
2012年オリンピックのロンドンでの開催が決定した2005年7月6日の翌日、ロンドンで同時爆破テロ事件が発生。高揚感に沸いていた街が急転直下、絶望に包まれる中で、人々がどのように生きていたかをモノローグ集的に描く『ポルノグラフィ PORNOGRAPHY』と、2015年から16年へと移り変わる大晦日に繰り広げられる狂騒を描いた『レイジ RAGE』。英国を代表する劇作家の一人、サイモン・スティーヴンスがそれぞれ2007年、2016年に発表した2作品を、同じ演出家・出演者で同時上演する公演の精鋭キャストの一人が、亀田佳明さんです。
文学座のエースの一人であり、2023年には、水田航生さんや劇団四季出身の保坂知寿さん、加藤敬二さんが出演したことでミュージカル・ファンの間でも話題になった『ブレイキング・ザ・コード』に主演。その卓越した台詞術に驚嘆の声が多々上がった亀田さんですが、何気ない言葉を一瞬にして豊かに膨らませるその技術は、どのように磨いているのでしょうか。今回の、異色の2作を通して、言葉、そして作品との向き合い方をお話しいただきました。

言葉を自分だけのものにはしない、
ということを意識しています
――亀田さんといえば、近作『ブレイキング・ザ・コード』で演じた数学者、アラン・チューリング役が忘れがたいという方も多くいらっしゃると思います。
特に2幕冒頭の長いスピーチは学術的な内容で、およそ文系の頭に入ってくるものではないのですが(笑)、一つ一つの言葉が目に見えるように生き生きと語られ、身を乗り出すように聞き入っている観客も多く見受けられました。どのように取り組まれたのでしょうか。
「ああいった長台詞の時には、その分野の専門家になりきるのは難しいので(笑)、とにかく内容をかみ砕きますね。一文字一文字レベルで精査して、最終的に、その言葉が血肉となるように、本当に単語レベルで考えます。時々“ここまでやる意味あるのかな?”なんて思いながら、へとへとになるまでやっています(笑)」
――ミュージカルの俳優さんたちがよく、“ストレート・プレイに出演すると、その分野で生きていらっしゃる方々の言葉一つ一つへのこだわりに圧倒される”とおっしゃっています。
「そうかもしれませんね。僕は文学座の役者ですが、文学座ではやはり“言葉”というものが常に飛び交っているので、こだわりがしみついているのかもしれません」
――今回の作品ですが、まず『ポルノグラフィ PORNOGRAPHY』の台本を読ませていただきましたところ、どこで何が起こっているのかがわからず…難解でした(笑)。
「いやいや、僕も同じです(笑)。初めて読んだ時には、誰がどこに向かってしゃべっていて、結果的にどんな現象が起こっているのかわからず、“これ、どう演じるんだろう…”と思いました」
――でも、稽古が始まるまでには、ある程度台詞を覚えていらっしゃったのですよね。
「そうですね、どんな作品も稽古前に多少は覚えておかないと追いつかないので、まずは時間をかけて、台本を少しずつかみ砕いていきます。一度読んだだけではわからなくても、台本を二度、三度…と読んでいくと、“こういうことかな”というのがちょっとずつ見えてくるんですよ。二度よりは、三度目。三度目よりは、四度目。そうして積み上げていったものを、現場に入った時に演出家さんとすり合わせるという感じです」
――キーワードをもとに推測したりと、学校の国語の問題を解くような感じでしょうか?
「そういう感じです。はじめは何がなんだかわからなくても、“頭に出てきたこの言葉はここに繋がっていたのか、だからこういう意味なのか”というふうに、少しずつ立体的に見えてきます。また、『ポルノグラフィ』は実際に起きた事件が背景になっているので、場所や時間、起きた事象などについては、調べてインプットしています」
――イギリス人と日本人の感覚の違いについては、どの程度意識されているでしょうか?
「日本人が外国人を演じる時に、如実に出てくる問題としては、笑いに直結する部分ですね。現地の方が現地で演じれば客席から笑いが起きる箇所なのに、日本人が日本でやると“なんのこっちゃ”となってしまう(笑)。これは翻訳劇で多々ある、大きな壁です。きっとお客様に伝わるだろうと判断してそのままやることもあれば、これは難しいだろうとなると割愛されることもあります。それはケースバイケースですね」
――『ポルノグラフィ』は、いくつかのシーンから構成されていますが、それをどの順番で上演してもいいという趣向の戯曲です。その意味合いはどんなところにあると思われますか?
「サイモン・スティーヴンスさんにはどこか、書いていることを限定的に押し付けないようなところがうかがえて、それが如実に出ているのがこの趣向です。“どうやってもいいですよ、どのように理解なさいます?”と、こちらに投げかけているような感じですね。ある意味、ゆとりがあるというか、寛容というか。“こうやってください”とは言われていないので、作り方、演出によって色合いが変わってくる作品だと思います」
――ロンドンでのオリンピック開催決定と、同時爆破テロ事件の当時、街で生きていた人々のモノローグ集のような作品ですね。
「この二つの出来事は、一日違いで起こっているんです。これらがもたらした高揚感と絶望を、意図的に書いているのだと思います」
――その中で亀田さんが演じるのは、ある決意を秘めた人物。といっても、そのことで頭がいっぱいというわけではなく、様々な思いが巡っているのが興味深いです。
「おっしゃる通りだと思います。一つのことにとらわれているように見える彼だけれど、実際は普通の日常生活を送っているという描写が所々差しはさまれていて、それでも彼は…というところに彼の苦しみを感じますし、演じるにあたって、そんな彼の人間味みたいなものを大切にしたいなと思います」
――淡々と登場するのか、嵐のような心境を赤裸々に見せるのか…。どちらもありえそうですね。
「どうなるか、僕自身楽しみです」

――もう一つの『レイジ RAGE』は、ある大晦日の喧騒を描いた作品ですね。
「写真家のジョエル・グッドマンという人が撮影した、2015年のマンチェスターの大晦日の写真を見て執筆されたそうで、その写真が今、稽古場に50枚以上あります。路上で酔っぱらっている人とか(笑)。サイモンさんはいったん書いた後、前のシーンに戻って書き直すことはしなかったそうです。勢いというか、その晩の混乱をそのまま表現したのかもしれません」
――脈絡なく喧騒が描かれているように見えながらも、イギリスの先行きへの不安が語られる台詞が出てきたりしますね。
「そうなんです。それから10年後の現在、2025年はどうなっているかというと、さらに悪化していると言えるのかもしれないのが、興味深いといいますか…」
――タガの外れた人々の中で、亀田さんが演じる警官は良心的(?)なキャラクターのようですね。
「読み解いていくと、そのようです。登場する人たちの中ではストーリーがわかるキャラクターですよね。どうやらお兄さんとの関係で、何か深い絶望を心の中に持っている感じです」
――タイトルになっている“rage"は“怒り”の意ですが、ここまでの怒りを、日本人はなかなか表に出さないですよね。
「今ではきれいになくなりましたが、いっとき、渋谷でハロウィーンの時に騒いでいた人たちの様子に近いものがあるかもしれないですね。(怒りを)溜め込んで溜め込んでおかしな方向に爆発するよりかは、まだ健康的なのかもしれませんが、とんでもない事態になる可能性もあるわけで、難しいですね」
――この2作品を今、日本で上演する意味合いについては、いかがお感じですか?
「俳優としての視点でお話しますと、この2作品には言葉の鋭さ、強さがあるなと感じています。観ている方の心にそれがぱっと入り込むような瞬間があって、それが結構痛烈だったりすることもあるのではないでしょうか。ストーリーや社会的な意味ももちろん大事ですが、まずは台本の言葉がお客様に強く刺さって、心に残る作品になったらいいなと思っています」
――稽古はどのような状況でしょうか。
「一日の稽古を二つに分けて、前半は『ポルノグラフィ』、後半は『レイジ』をやっています。『ポルノグラフィ』はまだ僕のシーンに来ていないので、やってみないとわからない部分はあります。『レイジ』は大混乱中でして(笑)、皆で、何が起きているかというのをひも解いています」
――多方面からキャストが集まっていますが、カンパニーはどんな空気ですか?
「とても優しい空気があって、演出の桐山知也さんのお人柄なのかなと思います。俳優たちが問題を抱えたりつまっているところがあると、ちゃんと耳を傾けてくれますし、俳優がやろうとしていることを摘むことなく、しっかり向き合って時間をかけてやろうとしている空気が全体に漂っています」
――現時点の手ごたえとしては今回の公演、いかがですか?
「けっこう面白いことになるんじゃないかと思っています。ストーリーを提示して…というのとはちょっと違う作品なので、お客様は最初は混乱するかもしれませんが、シアタートラムという空間での演劇体験として、観たことのないものになるのかなと思います」

――ご自身についても、少しうかがわせてください。亀田さんはそもそもなぜ、役者を志されたのですか?
「僕は逃げの一手みたいな形でして(笑)。もともと学校の先生になろうと思って大学に行っていましたが、このまま人生決まるのもどうかなと思って、身近にあった逃げ場として手を伸ばしたのが、演劇でした。人前に出るのも好きではなかったし、演劇に興味があったわけでもないので、続ける熱量があったかも不確かで…。まったくいい加減な選択でした(笑)」
――2001年に文学座の付属演劇研究所に入所されたのですね。亀田さんは最近出演された朗読劇『トロイメライ』でも、例えば年号のような無味乾燥なワードにも命を吹き込んでいらっしゃいましたが、そうしたセンスは、文学座で育まれたものだったのでしょうか。
「やっぱり、“言葉、言葉”とことさらに言われ続けた文学座にいたからこそなのかもしれませんね。そう言っていただけるとうれしいですし、実際、そういうふうに伝わったらいいなと強く思っている台詞もあります。
僕は、言葉の奥にはすごく広がりがあるのではないかなと思っています。台詞を吐くのは僕であっても、それは僕だけの言葉ではない。言葉を自分だけのものにはしない、ということを意識しています。例えばその言葉が向かっている先が相手役なら、その人の中で言葉が花を咲かせるような形になったら、演劇の意味合いって広がるのではないかな。理想ではありますが、そんなことを感じながら台詞をしゃべっています」
――ちなみに、亀田さんはミュージカルにはお出にならないのですか?
「やれるものならやりたいですけれど、ミュージカルについてはまだ、サーカスを観て“素晴らしい”と思うのと同じくらい、距離を感じます。歌うということに自信がないのでしょうね。でも、チャンスがあればいつか挑戦するかもしれません。」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 サイモン・スティーヴンス ダブルビル 『ポルノグラフィ PORNOGRAPHY/レイジ RAGE』2月15日~3月2日=シアタートラム 公式HP
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