Musical Theater Japan

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麻実れい、22年ぶりのミュージカル《輝きの人インタビューvol.3》

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麻実れい 50年生まれ、東京都出身。70年宝塚歌劇団に入団。雪組トップスターとして活躍し、85年退団。以降『オイディプス王』『ハムレット』『サド侯爵夫人』『みんな我が子』『罪と罰』など多くの話題作に出演している。第54回芸術選奨文部科学大臣賞(04)、読売演劇大賞最優秀女優賞(96,11)、紀伊國屋演劇賞個人賞(01)など受賞多数。ヘアメイク:国府田圭 ©Marino Matsushima
宝塚歌劇団雪組トップスターを経て、長くストレート・プレイの世界で活躍してきた麻実れいさん。蜷川幸雄さんら日本を代表する演出家たちとタッグを組み、ギリシャ悲劇から三島由紀夫戯曲まで多彩な作品に出演、スケール感と繊細さを併せ持つ演技で数々の名舞台に貢献してきた彼女がこのほど、『アナスタシア』で久しぶりにミュージカルに出演します。
 
歴史のifとして有名な“アナスタシア伝説”をもとに、記憶をなくしたヒロインの自分探しをダイナミックに描く本作で、マリア皇太后を演じる麻実さん。実に22年ぶりとなるミュージカルへの出演を決めたのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。インタビュー後半では来年で50周年という芸歴を振り返り、麻実さんの演技観をうかがいます。
華やかな方々とともに
“愛と夢”をお届けします
 

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『アナスタシア』
――今回、どんな理由で『アナスタシア』へのご出演をお決めになったのでしょうか?
「昔、宝塚でトップになって何作目かで、『彷徨のレクイエム』という植田紳爾さんの作・演出の舞台に出演したのですが、それがアナスタシアの話だったんです。アナスタシアは遥くららさんで、私は本作のディミトリのようではあるけれど詐欺師ではない好青年の役。この作品を通して、ロマノフ王朝の最後の皇帝家族が暗殺されたこと、その中で皇女アナスタシアの遺骨が残っていないということも知っていました。私には夢っぽい感覚があって、本当に誰かが彼女を逃がしてくれて、彼女らしい人生を過ごせていたらいいな、と願っていました。そんなことで、うちの事務所の製作で『アナスタシア』というミュージカルをやりますがオーディションを受けてみませんかとお誘いがあり、ミュージカルも久々でいい機会だと思い、受けることにしたのです」
 
――麻実さんほどの方がオーディションを…‼
「なんでも受けますよ。22年前に出た『蜘蛛女のキス』の時も、NYで歌って踊って決まったんです。今回は、台詞はそれほど多くなかったのでしっかり覚えて、歌も歌詞を見ずに歌えるようにしてオーディションに行ったのですが、2回歌ってもう大丈夫ですと言われ、もう一度だけ歌わせて下さいとお願いして、計3回歌いました。
私はプレイも大好きだけど、プレイにはない華やかな照明、歌にダンス、きらびやかなコスチューム、そういう世界も自分の中では通過しているので、決まった時はとても嬉しかったですね。何とか頑張ってロマノフ王朝最後の皇太后をしっかり肉付けていきたいなと思います。というのは、実際にロシアで大変な悲劇があって、それが発端で進んでいく物語だけれど、その骨組みを誰が作れるかというと、息子の一家が殺されている皇太后なんですね。彼女がしっかりこのミュージカルの発端をお客様にしっかり感じていただかないといけないので、出来うる限り頑張りたいです」
 
――彼女としては自分がロシアにいなかったばかりに守れなかったというような悔いが残っているでしょうか。
「悔いというものは残っていないと思います。皇太后は世の情勢を全く知らないタイプではないと思いますが、フランス革命同様、市民が集まって社会を変えようとするとき、それを止める力を彼女は持っていない。できるとすれば、(その時点では既に亡くなっていた)私の夫、ニコライ1世だったと思います。それくらい国と市民を同時に動かすというのは大変な作業なのです」
 
――ではある種の諦観を持ちつつ、皇太后はアナスタシア生存説に一縷の望みを抱いているのですね。
「ええ、唯一の血縁関係者がもし生きている可能性があるなら、何が何でも探そうとするでしょう。それが家族というもの、人間というものです」
 

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『アナスタシア』ブロードウェイ版より。Anastasia on Broadway, all photos by Matthew Murphy (2017)
――皇太后はかつて、幼いアナスタシアに贈り物をしています。孫たちの中でも彼女に特別な何かを感じていたのでしょうか?
「オルゴールですね。慕ってくる孫がいたら目の中に入れても痛くないでしょうけれど、特に幼いアナスタシアはおばあちゃんの周りにくっついていたのかもしれませんね。長じて、このオルゴールは彼女の身元の手がかりになります。アナスタシアが幼いころにどんなに愛されていたか、その後どんなにつらい経験をしたか…。それでもオルゴールだけは身から離さなかったという流れのためには、皇太后は非常に重要な存在になってくるし、それまでのシーンを一つ一つ積み重ねていかないといけないと思っています」
 
――皇太后役に限らず、麻実さんはこれまでにも高貴な役をいろいろと演じていらっしゃいますが、やんごとなき方を演じるコツは?
「確かに“やんごとなき方”役は多いですね(笑)。メアリー・スチュワートであったりエリザベート(『双頭の鷲』)であったり、高貴な役を演じると、モデルとなった女性たちが上(天国)から私を見て、何か与えてくれているような気がします。また彼女たちは女性でありながら強い面、男のような一面を持っていますが、それを演じるのに、私が宝塚で男役として生きてきたことが非常に役に立っています。“こんな大きな役できないわ”と感じたことは一度もないんですよ。レディ・マクベスだって大変な役だけど、サラリーマン夫婦に置き換えてみたら、昇進できるかもと夫がぽろっと言ったら、妻としては嬉しいし、夫を大きくしようと野心を持ってしまう。そんなふうに想像すればどんな女性も同じだと思えてきます。ただし、一本通っている芯のようなものは必要ですね」
 
――メインキャストはダブル、トリプルキャストが多いなかで、皇太后は麻実さんお一人なのですね。
「皇太后は歌や踊りよりお芝居に重きを置いている役なので、体力的にはたぶん大丈夫だと思いますが、歌声には気をつけないといけないですね。芝居だとどんなにかすれた声でも、こんな声のキャラクターだと思っていただけるけど、歌ではそれはできないので、喉のケアを頑張ります。ミュージカルは久しぶりなので、そこは気をつけています」
 

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『アナスタシア』製作発表より。(C)Marino Matsushima
――今回は初共演の方が多いのでは?
「初共演の方だらけなの。リリー役の朝海ひかるさんは一緒の事務所だしご一緒したことがあるけど、これだけ初めての方ばかりの座組は初めて。ミュージカル界って素敵な青年が多いな、と感じますね(笑)。こういう、きれい系の人って演劇の世界では少なかったから驚きました。アナスタシア役のお二人もかわいいですよね。とても華やかで素敵なお嬢さんたちで、大成功すると信じています」
 
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
「これほどのスケールの大きな物語です。私自身も宝塚で同じ題材の物語を演じた時に、本当にアナスタシアが生きてたらいいなと思ったくらいなので、今回もきっと皆さんに夢と愛をお届けできると思っています。私は最近、演劇で汚い衣裳の役ばかりだったので(笑)、周りの人たちに『アナスタシア』は衣裳がきれいなのよ、と話すと皆さん夢見心地になってくれるんです。私自身も楽しみにしています」
辿り着いた“自由な世界”
 ――プロフィールについてもうかがわせてください。麻実さんと言えば宝塚のトップスターとしての麗しいお姿が印象に残っている方も多いかと思いますが、宝塚で得た一番大きなものは何だったとお感じでしょうか?
「私は宝塚を全く知らずに、姉の勧めで入ったんです。入ってすぐお役がつき、上級生の中に入れられて、同期と遊ぶこともないまま皆に支えられ、演目に集中することで成長させていただきました。自分が男役として目覚めたのはやはり『ベルサイユのばら』のアンドレ、“宝塚の男役”というだけではない男役というところでは『風と共に去りぬ』でしたが、一番大きかったのはやはり、“作り出すということ喜び”だったのではないかと思うんですね。全く何もないところから作り出す喜び。それに伴ってお客様と語り合いが出来るというかな、最後に緞帳が下がる時にお客様の笑顔をみて、なんて素敵なところに入ってきたんだろうと。
トップになるとすぐ宝塚の伝統である“美しい男役”として終われたらと思って、『風とともに去りぬ』の2回目を演じきった時に退団届を出し、皆さんに見送っていただいて卒業したけれど、そのころは演劇に対して面白さがどんどん膨らんでる時期なのね。そんなところに、松竹さんからお話があって、『マクベス』のレディ・マクベスをやりませんかということになったんです。宝塚の『うたかたの恋』で“生きるべきか死ぬべきか”くらいは言ったことはあったけれど、シェイクスピアのお芝居はやったことがなかったので、やりたいと思って即答して、その足で本屋さんで戯曲を買いましたね。
それがスタートでしたが、当時は演劇がぐんぐん伸びていく時代で、舞台が一つ終わるといい作品が目の前に置かれていったんですよ。これだけ不器用で時間をかけないと何もできない私が、なぜ今も舞台に立っているのかと思い起こすと、宝塚卒業後10年間、私はずっと英国や米国、外国の演出家とお仕事しているんです。日本の演出家は私を知っているから、イメージを持っていらっしゃるでしょ?でも向こうの人って私が何をしてきたか知らないわけで、何のイメージも持たず、この子は演劇を全然わかってないなとなると、手を取り足をとり、焦ることなく教えてくれたんですね。出演作の一つ一つが大きな勉強になりました。
その後、プロデュース公演に参加するようになって、蜷川幸雄さん、栗山民也さん、鵜山仁さんとご一緒したり、もっとお若い劇団新感線のいのうえひでのりさん、文学座の上村聡史さん、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、熊林弘高さんからお声がけがあって、私自身も面白がりながら懸命に若い世代と組むようになりました。自分を固めず、思ったように。もちろんやりたくないお仕事は即お断りしているけれど、やりたいと思ったら死んでもやり通したい、身を削ってもというタイプなんですよね。そんな私の意思を尊重し続けてくれた事務所のおかげで生きているような気もします」 
 

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『アナスタシア』製作発表より。(C)Marino Matsushima
――個人的には、極小空間でデヴィッド・ルヴォー演出のもと、堤真一さんと緊密な時間を作り出されたtpt(シアタープロジェクト東京)の『双頭の鷲』が今も忘れられません。
「200席ぐらいの空間でしたね。tptではいろんな試行錯誤ができました。『双頭の鷲』はろうそく一本の灯りの中でやる舞台だったから目が変になったりもしたけれど、当時堤真一さんはまだ新人で、若い人に好きなようにやらせてあげると、こちらにも跳ね返ってくるのですごく勉強になりました。忘れられない舞台ですね。
ルヴォーは、大劇場も小劇場でやる芝居も全く同じだと教えてくれましたが、あの頃の彼はイギリスの演劇界で名前が出始めた頃でとっても繊細で、誰にも稽古を見せないんです。プロデューサーさえ稽古場から出されて、ドアに穴をあけてそこからしか見えない(笑)。彼には垣ケ原美枝さんという素晴らしい通訳の方がついていて、ルヴォーと彼女とでトリオのようになっていろいろな作品をやる中で、ここから離れたら一人でやっていけるかなというほど一時期、tptに没頭しましたね。
それから蜷川さんのお芝居にも出るようになりましたが、蜷川さんは優しい方で、『桜の園』にしても『オイディプス』にしても“こうしたいんだけど”というとすぐ“やってみろ”と言ってくれました。そういった具合で、私は作品、カンパニーとすべての出会いに恵まれて、先日千穐楽を迎えた『ホフマンのサナトリウム』まで至っていると思います」
 
――麻実さんにとって演じることの喜びとは?
「私ね、全てに対して不器用なの。生きることも、人と接することも、キャラクターを作るのも。人の何倍も時間をかけないと出来ないけれど、自分の感覚を駆使しながら作り上げると、そこは自由な世界なんですよ。もちろん相手がいての芝居だから、掛け合い的なものは絶対的に必要だけど、一人で生きていける自由で居心地のいい世界。演劇って本当は、根本さえきちっと表現できれば、どうやってもいいんです。でも、そこまで到達しないと怖くてお客様の前に出られないから、稽古の時は無我夢中です。そして最終的にはお客様にいただくものをプラスして、舞台に出ていくの。わかりにくいかな?(笑)、フェイクがフェイクじゃなくなるということが、私にとっては生きる糧なのでしょうね。
でも、そこをずっと追いかけたいとは思っていません。もし燃焼しきっちゃったらもう今度は自分の人生に戻ればいいと思っていますね。(演劇を通して培った)フェイクを利用して、別な自由感覚で生きられるという快感が自分の中にあるのかもしれません」
 
――燃焼しきることってあるのでしょうか。
「ありますよ、だって来年芸歴50周年ですよ(笑)。そろそろ燃焼しきるのではないかな。だからこそ、今までも一つ一つ大切にしてきたけど、これからの一作一作はもっと大切にしたいですね。50年ともなるとどうしても年齢的な弱みがあるけれど、若い人たちと一緒にやるには、その分繰り返して練習して、自信を持って絶対大丈夫というところまで持ってかないといけません。不安な若い子たちを助けるためには、私自身しっかりしていないといけないから、舞台に立つまでは密かにもがき苦しみますよ。でも自分が落ち着けば、周りを助けてあげられます。けっこう大変なんですよ(笑)」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
公演情報『アナスタシア』3月1日~28日(新型コロナウィルス感染拡大に伴い1~8日の公演は休演)
=東急シアターオーブ、4月6~18日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP
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