柔らかなピアノの音色が響き、出演者たちのコーラスとともに物語が始まる。
そこは肉食獣と草食獣が共生する街。
どちらも“動物”だが、肉食獣は常に“肉を食らう”欲望を抑え、草食獣は“食われる”恐怖を抱きながら生きている。
丘の上にある全寮制校チェリートン学園で、悲劇が起きた。演劇部員の一人、アルパカのテムが、何者かによって殺されたという。
生徒たちは、同じ演劇部員のハイイロオオカミ、レゴシが怪しいと噂する。巨大な図体に謎めいた言動。何を考えているかわからない、と皆に不気味がられながらも、レゴシは亡きテムの思いをひっそりと叶える。
しかしある晩、レゴシは肉食獣としての衝動に駆られ、暗闇の中で草食動物を襲いかける。後日、舞台装飾用の花を求めて園芸部を訪ねたレゴシは、あの時、爪で傷つけてしまった相手…ドワーフウサギのハルと再会。演劇部仲間はハルのよからぬ噂話をするが、レゴシは“彼女に、また会いたい”と思うようになる。
ハルにはあの夜の明確な記憶がないらしく、レゴシに対して気さくに接するが、彼女の心を占めていたのはアカシカのルイ。肉食獣と草食獣の共存の象徴“ビースター”の称号を狙う、演劇部のスターだった。彼女の思いを知ったレゴシは、気持ちに踏ん切りをつけようとするが、その矢先にハルが非合法組織によって誘拐されてしまい…。
肉食獣と草食獣は真に共存できるのか。
内気で感受性の強い主人公の青春物語を通して、(異人種や異文化の人々は共存できるのかという)人間世界のメタファー的な主題が浮かび上がる、板垣巴留さんの漫画『BEASTARS』。主要漫画賞を4冠受賞し、アニメ版は190か国以上で配信された人気作が、リーディング・ミュージカルとして舞台化され、東京で開幕しました。
今回は原作の1~6巻までの主要シーンを、脚本・作詞の西森英行さんが、レゴシの親友、ラブラドールレトリバーのジャックを水先案内人に据えて構成。疾走感ある展開の中にシンプルで詩的な台詞が点在し、余韻を残します。
上演にあたって演出の元吉庸泰さんは、キャストが終始椅子に座っている一般的なリーディングではなく、〈歌・読み手〉に加え、〈パフォーマー〉〈ダンサー〉も存在させるというスタイルを選択。例えばレゴシとハルの語らいのシーンでは、台の上で語る(歌う)佐藤龍我さん、加藤梨里香さんの手前や背後に村田充さん、ゆゆ・THE・エクスカリバーさんが登場し、身体表現によってキャラクターの心の揺れ動きを表現しています。(振付・ステージング=塩野拓矢さん)
物語を包み込むのは、和田俊輔さん(作曲・音楽監督・演奏)による音楽。レゴシが初めて恋心を意識し、訥々と歌う「ふんわりひかる」、演劇部新入部員のハイイロオオカミ、ジュノがレゴシへの関心をポップな曲調で歌う「あなたを見つめてる」、心療内科医のジャイアントパンダ、ゴウヒンがたたみかけるようにレゴシの本質を言い当てる、幻惑的なナンバー「裏市の番人ゴウヒン」など、キャッチ―かつ、その瞬間にふさわしい音色を緻密に入れ込んだ楽曲が並び、聴き手を魅了します。
レゴシの〈歌・読み手〉の佐藤龍我さんは、今回が舞台単独初主演。その初々しさ、ひたむきさが初恋に揺れるレゴシの表現に活き、作品にみずみずしいトーンを与えています。一つ一つの台詞も丁寧に発して舞台との相性も良く、リーディング形式でない作品での演技も観てみたいところ。
ハルの〈歌・読み手〉の加藤梨里香さんは、安定感ある歌声と表情の豊かさでキャラクターに舞台版ならではの魅力を加え、ジャックの〈歌・読み手〉の風間由次郎さんは、明朗かつ軽やかな口跡でストーリーを牽引。凰稀かなめさんはレゴシに片思いをするジュノに加え、複数のキャラクターの〈歌・読み手〉を担当していますが、かなり意外なキャラクターもさらりとこなし、キャスティングの妙を感じさせます。
ルイの〈歌・読み手〉、崎山つばささんは芯のある声でルイのスター性と秘めた苦悩を表現し、レゴシの〈パフォーマー〉、村田充さんは(オオカミをかたどったマスクのため)顔面のかなりの部分が隠れているのは残念ですが、長身を活かしてレゴシのシルエットを再現。居ずまいと所作にキャラクターのもどかしさを滲ませています。
ルイの〈パフォーマー〉である速川大弥さん、ハルの〈パフォーマー〉であるゆゆ・THE・エクスカリバーさん、〈ダンサー〉の髙澤礁太さん、橘二葉さんもそれぞれにキャラクターの在り方を追究、身体表現に落とし込んでいます。
今回は原作の全196話のうち、51話までの舞台化。一つの事態は収拾されますが、レゴシたちの物語はまだまだ続いて行くことが暗示されます。
終盤のナンバーでレゴシはある決意を語りますが、彼が対峙しようとしているのは社会全体が抱える問題でもあり、到底たやすい解決は望めません。その“重さ”“厳しさ”に場内の空気は引き締まりますが、幕切れにあるナンバーの一部がリプライズされ、空気はほのかにやわらぎます。“原点を見失わなければ、希望はきっと、ある”。…そんなメッセージが聞こえてくるような、最後の一音まで聞き逃せない舞台です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 Reading Musical 『BEASTARS』9月3~8日=シアター1010、9月14~16日=COOL JAPAN PARK OSAKA TT HALL 公式HP