Musical Theater Japan

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音楽座ミュージカル『ラブ・レター』小林啓也・森彩香インタビュー:“2022年の今、伝えたいこと”を舞台に込めて

(左から)小林啓也 東京都出身。青年座研究所を経て2010年から音楽座ミュージカルに客演、翌年入団。『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』悠介、『リトルプリンス』飛行士・キツネ等の作品で活躍している。森彩香 広島県出身。大阪芸術大学を経て2016年に入団。『7 dolls』ムーシュ役、『SUNDAY(サンデイ)』レスリー役などで活躍している。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

1987年の旗揚げ以来、数々のオリジナル・ミュージカルを発表し、近年は『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』等の作品が東宝によってライセンス上演もされている“音楽座ミュージカル”。今年35周年を迎えた彼らが、2013年に浅田次郎さんの短編小説を舞台化して初演、好評を博した『ラブ・レター』を上演します。

『ラブ・レター』

出稼ぎの中国人女性と偽装結婚をしていたことを忘れていたチンピラ・吾郎が、病死した彼女の遺体を引き取ることになり、遺品の中に自分宛の手紙があることに気づく。辿々しい日本語で綴られていたのは、精一杯の感謝の言葉だった…。

上演の度に時代の空気感やメンバーの意見を取り入れ、作品を進化させてゆくことで知られる音楽座ミュージカルですが、本作ではどのような進化がみられるでしょうか。吾郎の舎弟で、舞台版の実質的な主人公であるサトシ役の小林啓也さん、かつてサトシが世話になったナオミ役・森彩香さんに、広報を兼ねる俳優・井田安寿さん、広報の山本響子さんも加わり、じっくりお話を伺いました。

――小林さんは2013年の初演から本作に関わっているのですね。

小林啓也(以下・小林)「初演ではパッセンジャー(主人公たちが通り過ぎる世界の人々)の一人を演じていました。本作誕生の経緯としては、東日本大震災を目の当たりにして、エンタメに何ができるのかということをカンパニーの前代表(相川レイ子さん)が考える中で、(震災で)亡くなった方からのメッセージを取り上げたTV番組に触発され、『ラブ・レター』の舞台化を決めたそうです」

井田安寿(以下・井田)「原作は、亡くなった白蘭が遺した手紙によって(生きる目標を失っていた)吾郎が励まされるという物語。でもそれだけでは私たちの意図が伝えきれないので、舞台版は当時、吾郎の舎弟だったサトシが年月を経て中年となり、昔馴染みのナオミと再会したことで吾郎と白蘭を思い出す…という構造になっています」

――それによって、元々は“号泣もの”である吾郎と白蘭の物語が“そこに生きていることの偶然性”という、やや客観的、ドライな視点に包み込まれていますね。

小林「ネタバレになってしまうので詳しくは言えないのですが、最後まで見ていただくと、人間というのは本当に何気ない偶然の連続の中で生かされ、悩んだり苦しんだりしながら前に進んでいくのだな、と感じていただけると思います。そういう物語なので僕自身、カンパニーのみんなとの何気ない日常を大切にするようにしています」

『ラブ・レター』(左から)ナオミ役・森彩香、婆ちゃん役・井田安寿、サトシ役・小林啓也 写真提供:音楽座ミュージカル

――森さん演じるナオミは、そんな47歳のサトシにバッタリ再会する歌舞伎町の昔馴染み。明るく生きていますが、重い過去を背負った人物ですね。

森彩香(以下・森)「はじめは、特別な存在として演じないといけないのかなと思っていたのですが、稽古が進むなかで、どうにもできない運命の中でも、周りの人たちと関わり、認め合い、波の中に身を任せながら生きていく、それだけでも素晴らしいことなんだ…ということを表す存在なのかな、と思うようになりました。これまで演じた中でも掴みにくい、難しい役なのですが、私自身、作品に人生を導いてもらいながら取り組んでいます」

――初演と、6月にツアーの始まった2022年版とでは、大きく異なる点があるでしょうか?

小林「僕は(音楽座の様々なレパートリーを見せるショー)『Just Climax(ジャスト クライマックス)』で一度サトシを演じたことがあるのですが、22年版の稽古が始まってから“中年のサトシ”は全然変わりました。もともと、初演の時には僕らの中で、中年のサトシは医者になっているという“裏設定”があったのですが、2022年の今の感覚では、何十年たってもサトシはずっと(もとの生活から)抜け出せていないという方が共感できるのではないか、という現代表(相川タローさん)の提案で、“いまだに歌舞伎町のダメなチンピラ”という設定になったのです。
衣裳に関しても、前のバージョンだとサトシは緑のジャンパーに白いTシャツとジーパンという格好をしていたのですが、今回、稽古着を用意していて、ちょっと違うんじゃないかなと思い、演出チームに“アロハシャツみたいな崩れた服のほうが合いませんか?”と相談しました。役の輪郭が徐々に見えてくる中で、だんだん変わってきています」

『ラブ・レター』写真提供:音楽座ミュージカル

 

井田「締めのナンバーも初日直前に変わりました。開幕2週間前に“日比谷フェス”で歌っていた“はじまりの世界”というナンバーで締める予定だったのですが」

小林「この曲で締めると、ウェットな終わりになるんです」

井田「現実を美化しているようで、どこか今の私たちの感覚にしっくり来ず、冒頭の曲を持ってくる方がいいんじゃないかということになりました」

小林「ですので先程、“ドライ”な感触の作品になっていると言っていただけて、意図したものが伝わったな、と嬉しくなりました。
サトシのラストシーンについても、10パターンくらい作って今の形になっています。そこで流れるBGM的な音楽についても、この瞬間にもっとエネルギーの高まりが欲しいねという話になって、7月の東京公演でゲネプロをやりながら(作曲家の高田浩さんに)作っていただきました」

山本響子(以下・山本)「どこのカンパニーでも、作品を再演する時には“今、上演するならここはこうした方がいいんじゃないか”といった違和感を感じつつ、妥協している部分があるかと思いますが、音楽座ミュージカルは常に“もっといい舞台”のために、積極的に意見を出し合って進化させるようにしています」

小林「僕はこう思ってる、こうやってみたい、と意見を掛け合わせながら創れている、という実感があります。音楽座には12、13年在籍していますが、こういう姿勢を継続することでいい舞台は生まれるんだな、決してぱっとできることじゃないんだなと思いますね」

(注:以下、やや作品を深堀りしますので、気になる方は鑑賞後にお読みください)

『ラブ・レター』写真提供:音楽座ミュージカル

――後半、ある場面で“海からきたものがただ海へと還る それだけのこと 遥かな連なり その果てに いま辿り着き出会うひとつの奇跡 あなたに送る生命のラブレター”…という歌詞があり、このあたりが本作の“核”なのかな、と感じました。

「まさにここが、私たちが伝えたかった底辺のテーマなのですが、意外と何気ないシーンなので、そのように受け取って頂けたのでしたらすごく嬉しいです。私たちは誰しも、命の歴史の最先端にいて、もう一つの端っこ(の先祖)からずっと繋がって今があるんだね、生きていること、起きていることの全部がラブ・レターなんだ、ということをお伝えしたくてその他もろもろを作ったと言えるほど、大事なシーンになっています」

井田「白蘭が吾郎に出したラブ・レターだけでなく、サトシが今生きていること自体、命からのラブ・レターである、という視点を私たちは持っているのですが、最初はこんなに言語化できていませんでした」

「歌詞も稽古中に何度も変わりました」

小林「僕は吾郎と白蘭の(感動的な)ところで持っていったほうがいいような気がして、最初は“このシーン、いらないんじゃないですか?”と言っていたほど、ここの重要性がわかっていなかった(笑)。演出からはこのシーンのサトシは“ただ、いてください”とだけ言われていて、その時、その時のみんなの表情やオーラに素直に反応しています。“決めごと”ではないものを伝えたいというのが音楽座のミュージカルで、その姿勢が凝縮されたシーンになっていると思います」

「限定されないことで、たくさんの想像力が作品に入ってくるのかなと思います」

――冒頭とラストのナンバーで“ただそれだけ”のフレーズが音楽的にいくつも重なって行くのも印象的です。寄せては返す波であったり、東日本大震災を想起させたりもします。

小林「そうなんです!」

井田「お客様の受け取り方に委ねていますが、実はひそかにそういったことを意図しています」

――11月の東京公演に向けて、どんな抱負をお持ちですか?

「自分にスポットを当てすぎると、もっと大きな伝えたいものを自由に泳がせてあげられないというか、自分だけの孤独なお芝居になってしまうと思うので、自分以外のメンバーであったり、作品全体のことをもっともっと考えていきたいです」

小林「物語を信じて、サトシが生きる世界に身を投げ出したいなというのがまず第一です。どれだけ公演一回一回の精度を上げられるか。お客様にとっては御覧になる一回しかないので、その一回でやりきるということ。ぶっ倒れるくらい、物語に身を投じて演じたいと思っています」

――7月の東京公演からはいろいろ変わっている可能性も…?

小林「テーマや最初と最後に歌うナンバーは同じですが、2シーンくらい、表現方法が変わるかな」

山本「曲も変わります。7月に御覧いただいた方も、新たな楽しみ方をしていただけると思います」

――どんな方に観て欲しいですか?

小林「特に若い方に御覧頂きたいです。今はコロナ禍ということもあって、他人の目が気になったり、自分の意志では前に進みにくい時代ですが、吾郎やサトシの生きざまを観て頂くことで、一歩を踏み出すきっかけになるんじゃないか。ささやかなお手伝いが出来るんじゃないかと思っています」

「深く考えないで観られるエンタメがいいな、重いメッセージのあるような作品はいやだな、という方にこそ御覧頂きたいです。私たちは何か意見を言いたくなるような作品を作っていますので、ポジティブでもネガティブでも、ぜひ御覧になって感じたことを呟いたり、話し合ったりしてみてください」

『ラブ・レター』写真提供:音楽座ミュージカル

――プロフィールのお話も少し伺いますが、お二人はなぜ音楽座ミュージカルへ?

小林「僕はもともと声優志望でしたが、自分の体を使って演じてみたくなり、青年座の研究生を経て芸能事務所に入りました。そこで音楽座ミュージカルに出ないかというお話をいただき、『泣かないで』に客演したんです。ミュージカルには縁がなく、最初は“めんどうくさいカンパニーだな”と思いながら舞台に立っていたのですが(笑)、翌年、腰を据えてやりませんかと誘われ、入団しました。
転機になったのは2012年の『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』の悠介役。稽古で“ここはこうしたらどうですか?”と提案したら、“我々の演出が嫌なら辞めなさい”と言われてもおかしくないのに、きちんとやりとりをして、受け入れてもらえたのが有難かったし、衝撃的でした。ただし、自分で言ったからには責任を持ってやる。そういうカンパニーの在り方に共感し、ここに自分の存在理由があると思いました。ミュージカルがやりたいというより、音楽座ミュージカルをやりたいという一心で今日に至ります」

「私は命がけで仕事をするジャッキー・チェンが憧れだったのですが、カンフーのセンスがなく(笑)、代わりにダンスをしていました。大学ではミュージカル専攻でしたが、ある授業でいらっしゃった音楽座ミュージカルの方々に自分たちの演技を酷評され、絶対にこの劇団は観ないぞ、と思っていたんです(笑)。でも卒業というときに何かが気になって受験し、面接で“ここはどういう劇団なんですか?”と質問をぶつけてみました。するとプロデューサーから“それは人それぞれじゃない?”という答えがあって、絶対的なものに従うのではなく、メンバーそれぞれが闘いながら答えを探しているんだなと共感出来て。合格して初めて立った舞台が『シャボン玉~』で、出演しながら“生きることにこんなにまっすぐ向き合っている劇団なんだ”と大感動し、以来私自身、音楽座ミュージカルの大ファンです」

『ラブ・レター』写真提供:音楽座ミュージカル

 

――どんな表現者を目指していますか?

「最近、代表から“海の中の昆布のようになりなさい”と言われまして、そうだなぁ、と感じています。いろんなものに歯向かうのではなく、全てを受けて揉まれながら、ただそこにいる。いろんな料理に使えて、ずっと愛されている。そんな女優になれたらいいなと思います」

小林「音楽座ミュージカルが世界に羽ばたいていくために、必要なことを何でもやっていきたいです。若い頃は我を通すタイプだったと思うけれど、この歳になり、人生は出会った人たちと何が出来るかだな、と痛感して、では僕に出来ることは何だろう、と。僕なりに、美味しい素材になれたらいいな」

「啓也さんも昆布ですね(笑)」

小林「羅臼あたりかな(笑)。僕はこのカンパニーと出会って救われたことがたくさんあったので、まだ音楽座ミュージカルを観たことがない方にも、ぜひ触れてみて頂きたいです。人生の血肉といったら大げさかもしれないけれど、ご一緒するひととき、いい時間を過ごせたらと思っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 音楽座ミュージカル『ラブ・レター』11月3~6日=草月ホール 公式HP
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