Musical Theater Japan

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『RENT』2023観劇レポート:引き裂かれた時代に、私たちはどう生きるのか

『RENT』©Marino Matsushima 禁無断転載

プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をベースとして、ジョナサン・ラーソンが現代のNYイースト・ヴィレッジに生きる若者たちを描いた『RENT』が、3年ぶりにシアタークリエで上演。2020年公演はコロナ禍によって一部中止を余儀なくされただけに、開演前は場内に格別の待望感が充満したステージをレポートします。

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“1991年のクリスマス・イブに始める…”。
映像作家(の卵)のマークは、家賃(rent)を滞納するほど困窮しながらも “夢”を追う仲間たちを撮り始める。

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まずはルームメイトのミュージシャン、ロジャー。恋人を亡くし、自身もHIVに感染している彼は、生涯の傑作となるような曲を書こうともがくなか(“One Song Glory”)、階下に住むダンサーのミミと出会う(“Light My Candle”)。

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学者のコリンズは路上で暴漢に襲われるが、ストリート・ドラマーのエンジェルに助けられ、マークたちのもとへ。大金を稼いだばかりのエンジェルは、その数奇な経緯を語ってみせる(“Today 4 U”)。

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マーク自身はというと、パフォーマンス・アーティストのモーリーンに振られたばかり。彼女のパフォーマンス準備に駆け付け、“今カノ”である弁護士ジョアンヌと出くわすが、モーリーンの奔放さを語りあううち、意気投合してしまう(“Tango: Maureen”)。

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かつてマークたちのルームメイトだったベニーは裕福な女性と結婚し、今や“大家”として立ち退きを求める立場に。モーリーンのパフォーマンス(“Over the Moon”)後、嫌味を言うベニーにマークたちは対抗し、自由な生き方を謳歌する(“La Vie Bohème”)。

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しかし季節が巡るなかで、彼らの関係は様々に変化してゆく。1年後のクリスマス・イブに、マークがカメラにおさめたものは…。

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“私が街を歩けば”(オペラ『ラ・ボエーム』)のモチーフをアクセントとして、メロディアスなロックで彩られた若者たちの悲喜こもごも。

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半数以上が前回公演からの続投ということもあってか、深くキャラクターと一体化した出演者たちは、疾走感溢れるストーリーにあって一つ一つのシーンを鮮やかに印象付けます。(演出=マイケル・グライフ、日本版リステージ=アンディ・セニョールJr.)。

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例えば、モーリーンとジョアンヌのカップル。本作の他のカップルのような、生死に関わる問題を擁するキャラクターではないものの、2幕で彼女たちは激しく衝突(“Take Me or Leave Me”)。他愛ない痴話喧嘩と見えて、人間の尊厳を賭すような言い争いを見せています。

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このナンバーでモーリーン役の佐竹莉奈さん、鈴木瑛美子さんとジョアンヌ役の塚本直さんは、“ありのままの自分でありたい。それを受け入れてほしい”という思いを、驚くほど切実に、真剣に吐露。本作の随所に登場する“どう生きるのか”というテーマの“モーリーン&ジョアンヌ・バージョン”が、力強く示されるくだりとなっています。

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マーク役の花村想太さんはコミカルなナンバーと激しい思いが迸るナンバーとでがらりと変わる声の色味が得難く、今後ミュージカルでの益々の活躍が期待されます。ダブルキャストのマーク役・平間壮一さんは、本作のフォーカルポイントとしての安定感を示しつつ、自分は傍観者でしかないのかという苦悶を全身に滲ませるさまが印象的。

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ロジャー役の新キャスト・古屋敬多さんは、アダム・パスカル(同役のオリジナル・キャスト)を思わせる、しなやかな中にも芯のある歌声で観客を魅了し、続投の甲斐翔真さんは、絶望、焦燥、つかの間の希望…と揺れ動く心を赤裸々に表現。ミミ役の遥海さんは“Out Tonight”で輝かしい“生”を見せ、八木アリサさんはまっすぐな歌声で奔放さの中にひそむミミの孤独を描き出します。

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コリンズ役の加藤潤一さんはあたたかく包容力ある歌声、新キャストのSUNHEEさんは艶やかな歌声で、哀しみを胸に生き抜く同役を造型し、エンジェル役の新キャスト、百名ヒロキさんは溌剌と、RIOSKEさんは人懐こい持ち味で“無償の愛”を体現。

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ベニー役の吉田広大さんは元・仲間たちへの複雑な思いを確かな歌唱で表現し、チャンヘさん、長谷川開さん、小熊綸さん(続投)、ロビンソン春輝さん、吉田華奈さん、Zineeさんはイースト・ヴィレッジの住人たち、マークたちに留守電メッセージを残す家族やプロデューサー役等を的確に演じ分け、“Seasons of Love”等での厚みのあるコーラスも魅力的です。

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1996年にオフ・ブロードウェイで生まれた本作は、様々な“分断”が生じている今(2023年)の世界を予見するかのように、冒頭で“誰もが裏切り、何もかも引き裂かれてゆく時代に(私たちは)どうやって繋がるのか”と観客に問いかけます。その指摘は鋭く胸を衝きますが、ラストに起こる奇跡は作品(作者)があくまでも人間を信じ、その未来に希望を見出そうとしていることの証左なのでしょう。

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今は亡き作者ラーソンがフィナーレに遺したメッセージ(“他に道は無い 他でもない今日を生きる…”)を受けて、私たちはどう生きるのか。物語を“生き切った”出演者たちの笑顔に包まれ、多幸感を味わいながらも、すっと背筋が伸び、己の生き方を顧みたくなるような、2023年『RENT』の幕切れです。

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(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『RENT』3月8日~4月2日=シアタークリエ 公式HP