまった。それがライオネルに気づかされて、素直に改心する…というのも人間の素晴らしさを代弁していて、胸にぐっと来ます」

『人間になりたがった猫』写真提供:劇団四季

――鈴木邦彦さんによる親しみやすい音楽も大きな魅力です。スワガードが“素敵な娘 ジリアン…”と歌いだすと部下たちが“ジリアン ジリアン ジリアン”と合いの手を入れる歌など、かわいらしくて子供にも覚えやすいですね。

「そのナンバーのようにコミカルな歌もあれば、壮大なナンバー、意外にジャジーなナンバー、アップテンポで心躍る曲など、いろんな曲調があってどなたの耳にも残りやすいと思います。

さきほど言及した“人はみんな誰でも一人では生きていけないから”という歌いだしのメインテーマ[すてきな友達]は音楽の教科書にも載っていて、僕自身、小学生の時に音楽の授業で歌いました。3年生の時に学校行事として観に行ったのはそういう背景もあってのことですが、その時はまだコロナ禍もありませんでしたので、カーテンコールではみんなでこの歌を歌いましたね。歌詞もわかりやすくて深みがあり、大人から子供まで共感できると思います」

『人間になりたがった猫』写真提供:劇団四季

――以前、ライオネルを演じたことのある俳優さんとお話していた時に“あの役は本当にダンスがハードで…”と振り返っていらっしゃいましたが、ライオネルはじめ皆さんの華麗なダンスもみどころです。

「おっしゃる通りですが、振りはさらに増えております(笑)。以前は冒頭の幕前のシーンでは、ライオネルはもこもこの着ぐるみということもあって手振りが中心でしたが、前回の全国公演から本格的に踊るようになっています。ライオネルは猫ですので、人間に変身してからもあくまで猫を表現する。歩き方や、においを察知した時の動き、ダンスにおいても回る、跳ぶ、俊敏に動くということを意識しています。(マンゴジェリー役で出演した)『キャッツ』でずっと猫の動きを研究していたので、それを今回にも生かせればと思って稽古しています」

――『キャッツ』と本作の猫にはどんな違いがあるでしょうか?

「『キャッツ』の猫たちは“ジェリクルキャッツ”を目指していて、本作のライオネルも“猫といったってそんじょそこらにいる猫とはちいとばかりグレードが違うんだ”と言っていて、どちらもプライドを持っています。ただ、『キャッツ』の猫は野生であり、1匹1匹が誇り高く猫として、ジェリクルとして生き抜いているのに対して、ライオネルは飼い猫で人間に憧れや尊敬を抱いている。人間の言葉を覚えた特別な猫だと思っているんですね。

ダンス面では、冒頭のシーンではかなり猫っぽいのですが、ステファヌス博士の呪文で人間にされてからは、ちょっと動きが変わるんです。“人間だけどちょっと猫”の雰囲気が必要なので、まるで猫になっていると“今、人間でしょ”と注意され、まだまだ格闘中です。

振付としてはバレエのテクニックを使ったものが多いのですが、それもバレエ然として踊るのではなく、猫としての動きに変えて欲しいと言われています。あくまで猫として気持ちが高揚してダンスになっている…という表現を、自分の中で探しているところです」

――振付の中には鮮やかなバットマン(横に180度開脚するジャンプ)もあったと思いますが、これは猫っぽくはない動きですね。
「おそらく、猫のしなやかさを表現するための振りだと思います。猫はふだんはのんびりしているけれど、建物から建物を飛び越したり、塀を飛ぶとき、体がぴょんと一直線になったりしますよね。そういう時の俊敏さや、体の柔らかさというものを表しているのではないかな。喧嘩している猫を観察していると、本当に俊敏な動きをしています」

『人間になりたがった猫』写真提供:劇団四季

――場面としての見どころの一つは、火事のシーン。実際に建物が少しずつ崩れていったりと、かなりはらはらする場面ですが、稽古でもこうした大仕掛けの中で稽古されているのですか?

「はい、さきほど、まさにその稽古をしていました。実際に物が落ちてきたり、ロープを投げてもらって結んで綱渡りしたりしますので、細心の注意を払っています。火事を消火するのに、離れたところから水をかけても消えないので届く距離に立ちますが、どのタイミングで何が落ちるか、どこまで近づいたら危ないかというのを今、時間をかけて皆で確認しあっています。

綱渡りもかなりの高さですので、十分に気を配ってやっています。僕自身、初めて観たときに“ミュージカルでこういうことができるんやな”と驚いたシーンですし、お客様にもきっと緊迫感を味わっていただけるのではないかと思います」

――スワガードさんとライオネルではロープのつたい方が異なりますね。

「そうなんです。ライオネルのほうが、確か消防士さんと同じやり方だとうかがいました。つたいながらも、足はただぶらんとさせるのではなく、猫らしくつま先を伸ばそうと考えながら稽古しています」

――細部まで目が離せないですね。

「ぜひ注目いただけたらと思います」

――本作では幅広い層のキャストが出演することが多かったと思いますが、今回のカンパニーはいかがですか?

「大先輩から、最年少は20歳ぐらいまで、幅広いです」

――ちなみに森田さんは…。

「最近、23歳になりました。若手…と思っていましたが、気が付けば入団5年目です」

――家族のような空気のカンパニーが想像されます。

「そうですね。先輩方から優しくしていただいています」

――本作をどんな方に御覧いただきたいと思っていらっしゃいますか?

「子供たちにも新鮮に感じてもらえることがたくさんあると思いますし、僕としては、大人の方たちにも観ていただきたいです。童心を忘れる…ではないけれど、人間生きていると、何でもないことの大切さやありがたみを忘れてしまうこともありますが、猫目線だからこそ伝わることもあると思います。小さい子たちには、友達の大切さや人を愛することを知って欲しいですし、大人の方々には、子供の頃に抱いていた感覚を取り戻すきっかけにしていただけましたら嬉しいです」

ライオネルのポーズを見せて下さった森田一輝さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――どんな俳優を目指していらっしゃいますか?

「まずはやはり、お客様に“観に来てよかった”と思っていただける俳優でありたいです。

そして、歌って踊れて芝居が出来るだけでなく、人間的にも目指されるような存在が目標です。

僕には、尊敬する先輩方が何人もいますが、その中で、元四季の大先輩から以前、人のことを悪く言うような俳優にはなるな、と言われまして。その後いろいろな舞台を観るうちに、やはり人間性って舞台にも出るものなんだな、最終的に人の心を動かすものはその人自身なんだな、と思うようになりました。技術だけでなく人間性も磨く中で、“刺さる”演技が出来てゆくと信じて、稽古に励んでいます。四季では将来、やってみたい役もたくさんありますので、一つ一つ夢が叶うよう、頑張っていきたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『人間になりたがった猫』7月23日~8月28日=自由劇場 公式HP