1993年6月、ネブラスカ州アライアンス。
一人の青年(ウィル)が足取りも軽く舞台に現れ、上手に置かれたゴミ箱に、リュックの中の教科書を捨て始める。高校を卒業したばかりの彼にとって、“学びという悪しき習慣”からの解放感は格別だ。新たな人生の始まりに、ウィルは思わずこう叫ぶ。
「ハッピー・ニューイヤー!」
うっかり一緒に捨てるところだった音楽テープを探し出して聴いていると、テープの贈り主である同級生マイケル(マイク)から電話がかかってくる。1週間前に突然話しかけてきた彼は、アメフトのスターで人気者。学校に馴染めなかったウィルとは接点が無い筈だ。
“僕みたいな奴”に、なぜ?
いぶかしむより、嬉しさのほうが勝るウィル。誘われるまま、彼はマイクとともにドライブイン・シアターへと出かける。不思議な映画を観たその晩、ウィルは自分の部屋で、そしてマイクはカーラジオで同じ曲を聴くが…。
大平原に囲まれた小さな町、アライアンス(2022年の統計で人口8千人ほど)を舞台とした、二人芝居ミュージカル。(2010年カリフォルニアで世界初演後、アメリカ各地で上演)
ビートルズら60年代ロックの影響を受けた“パワー・ポップ”の雄、マシュー・スウィートの楽曲をちりばめた“ジュークボックス・ミュージカル”でもありますが、キャッチーな楽曲に全依存せず、二人が惹かれあってゆく過程が丹念に描きこまれ(脚本=トッド・アーモンド)、観客自身の“無垢だったあの頃”の記憶も蘇るような、普遍的な作品となっています。
日本初演となる今回の公演では、小山ゆうなさん(『ロボット・イン・ザ・ガーデン』『ファインディング・ネバーランド』)が演出を担当。中央に置かれたスロープ状の台(美術=乗峯雅寛さん)を様々に“見立てる”ことでヴィジュアル要素を絞り、マイクがウィルに“ガールフレンド”の存在を仄めかしてリアクションをうかがったり、ウィルはと言えばわざと性的な質問をしてマイクの“一般的な男子”度を測るなど、恋愛に不慣れな二人が戸惑いながらも勇気を持って互いを知ってゆく姿を浮き彫りにしています。
これまでの公演では各曲の演奏について、ある程度音楽監督、もしくは演奏者に委ねられた部分もあったようですが、小澤時史さんが音楽監督をつとめる今回の日本公演では、いかにもマシュー・スウィートらしいエネルギッシュな演奏が聴けるナンバーと、しっとりと歌われるナンバーのコントラストが魅力的。
とりわけ初めてマイクと映画を観た後、高揚感の中でウィルが歌う“Reaching Out”では、原曲よりもテンポをかなり落とし、なおかつ終わり近くまでギター一本の伴奏で歌われることで、メロディのスケール感が際立ち、強い印象を残します。またバックバンド4名のうち3名が女性で、時折コーラスとしてバングルスのような甘やかな声が加わるのもチャーミング。(マシュー・スウィートはバングルスのボーカル、スザンナ・ホフスと共作アルバムを出していることから、彼の音楽性に沿った演奏と言えましょう)
今回のウィル、マイクはそれぞれトリプルキャストとなっており、ウィル役として高橋健介さん、島 太星さん、井澤巧麻さん、マイク役として萩谷慧悟さん、吉高志音さん、木原瑠生さんが出演。
この日のウィル役、島 太星さんは、孤独、心細さ、期待、喜び…と振り幅の大きな役どころを、確かな歌声とともに体当たりで演じる姿が清々しく、マイク役の吉高志音さんは“学内の人気者”の空気を纏いつつも、高圧的な父への反感を語るくだりに苦悩が滲み、高音で弾き語りをする“We‘re The Same”での、繊細な歌声が耳に残ります。
(なお、思いがけない箇所でサプライズ・ゲストも登場?しますので、お楽しみに。)
ウィルとマイクが惹かれあう背景には、ウィルは特にやりたいことが無く、マイクは父親から医師になることを強いられているという“将来に対する不確かな感覚”の共有があり、彼らの葛藤はしばしば、満天の星空に手を伸ばす所作(振付=GANMIのsotaさん)によって示唆されます。“刈りたての芝生”の香りの中で出会った二人が、広大な宇宙にどんな未来を見出してゆくのか。物語の“その後”も想像したくなる舞台です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 ミュージカル『GIRLFRIEND』6月14日~7月3日=シアタークリエ 公式HP