数多くのストレートプレイで活躍する一方、大河ドラマや映画、そして『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』『アリージャンス』でミュージカルでも存在感を示している今井朋彦さん。明瞭で理知的な口跡で各界からひっぱりだこの名優が、韓国発のベストセラー『アーモンド』舞台版に出演します。
感情を持たない少年ユンジェの出会いと成長の物語の中で、身寄りを無くした彼に手を差し伸べ、出会いのきっかけを作るパン屋の店主、“シム博士”を演じる今井さん。これまで経験したことがあまりないという作品世界、若い俳優たちとの芝居をどのようにとらえているでしょうか。プロフィールも含め、たっぷり語っていただきました。
【あらすじ】扁桃体(アーモンド)が人より小さく、他人とのコミュニケーションに問題を抱えていた16歳の高校生、ユンジェ。彼はある出来事をきっかけに、ゴニという少年と出会う。不幸な生い立ちのゴニは粗暴な性格で、二人はまったく対照的な存在だったが、少しずつ互いを理解し始める…。
“感情とは何か”など、
様々なことを考えるきっかけに
この舞台がなれたら嬉しいです
――今井さんと言えばその卓越した台詞術、というのが多くの方のイメージかと思いますが、その口跡は生来のものでしょうか、訓練によるものでしょうか。
「僕の口跡は個人の癖でしかないと思っています。子供は親の話し方をまねするものなので、そういう意味では両親ともぱきぱき喋る人たちでした。
文学座の研究所では、“聞こえなくちゃ意味ないから”と言われるだけ。いくら気持ちがこもっていても、聞こえづらいと注意されるので多少意識して喋る、という程度のことでしたね。ある先生はシェイクスピアを、またある先生は久保田万太郎の戯曲を持ってきて、ひたすら“やってごらん”ということが続いて。文学座は新劇の本流とか正統派とか言われるけれど、意外と基礎固めというか、例えば滑舌をよくするためのトレーニングなんてほとんどなかったんですよ。日舞やバレエをやることもなかったし、発声の基本とかも無し。みんな自己流で喋っているから、先輩たちの中には本番で声をつぶす人も少なくなかったです」
――そもそも、今井さんはどういった経緯で演劇を志されたのですか?
「分りません(笑)。目指したということはなくて、ただ大学で演劇研究会(劇研)に入ったというのが直接のきっかけにはなっています。でも職業にしようというのは夢にも思っていませんでした」
――在学中に文学座の研究所に入られたのですね。
「運動ばかりやっていたので演劇については何も知らなかったのですが、友達が養成所ガイドみたいなものを持ってきて、見ていたら“ここは一度だけ母親に連れられて観に行ったことがあるし、知っている俳優さんの名前があるなぁ”と文学座の欄に目がとまりました。研究所の試験があることを知り、どれくらい簡単にはじかれるものなんだろう、もし受かったとしても1年ぐらい教わること教わってまた劇研に戻ろうと思い、その程度の、申し訳ない動機で受けました(笑)。有難いことにその後の選考にも残りまして、(プロの俳優として活躍する)今に至ります」
――多岐にわたる作品に出演されていらっしゃいますが、その中で、本作についてはどんな第一印象を受けましたか?
「conSeptさんのヤングアダルト・シリーズ第一弾ということですが、こういうテイストのものには今まであまり出たことがありませんでした。僕は法廷ものとか学者同士の論戦といった作品が多くて。ピュアな少年と彼を巡る人々が描かれた本作は、最終的にはハートウォーミングな作品なので、僕で大丈夫?と思ってしまいました。どちらかといえば周りを凍り付かせるのが得意なので(笑)」
――今井さんは様々なキャラクターを演じますが、メインになってくるのがシム博士。突然の事件で身寄りを無くした主人公、ユンジェに救いの手を差し伸べる人物ですね。
「ただ親切なおじさん、ということではなく、裏側にはいろいろあります。陰で暗躍しているというか、ユン教授との間を橋渡ししたりということもちょこっと(台本に)書かれていて、ユン教授やゴニと繋げたのはシムという見方もできるので、そういう意味では大きな影響のあった人です」
――ユンジェとの対話が多く、この役を回替わりで演じる若手の眞嶋秀斗さん、長江崚行さんとのがっぷりよつのお芝居も注目されます。
「僕はこれまで先輩たちに混ぜてもらうような作品が多くて、確かに今回のようなケースは珍しいです。今回、ご一緒する二人はまっすぐでピュアで、プロデューサーと演出家の選んだ目はなるほどな、と感じます。ただユンジェという役は、ベースにそういうピュアな部分がありつつ、周りの人たちとの交流の中で変わっていく、もともとなかった感情を獲得していく役。稽古期間や本番の期間の中で、この役を通してどう変わっていくかが醍醐味だと思います。そんな大役を担う今回の二人は、相手にとって不足はないです」
――演出の板垣恭一さんとは『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』でご一緒されていますね。
「そうですね。演出家の中には強く旗を振って“いいからついておいで”というタイプの方もいらっしゃいますが、板垣さんは俳優を信じて、預けてくれる方ですね。今回は小さな集団だけど、大きな作品になると所帯がものすごい人数になることもあります。板垣さんはたくさんミュージカルを手掛けていらっしゃることもあって、カンパニーのチームワークにすごく気をつけていらっしゃると感じます」
――『ウーマン~』の他にも、今井さんは『アリージャンス』にも出演されています。ミュージカルを経験される中で、ストレート・プレイとの違いを顕著に感じる部分はありますか?
「俳優が羽を伸ばす部分の質が違う、ということなのかな。ミュージカルでは、常に音楽が先にあるじゃないですか。なかには、オリジナル作品で作曲が遅れるということもあるかもしれないけど、稽古が始まった段階で音楽がゼロ、ということはないと思うんです。『アリージャンス』も海外で作られた作品ですから音楽は先にありました。その中で俳優がどう楽しむか。この2秒でどう遊ぼうか、という面白さがあります。ストレート・プレイだったら間の取り方は俳優に任されるところもありますが、音楽があるからミュージカルだとそれは許されないとなったときに、そういう限定を苦しく感じる人もいるかもしれません。僕はだからこそ面白く感じます。
いっぽうストレート・プレイは音楽で規定されない分、本当にこの間の取り方でいいのか、答えはありません。演出家と相手役との間で探ってくしかない。そういう違いはすごく感じますね」
――今回の『アーモンド』、どんな舞台になったらいいなと思われますか?
「いろいろ考えていただくきっかけになれば、と思います。ストーリーとしては一つの結論が出ていると言えば出ていますが、それはその時点での結論。大事なのはそのことよりも、“感情”って実は何なんだろうとか、ユンジェは失感情症ということになっているけど、本当になかったのだろうか、僕らにはそれがあると言えるのだろうか。例えば、何かの能力を失った人が、別の能力を発達させることだってあるじゃないですか。ユンジェももしかしたら、僕らの持っていない何かを獲得しているかもしれません。
そんなことをいろいろ想像して、考えてもらうきっかけになるような舞台になればいいなと思います。物語が終わってよかったねおしまい、ではなく、ユンジェと自分の生きている状態は違うと突き放すのでもなく、その二つがオーバーラップしてくる可能性があると感じていただけるような舞台になれたらいいのかな、と思っています」
――今井さんにとって、演じることの喜びはどんなところにありますか?
「あるんですよ、としか言いようがないです。何がいいのかはわかりません。ただ、演じていると、体調はいいです(笑)。定期的に体のメンテナンスに行きますが、“今井さん、今、本番中でしょ。コンディションいいですよ。一年中、本番やってたらどうですか?”と言われますから。なぜかはわからないけれど、演じることの喜びは確実にあります」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『アーモンド』2月25日~3月13日=シアタートラム *2月25日~3月7日の公演が中止となりました。詳細は公式HPをご覧下さい。公式HP
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