Musical Theater Japan

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『ファントム』saraインタビュー  “舞台を通して手を繋ぐ”役者を目指して:新星FILE vol.4

sara 2000年兵庫県生まれ。2019年文学座附属演劇研究所に入所。2022年、文学座準座員となり現在に至る。2021年『17 again』でデビューし、『GREY』でヒロインに抜擢。その後の出演作に『アーモンド』『ドリームガールズ』『ハートランド』がある。ヘアメイク:本名和美(RHYTHM) スタイリスト:後藤仁子 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

“もう一つの『オペラ座の怪人』譚”として知られ、日本でも2004年の初演以来、上演を重ねてきた『ファントム』が、2019年に続き城田優さん演出版で上演。城田さんの“三刀流”(演出/ファントム役/シャンドン伯爵役)とともに話題を集めているのが、クリスティーヌを(ダブルキャストで)演じる新星、saraさんです。

文学座附属演劇研究所を経て、現在は文学座の準座員であるsaraさん。21年に(佐藤彩香名義で)デビュー後、同年の『GREY』でヒロインに大抜擢され、saraに改名第一作『ドリームガールズ』でも、錚々たるキャストとの共演を叶えた“シンデレラ・ガール”です。今回のクリスティーヌ役はオーディションで射止めたそうですが、オーディションで演出家・城田優さんがこだわったポイントとは。そして今回の舞台でsaraさん自身が描きたいクリスティーヌ像とは? 

ミュージカルが好きだからこそ新劇の研究所で学んだという“これまでの道のり”を含め、たっぷりお話いただきました。

『ファントム』

――『ドリームガールズ』ではローレル役を演じたsaraさん。当時既に『ファントム』への出演が発表になっていただけに、彼女たちが“これからスターになれるかも”とわくわくするくだりは、非常にリアルに映りました。

「有難うございます。私自身、今まで演じてきた役はどれも自分と重なる部分があったと感じています」

――望海風斗さんはじめ、豪華キャストの中に果敢に飛び込んでいらっしゃる姿が頼もしかったですが、度胸のあるタイプなのですね。

「“行け!”と思うとけっこう行ってしまうタイプではありますが(笑)、『ドリームガールズ』では皆さんに助けられました。お稽古が始まると最初は怖かったですし、一緒に声を重ねるということに震えてしまったりもしましたが、私の体験したことのないような経験をたくさん積んでいらっしゃる先輩方がいつも助けてくださって。本番でも、きっと“saraって誰やねん?”というお客様ばかりの中で舞台に立つことにプレッシャーを感じていたのですが、最終的には“この先輩方がついていて下さる”ということに、背中を押していただけました」

――『ファントム』のオーディションは、どういった経緯で受けることになったのでしょうか。

「城田さんが私の出演した『GREY』をご覧になっていて、お声がけくださりました。オーディションの時に“歌と芝居に関しては既に分かっているので、今回はsaraさんがクリスティーヌをやるならどういうクリスティーヌになるかを見たい”とおっしゃってくださって。

当時は『GREY』が終わって間もないタイミングで、まだ自分の中に(ヒロインの)shiroという人物が残っていました。彼女も、無名な存在だったのが突然(スターダムに)上っていって、それからいろいろなことが起こるという役で、クリスティーヌと通じるものが多かったし、自分の演技を見て下さっている城田さんに対して、何も背伸びする必要はないんだな、と力まず臨むことができました。クリスティーヌのオーディションを受けられること自体嬉しかったし、結果がどうあれ、それは城田さんの演出のクリスティーヌに合うか合わないかなので、自分が出来ることを精一杯やろう。クリスティーヌは人間味溢れる人物、ただ流されて生きているのではなく、一つ一つ自分で選んで突き進んでいく女性として演じられたら…、という思いをもって取り組みました」

――どのような内容でしたか?

「みっちり見て頂きました。要素としては歌唱、お芝居、ダンスの3つでしたが、オーディションでは異例なくらい2時間がかりで、しかも城田さんは一度見て終わりではなく、フィードバックがあってもう一度やってみるという形でした。審査自体も演じる姿を見て頂くだけでなく、自分自身についてお話したり、城田さんが“このシーン、今どう考えてやっている?”と、役者としての自分に問いかけをしてくださって。ここまで受験者一人一人に向き合うオーディションは初めてでした」

――技量だけでなく、人となりが重視されたのですね。

「クリスティーヌという人物は初々しさも、危なっかしい部分もある女性で、歌の力を通じて成長していく役柄なので、今の私がどうかという以上にこれからどうなっていくだろうか、という伸びしろみたいなところを、お話を通じて見て下さったのかもしれません」

――本作のクリスティーヌは、シンデレラ・ストーリーを体現するにとどまらず、後半には母性愛的な要素も見せる、奥行きのあるキャラクターだと言われます。オーディションではどちらが課題でしたか?

「主に前半の、わくわくしている時のナンバーや、初めてエリックと歌を通して心が通じ合うシーンのナンバーを歌い、ダンスに関しては、後半のベラドーヴァの苦悩の表現が課題でした。歌に関しては、自分がオーディションで城田さんに見て頂けるというわくわく感と重なり、役ということを意識せずにそのままの自分で挑めたという感じです。後半、エリックの生い立ちを知ったクリスティーヌを私がどう演じるかは、城田さんにとっても未知の部分だと思いますし、私自身、大きな挑戦になってくると思います」

――作品に触れての第一印象はいかがでしたか?

「観る前は、華やかなグランドミュージカルというイメージを抱いていたので、いい意味で裏切られました。終盤の、主人公とクリスティーヌやキャリエールとのシーンにはきれいごとだけではない生々しさがありますし、クリスティーヌも完璧な人間ではなく、人としていかがかという選択をしてしまったりもします。そういう部分もミュージカルで描いているということが、自分の中で嬉しい驚きでした。主人公の無念や、いろいろなことを呑み込んでそれでも生きて行かなければならない、という残された人たちの気持ちがきれいにまとめられてしまっていない。そういうところが私はすごく好きです」

――クリスティーヌについて注目されるシーンの一つに、カフェで歌声を披露し、それを聴いた誰もが“彼女をオペラ座のプリマドンナに”と思うくだりがあります。それだけの説得力のある歌声を、どのように磨いていらっしゃいますか?

「『ドリームガールズ』はR&Bが主体で、それまで自分がやってきたジャンルだったのですが、クリスティーヌの発声は全然違って、特別な声の出し方を求められます。それまでやってきていなかった発声ですので、お話をいただいた時からトレーニングは重ねています。自分でも未知な部分を舞台で披露することに緊張もありますが、城田さんは、声楽家の歌ではなくミュージカルの発声、芝居の中の歌という位置づけにしたいとおっしゃっていますので、私も身構えず、自分が出来るクリスティーヌを目指したいと思っています」

――以前、クリスティーヌを演じた杏さんにインタビューした際、この役を演じるにあたって、ピエタ(十字架から降ろされたキリストを聖母マリアが抱く絵画、彫刻作品)をイメージしていますとおっしゃっていたのが印象的でした。saraさんは何かイメージされているものはありますか?

「(後半の)クリスティーヌは、自分の年代より(精神的に)ひとまわり大きくなり、ある種守りたいというか、(エリックに対して)特別な愛が生まれていると思いますが、それは不思議と理解できます。結果としてそれは母性愛に見えるかもしれないけど、クリスティーヌ的にはそれは人間愛という感覚だったのではないでしょうか。彼女は人を愛することに恐怖心がなく、愛することだけを純粋にできる。そういう子を演じることで、私自身も(クリスティーヌの本質に)引っ張られてゆくのだろうなと思います。今回は先輩方が皆さんあたたかく、私がどんな道を通っても導いて下さる方々ばかりだと思いますので、クリスティーヌは一緒に冒険する“相棒”というイメージです。役と共に生きる時間になるのではないかな、と思っています」

――どんな舞台になったらいいなと思われますか?

「城田さんは“芝居と歌の融合。芝居の延長線上、感情の発露として歌があるというミュージカルを目指したい”とおっしゃっていましたので、私もその方向を目指したいです。そして、こういうクリスティーヌもありだな…というか、不器用で完璧でもないけど人間味のある、こういうクリスティーヌ像もありだと思っていただけるようにしたいです。世界中で演じられているこの役を、私が23年に演じることで、自分らしいクリスティーヌ像を立ち上げられたらと思っています」

saraさん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――プロフィールについてもうかがわせてください。saraさんは小学生でYouth Theater Japanに入り、英語劇を始めたのですね。お芝居をしたいと思ったのですか?それとも英語に触れたい、と?

「小学5年生の時に、友達のお母さんが学芸会の私の演技を観て、“こういうものがあるよ”と教えて下さったんです。英語に関してはずっと弁論をやっていてなじみがあったので、英語とお芝居が融合する世界が楽しかったです。

ただ、自分にプロの女優は無理なんじゃないかと思っていて、本当に覚悟がついたのはごく最近です。早稲田大学(文化構想学部)に入ったのも、演劇を勉強したいと思いつつもそれではない道も目指せる自分でいたいという気持ちがあったのかもしれません。ですが、最終的には『GREY』で覚悟が出来ました。あの作品との出会いがなければ、今の私はなかったと思います」

――ミュージカルがお好きだったsaraさんが、大学在学中に新劇のど真ん中である文学座の養成所に入られたのは?

「中学、高校時代に歌を学ぶなかで、技術はいくらでも磨けるけれど、お芝居の表現は頭打ちというか、どれだけ練習してもこれ以上引き出しが生まれるのかなという思いがありました。そんな中で、歌の先生が文学座には夜間部があるよと教えて下さり、所属されている女優さんたちの芝居を観たり、ワークショップにいってみて、ここがいいな、ミュージカルの世界とは別の世界で芝居を一から学びたいな、と思ったんです。

どんな出会いがあるだろうと楽しみに入ってみたら、研究所には女子校育ちの私が全然出会ったことのない、いろいろな人たちがいて“カルチャーショック”でした。それまでやってきたことをいったん捨てるつもりで入りましたが、ミュージカルだと感情が高まった時に歌で表現できるけれど、ストレート・プレイだとそれがないんですよね。言葉だけで表現しなくてはいけない。癖もあったと思いますし、自分が知らないことばかりでした。

台本を読むこと。呼吸をどうするか。そういった芝居の基礎を、研究所で学ばせていただきました。同時に、私は芝居を礎に生きていくんだ、脈々と続く(文学座の俳優たちの列の)中に自分は在りたいし、それに恥じない自分でありたい、という気持ちも芽生えました。私にとって文学座は、芝居のエネルギーをもらえる場所です」

――saraさんはラッキー・ガールと言われることが多いと思いますが、ご自身ではこれまでの道のりをどう感じていますか?

「文学座の研究所に入ってから『GREY』までが長かったし、濃かったと感じます。養成所では、この先自分がどうなるのか、どこで芽が出るのか、という不安を皆抱えていて、私もその一人だったので、今ある自分は自分で掴んだというより、出会いに支えられてきたという感じです。

『アーモンド』、『GREY』でご一緒したプロデューサーの宋元燮さん、演出家の板垣恭一さんとの出会いもそうですし、『ファントム』のオーディションにお声がけいただけたのも、城田さんがたまたま私の舞台を観て下さったからだと思います。何一つ確実なものはないし、自分より上手い人、歌える人もたくさんいらっしゃると思いますが、出会いが重なったことで一つ一つ挑戦することができました。そういうものに支えられて今がありますが、これからは“運が良かった”という以上のもの(真価)をどこまで発揮できるか。そういう心境です」

――これまでは等身大のsaraさんを活かせるお役が多かったと思いますが、今後チャレンジしたいものはありますか?

「今、劇団ゆうめいさんのストレート・プレイ『ハートランド』の稽古中で、文学座ともまた角度の違う現代劇に挑戦しています。句読点のない台詞が特徴的で、表層のかけあいの中で大事なものが見えてくるような作品の中で、ミステリアスな外国人を演じています。稽古場で先輩方とお話しする中で、役と自分は地続きというか、違う自分を演じようとしても力みが生まれるのだな、どこまでいっても(役は)自分と繋がっているのだな、と痛感しました。これまでは感情が表に出る役が多かったけど、全くその逆の役にも挑戦してみたいです。あとは台詞のない役だったり、制約があるなかで表現する役をやってみたいですし、逆にすごく喋る役もやってみたいです。ミュージカル、ストレート・プレイを問わず、自分の芝居の“地力”が試されるような。自分の手札にない作品や役に挑戦してみたいです」

――どんな表現者を目指していますか?

「やはり、お客様と繋がれる役者になりたいと思っています。舞台を通して手を繋ぐというか、ああ(舞台上に)私がいる、と思っていただけましたら。
私自身がそうやって舞台を観てきたというか、自分がつらいなとか、どうしようもないなと思ってきた部分を、観劇を通じて受け止めてもらったことで舞台をめざしてきた、ということがあります。
生身で(お客様と)手を繋げるように。“私はここに自分を見たな”“(この芝居を観たことで)これから頑張れる気がするな”“あの子のことが心に残るな”と思っていただけたらと思いますし、自分の魂の純粋な部分を、歌や芝居を通して、通信しあえる役者になりたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ファントム』7月22日~8月6日=梅田芸術劇場メインホール、8月14日~9月10日=東京国際フォーラム ホールC 公式HP
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