人間の諸相に切り込んだ題材に積極的に挑み、数々の名舞台を作り出してきた「音楽座ミュージカル」。
彼らのレパートリーの中でも異色の作品が、推理小説の女王アガサ・クリスティ―の小説『春にして君を離れ』の舞台化で、間もなく再々演が開幕する『SUNDAY(―サンデイ)』です。(前回公演の観劇レポートはこちら)
弁護士の妻、3人の子の母として立派に家を切り盛りしてきた英国人女性ジョーンが、中東に娘を見舞った帰りに砂漠で足止めをくらい、ふと自分の半生を振り返る。輝かしいはずの思い出はしかし、彼女の脳内で少しずつほころび始め、ついに残酷な“真実”に気づかされる…という心理サスペンスが、時にシリアス、時に舞台ならではの華やぎをもって描かれます。
おそらく世代によって受け止め方が全く異なる作品ですが、キャスト自身はどう感じているでしょうか。主人公の住むロンドン郊外の町の銀行支店長チャールズ役の新木啓介さん(ジョーン世代)、自分の意志を持ち、母親に反発する主人公の娘バーバラ役の岡崎かのんさん(バーバラ世代)に、じっくりとうかがいました。
ジョーン個人の“振り返り”の物語と、戦争のイメージが交錯する意図
――本作に出会われた際の第一印象をお教えください。
新木啓介(以下・新木)「2018年の初演の時に、まず原作を読み、人物描写の見事さに衝撃を受けました。
自分はまさに(子育てが終わった)ジョーン世代なので、“(家族に対してつい)ああいうこと言っちゃうよね”と共感できたし、時々かわいそうになったりもしました。最後には“よくまぁあなた、ここまで頑張るよね…”とも思いました」
岡崎かのん(以下・岡崎)「初演は、私がちょうど音楽座ミュージカルに入団した頃でした。当時17歳で、それまで華やかなミュージカルばかり見てきて、こういう(人間の機微を描く)作品に触れたことがなかったので、正直、わけがわかりませんでした(笑)。
再演でバーバラ役を演じた時も、子供目線だったのでジョーンの気持ちが分からなかったのですが、22歳になった今回、初めてジョーン目線で台本を読みなおしてみて、全く違う作品に見えてきました」
――本作は“誰も死なないサスペンス”として知られていますが、素晴らしいと思っていた自分の人生が、はた目からは全く違って見えていた…というのはある意味、殺人事件より怖いですね。
新木「ジョーンは、バグダッドに住む娘のバーバラを見舞いに行って、偶然、学生時代の同級生ブランチに出会うんです。憧れの的だった彼女が今やすっかり落ちぶれていて、普通なら彼女の言うことなんて“やっかみ”としてスルーしていいのに、ジョーンはドキっとするんですね。そして自分の人生を振り返り始め、すごく綺麗だと思っていた庭が実は雑草ぼうぼうだった…ということに気づきます。
あの(記憶の断片を)ロジカルにつなぎ合わせて詰めていくさまって、すごくイギリス的に感じますね。絶対逃げずにしっかり向き合う強さ、ただごとではありません。僕は無理(笑)。ジョーンはすごいな、と感じます」
岡崎「ずっと自信を持ってきたのに、傍からみた自分の人生が最悪だったと気づいたら、私ならきっとくじけてしまうと思うのですが、ジョーンは絶対立ち続ける。自分の嫌な姿に直面した時、普通は見なかったことにしたり、否定しがちだけど、そこに挑んでいく人間の強さを感じて、ジョーンが愛おしくなりました。私自身、日常生活を送る中で、ジョーンのあの姿に救われて、背中を押してもらっています。音楽座のレパートリーの中でも、こういう感覚は初めてです」
――“家族”の難しさを描く作品でもありますね。心のよすがであるはずなのに、一方では“束縛”にもなりうるという…。
岡崎「バーバラとして母親との軋轢を演じる中で、すごく共感できます。ただ、今回は彼らを決して“恐ろしい家族”ではなく、“ありがち”に観ていただけるようトライしていて、特にプロローグの家族のシーンを通して、ありふれた家族像を表現できたらと思っています」
新木「確かに、家族っていろいろありますよね。僕自身、どちらの感覚もありますが、今は“支えてくれている家族に返したい”という気持ちです。おかげさまで子供たちは小さいころから音楽座ミュージカルを観ていて、中学生頃からは例えば『メトロに乗って』を2度観て“こういう作品だったんだ”と発見したりと、心から面白がって応援してくれています。
この仕事をしているおかげで家族ケアが出来ているし、僕のように能天気な人間も支えてもらっていますが(笑)、それでも小さな衝突はありますよ。昔はうっとうしかったけれど(笑)、今は“あ、来た来た”という感じで、あんまり深刻に思わないようになってきています。
そういう意味では、ジョーンのように白黒つけようとする姿勢って驚きなんですよね。(人間関係では)一種のグレーさ、あいまいさも大事で、そういうやりとりの中で方向性を見出すやり方って悪くないなと思っているんですが、これは日本的な感覚なのかな(笑)」
――改めて、よくぞ本作をミュージカル化されましたね…。
新木「原作では人間描写が深掘りされていますが、僕らの舞台にはそれを笑い飛ばすようなエネルギーがあるのが面白いと思います。その象徴が、(水先案内人的な存在)ゲッコー。ジョーンに対して茶々を入れたり、からかったりしています」
――アンサンブル・キャストの身体表現で“戦争”のイメージが差し挟まれるのも印象的ですが、ジョーン個人の物語に“戦争”が交錯する意図は?
新木「人間が何かを奪い合ったり、押しのけ合うという火種は僕らの日常生活の中にたくさんあって、それをスルーしてしまうと積もり積もって起こるのが、戦争なんですよね。
第二次世界大戦が始まる数か月前に“もうすぐ戦争だ”と予知できた人はそれほどいなかったけれど、実は導火線に火はついていた。今だって、世界の各地で火はついています。ではどうしたらいいのか。自分たちの周りにある火種を止めるのは難しくても、せめて先延ばしにできないか。もうちょっと話し合ってみようかといううちに何かが生まれて、大きなことにならずに済むのではないか…と感じていただけたらと思います。
ジョーンは、家族のために頑張ってきたつもりだったけれど、彼らから見ると実はこうだったのだ…という“見直し”をします。自分の正義をふりかざすだけでなく、見直しをすることで人生が豊かになって行きます。彼女個人の物語を通して、社会全体が“良き方向”に向かうための何かを感じていただけたら嬉しいですね。劇中、戦争のイメージを眺めながらゲッコーが“他人事だと思ってるでしょ、でもけっこうヤバい”というようなことを言いますが、決して押し付けるのではなく、軽やかな音楽に乗せてエンタテインメントとして展開させ、お客様に楽しんでいただきながら、ふと気が付くと当事者のように感じていただけるようになったらいいなと思っています」
――それぞれ、演じるお役について教えてください。
岡崎「ジョーンの3人の子の一人、バーバラを演じます。自分のやりたいことに対してまっすぐなのですが、原作にはちょっと行き過ぎてヒステリックと書いてあって、きっと伝え方が不器用なのだろうと思います。幼い頃から母親に“うちはこういう(上流の)家庭なのだからこうしなさい”と言われてきたけど、“私はこのリボンをつけたい”“こう生きたい”とはっきり言えるし、早く家を出たいという目的に対して、半端ない行動力を持っています。私自身共感できるし、憧れる女性です」
新木「僕が演じるチャールズは、銀行の支店長で皆に気前良く融資を勧めますが、実は横領をしていて、逮捕されてしまいます。
彼はロンドンの外れで支店長であることに満足していなくて、シティでバリバリやりたい成り上がり系の人間で、業績を上げようと頑張っていたのが、そのうち自分を魔法使いのように思いこんでしまう。決して私腹を肥やしたいわけではなかったけれど、客観的に見ればただの横領だったという、弱い人間ですね。ただ、悪いことをやっているというじめっとした感覚は無いので、彼のナンバーはカラッとしてわくわくするようなものになっています。最近は重々しい芝居は誰かに任せて、自分自身はけろっとさらっとやりきりたいと思っているので、そういう意味では“わたくしそのもの”かもしれません(笑)」
――音楽座ミュージカルでは、再演の度に演出が一から見直されるのが特色ですが、今回は少人数のキャストがより多くの役を兼ねたり、構成自体も変化しているそうですね。それによってどんな効果が生まれそうでしょうか?
新木「“今”という感覚がより強くなっているかもしれません。よりエネルギー値が高くなって、カリカチュア(戯画化)されたりとか、真剣にやっていたものが笑いの対象として存在したりしています。まだ固まり切っていないので、もとに戻るかもしれないところも音楽座の特色です」
岡崎「作品全体のとらえ方として、私たちがトライしているのが、先日発表された新しいビジュアルにあるように、一つ一つのシーンを絵画的にとらえてみるということです。そのビジュアルでは【最後の晩餐】がモチーフになっていて、こんなふうに私たちの表現が、ふと美術館に飾っている絵画のように見えたらどうだろう…ということをやっています。
また前回まではシシャという存在がたくさん出てきたけど、今回は4人だけで、どう存在させるのか。キャンバスのピンのように見せたり、皆でいろいろ試しています。それによって一つ一つのシーンの見え方が全く変わってきているような気がします」
――どんな舞台になったらいいなと思われますか?
岡崎「最後にどんな感情を抱くかは人それぞれだと思いますが、いい衝撃を受けていただけたらと思います。ハッピーエンドのわかりやすいミュージカルではないけれど、“うわっ”となったり、“ぞわっ”となったり、そんな感覚が救いになるように。
私自身、いつも通し稽古で浄化されて行く感覚があって、人生、諦めたらいけないなと感じます。お客様が受けた衝撃が、明日を生きるエネルギーに転換されていったらいいな。それがこの作品ならきっと出来るんじゃないかな、と思っています」
新木「自分の人生、そんなに悪くないかも…という感覚、それまでネガティブに捕らえがちだったものを受け入れられるような感覚。そういう、すっきりした感じが、お客様の中で感覚的に残ったらいいなと思います」
――ご自身についてもうかがいたく存じます。新木さんには以前、劇団四季で『ライオンキング』のムファサ役をされていた頃に取材させていただきましたが、もともと音楽座ミュージカルに所属されていたのですね。
新木「音楽座に4年間いた後、劇団四季に10年いました。その後また音楽座に戻りましたが、水は合っているみたいですね」
――音楽座ミュージカルの魅力はどんなところでしょうか?
新木「“今の自分”を反映しやすいのが魅力だし、同時に怖さでもあります。まな板の鯉状態で、何も隠しようがないんですよ。キャスティングでは“この役はこうだからこの人”というより、“この人にはこういう可能性がある”というポイントが大事だし、演出ではその人のよさをどう引き出そうかということが重視されます。人を活かすというのが、うちのいいところなのではないかな」
岡崎「私がすごく惹かれる部分が、人間のリアル、きれいな部分だけでなく汚い部分、自分もそうだなと思える部分を、音楽座ミュージカルの舞台では全部包み隠さず表現できる点です。
本当にリアルなものを届けられた時の衝撃を私も感じることで、私自身、ミュージカルの見方が全く変わりました。人生に、10年、20年経っても影響を与えられるほどの衝撃がある。それが私の好きな部分です」
――どんな表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?
新木「これからも能天気で、ひたすら底抜けに明るくいたいなと思っています(笑)」
岡崎「紆余曲折ありましたが、今は、自分自身が表現することで皆さんの生きる活力になったらいいなという思いがあります。昔はきらきら輝きたいとか、有名になりたいという思いもありましたが、今は、自分がこれをすることでまず、自分自身が活き活きと生きる。それが出来て初めて、影響を与えることが出来るのだなと思います。生きるために、表現を続けていきたいです」
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『SUNDAY(―サンデイ)』6月13~17日=草月ホール、7月10日=Niterra 日本特殊陶業市民会館フォレストホール、7月17日、7月28日=JMSアステールプラザ大ホール 公式HP
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