Musical Theater Japan

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『マドモアゼル・モーツァルト』平方元基インタビュー:人間を愛し、肯定することの歓び

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平方元基 福岡県出身。11年に『ロミオ&ジュリエット』でミュージカル・デビューし、以降『エリザベート』『マイ・フェア・レディ』『レディ・ベス』『王家の紋章』『サンセット大通り』『ローマの休日』『メリリー・ウィー・ロール・アロング』等、様々な舞台で活躍。12月には『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』への出演を予定している。

 

“モーツァルトは実は女性だった”という設定のもと、葛藤しながら生きる主人公を描く漫画を、音楽座ミュージカルが舞台化。91年に誕生したミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』が、小林香さんの演出で上演されます。

モーツァルト役の明日海りおさんはじめ、綺羅星のようなキャストが並ぶなか、サリエリ役を演じるのが平方元基さん。つい先日まで『王家の紋章』でドラマティックな三角関係を演じていましたが、今回は男性である(と思っている)モーツァルトに対して、複雑な感情を抱く宮廷音楽家を演じます。本作のテーマの一つであるジェンダーギャップの問題、コロナ禍を通して感じたことなど、さまざまなトピックについてたっぷり語っていただきました。

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『マドモアゼル・モーツァルト』

 

【あらすじ】18世紀オーストリア。ハープシコードを弾いていた次女エリーザに天賦の才を見出した父レオポルトは「お前は女ゆえに認められないが、男だったら…」と彼女の髪を切る。時は過ぎ、エリーザは天才作曲家“ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト”として人気を集めるが、下宿先の娘コンスタンツェと結婚することになり、自分が何者なのか苦悩し始める。いっぽうモーツァルトをライバル視していた宮廷音楽家サリエリは、彼と言葉を交わすうち無心に音楽と戯れていた頃を思い出し、知らず知らずモーツァルトに魅了されてゆく…。

明日海さんのモーツァルト像に触発されつつ
固結びをほどいてゆく作業を
丁寧に行っています


――平方さんは、以前から音楽座のミュージカルを御覧になっていたのですか?

「以前、映像でこの作品を拝見したことがありました。あと、(音楽座ミュージカルのレパートリーである)『リトル・プリンス』に出演されていた野田久美子さんに、いろいろな話を聞いていました。

音楽座ミュージカルのイメージとしては、やはり劇団の色というものが色濃くあって、日本人が日本人向けに作っていることもあるので分かり易いミュージカルという印象がありました。扱っている題材は難しくても、言葉の“間”などを研究して分かり易く、ナチュラルに伝える表現が選ばれていて、創作の段階でものすごくパワーを注がれたのだな、良いものを作ろうとされたんだなということがすごく伝わってきます」

――今回台本を読まれて、改めて感じたことはありますか?

「(演出の)小林香さんから、音楽座の作品には“輪廻転生”のテーマがあるとうかがって、そのうえで台本を読んでみると、モーツァルトは(今も)生き続けている、という壮大なテーマを感じました。役者は(演技を構築するにあたって)細かいところをつきつめるうちに、行き詰ることもありますが、そういう時に“世界はもっと広いんだよ、大きくとらえるべきだよ”というイメージに救われています」

――本作では、女性として生まれたがために正当に評価されない…という“ジェンダーギャップの問題”が扱われていますが、こうした問題について、男性の平方さんはどんなことを感じますか?

「ジェンダーギャップのど真ん中を扱った作品ですよね。今の時代、各方面でジェンダーギャップを解決しようという動きがあるけれど、この作品が初演された1991年の当時は今よりももっと根の深い、大きな問題だったのかもしれません。

才能というのは、性別や国籍、階級といったものと本来関係は無いけれど、差別というものは常にあったのだな、と感じます。モーツァルトが生きていた時代ももちろんそうだし、現代に至るまで女性の権利が軽視され続けている国もありますよね。同じ2021年に生きていながら、地球という規模で考えればこうした問題は全くなくなっていないのだな、と思い知らされます」

――女性の能力も活かしたほうが社会は豊かになってゆくであろうに、それをよしとしない考え方が太古の昔から無くならないのが不思議ですね。

「そうなんですよね。僕自身は男性として生きてきているので、知らず知らずのうちに言葉のはじっこで女性を傷つけていることがあるかもしれないな、ということも考えさせられます。それ(女性差別)がなぜおかしいのか、わからないうちに刷り込まれていくと、人間はそれが正義なんだと思って、本来進んでいくべき道を見失ってしまうのかもしれない。男であることが偉いわけじゃないよね、と気づいている筈だけど、なぜそういう考え方を取り除けないのかが分かったら、もっとフラットな世界になるし、性別ではなく才能のことだけで悩める世界になるんじゃないかと思います。

僕の周りにもジェンダーの問題で悩んでいる方はいて、その中には言う人も、言わない選択をする人もいます。みんながお互いに本当は何を思っているのかを感じ取りながら、難しくとも意見交換していくことがこういう問題を解決に導いていくのかな、と思います」

――サリエリというと、『アマデウス』というストレート・プレイに出てくる、杓子定規なキャラクターが思い浮かぶ方も多いかと思いますが、本作のサリエリはもっと柔らかさのある人物ですね。

「ずいぶん柔らかいですね。サリエリというと、モーツァルトの影に現れる人物として語られることが多かったと思いますが、彼自身は彼の人生を(主体的に)生きていたわけで、当時何が大切だったか、才能も大切だけれど自分が(音楽家として)食べていくためにはお客さまに届く音楽をつくることも大切だということが分かっていたと思います。その一方で、モーツァルトは心に何のストッパーもなく、思うがままに音楽を生み出していった。それが彼とサリエリの関係性を“光と影”の構図にしていったのかな、と思います。

最初に台本を読んだ時は、サリエリについて策士的なイメージが強かったのですが、稽古を重ねていくうちに、そうではなく、ひとりの人間として感じるままにやっていいんだなというインスピレーションを受けて、恋に翻弄される人物像を面白く感じるようになってきました。一般的なサリエリ像とはずいぶん違うだけに、挑戦し甲斐があります」

――本作のサリエリは何といっても、ラストシーンがとても素敵ですね。ジェンダーを超え、モーツァルトを一人の人間として認めるというか…。

「本当にそう思います。君が君であることはものすごく素晴らしいことなんだよ、それでいいんだよ、と人に肯定されるととても嬉しいものですが、そういう言葉をサリエリが物語の最後に置いて去ってゆくというのが素敵で。わかりやすい情景描写ではあるけれど、最後の台詞はすごく大切に言いたいなと僕は考えています」

――今回、ご自身の中でテーマにされていることはありますか?

「どんな文献から解き明かしても、サリエリについては硬質で保守的で色で言えば黒、といった人物像ばかりなのですが、今、稽古で明日海りおさんがとても生き生きと演じているモーツァルトに感化されて、硬い部分が徐々に解きほぐされてきています。モーツァルトとは“君と出会えてよかった”“私も”というようなシーンがあって、そう心から思えるというのが歌詞の中にもちりばめられているのですが、サリエリとしては、モーツァルトと出会ったことで、音楽に初めて触れた時の気持ちを思い返したり、何にも遮られることなく自分のチャレンジが出来ていた頃の気持ちにモーツァルトがさせてくれたという、固結びをほどいていく作業を丁寧にやっていきたいなと思っています」

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『マドモアゼル・モーツァルト』

――さきほど少し言及されましたが、明日海さんのモーツァルトはいかがですか?

「素晴らしいですよ!最初にお会いした時、明日海さんについてはミステリアスな印象があって、どういう方なんだろうと思っていたのですが、稽古が始まるとまさに、解き放たれています(笑)。

コロナ禍になって、僕らの日常がアクリル板だったりマスクに遮られるなかで、俳優にとっては舞台が一番自由で、本当の意味で解き放たれる、嬉しい空間なんだな…と僕がこの頃思っていることを、まさに体現しているのかと思うくらい、明日海さんのモーツァルトは自由です。やることが多くてとても大変なのに、“スタート”という声がかかった瞬間から、解き放たれて輝いています。彼女の才能にモーツァルトの才能が降りてきているのか、何が起きているんだろう、どうしたらそんなに放たれるんだろうというくらい生き生きしていますね。

特に終盤、病に侵されながら『魔笛』を完成させるシーンは、サリエリとしても袖で観ていて泣けます。サリエリも生みの苦しみは知っているので、『魔笛』という、こんなに素晴らしいオペラを創り上げた君を、認めるとか認めないとかじゃなくて心から“ほんとによかったよ!”と言える。既に彼女がそういう域に達する芝居をやってくださっているので、本番はどうなってしまうんだろう…(笑)。

コロナ禍の今、皆さん一生懸命前に進まなくちゃいけないと感じていらっしゃると思いますが、明日海さんのモーツァルトを観ることで、たくさん勇気をもらって帰っていただけるのではないかと思います」

――小林香さんの演出は今回、いかがですか?

「2021年にこの作品を演出するにあたって、ジェンダーのテーマをより色濃く出していらっしゃるなと感じます。もう一つ、本作の音楽は小室哲哉さんが書かれている曲もあるのですが、初演は小室さんの音楽がモーツァルトの革新性をうまく表現していたのを、時代が巡った今はどう新しく感じさせるのかなと思っていたけれど、小林さんは今回、踊り手さんをたくさん登場させて、芝居だけのシーンにダンサーたちを配置したりしてとても面白いんです。以前から、小林さんはショーがお好きなんだろうなと思っていたけど、そういうテイストが感じられる演出になっています。この作品は一つのナンバーを歌っているうちに5年経つというようなことも多いのですが、そこを丁寧に埋めていらっしゃって、すごく面白い舞台になってきています」

――その“小室サウンド”ですが、今、改めて対峙するとどう聴こえてきますか?

「僕の青春時代は小室サウンドで出来ているので、本当に懐かしいです。何ならミュージカルとの出会いより小室サウンドとの出会いのほうが先だったので、今回“あ、ここでも出会ったか”と、嬉しい再会でしたね。ただ、今回はそこに歌詞が乗っているというのが新しいかもしれません。小室サウンドは基本テクノで、歌詞を乗せることを前提としていないのですが、そのカタカタ鳴っている音に乗せて、どう歌詞を伝えていくか。サリエリはゆっくりな曲が多いので、大切にイメージを膨らませて歌えると思いますが、アップテンポのナンバーが多い役だと大変かもしれません」

――どんな舞台になりそうでしょうか。

「僕らよりずっと昔の、ジェンダーギャップがまだ問題として認識すらされていなかった頃の話ではあるけれど、“普遍的な愛”というものがすっと心に入ってくる舞台になるのではないかと思います。愛があるからこそ、人間は互いを認め合える。“君は君でいいんだよ”ということに行きつくのだろうなと思います。モーツァルトを通して現代のお客様にもそんなことを感じていただけるといいですね」

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『マドモアゼル・モーツァルト』

――最近のご活躍についても少しうかがわせてください。まず、コロナ禍前のご出演作では、『銀河鉄道999』でのキャプテン・ハーロック役が印象的でした(別媒体で執筆した観劇レポートはこちら)。ビジュアル的にはまっていたのは勿論ですが、非常に動きが少ない、たたずまいが問われるお役、それに加えて最後に全てをまとめるような台詞もあり、隠れた難役にお見受けしました。

「キャプテン・ハーロックに挑戦させていただくのは本当に光栄でしたが、内心“僕でいいんですか?”と思っていましたし、稽古場でもとても大変でした。思い出したくないくらい悩みましたが(笑)、それが今の糧になっていますね。目線や背中を通して、語らずしてどう表現するのか。それまで、宝塚出身の方とも共演させていただくなかで、彼女たちが“形”で心の動きを見せる様子をよく見ていたのですが、それがものすごく効果的であることを改めて学ばせていただきました。俳優の一挙手一投足の全てに意味があって、喋らずともその角度で内面を見せることができる。そういうふうに存在することでハーロックも演じられるようになるのだと。でもあれは難しかった!(笑)」

――そして今年は『メリリー・ウィー・ロール・アロング』に主演。やり手のプロデューサー、フランクというギラギラしたお役でしたが、ラストシーンの平方さんには詩的な余韻がありました。(観劇レポートはこちら。)

「最後に僕が空を見上げて暗転で終わるんですよね。その後、どうなったのかはどこにも書かれていなくて、あの後、(親友だった)メアリーとチャーリーに会ったのか、会いにいけたのか、会えなかったのか…。演じている間に考えたことをあのシーンに乗せようと思っていたので、毎公演、あの瞬間の表情は違っていたと思います。
大切なことに気づかせてくれた親友たち。最後に赤い本を持って、“あの空にスプートニクがいたよね”と毎回僕は思っていましたが、開幕からそのシーンに至るまで、演じていて一度として飽きたことがなくて、毎回が新鮮でした。

それは、海を隔ててリモートで英国から演出を受けていたのが逆に功を奏したのかもしれないです。細かい部分までの演出はできないので、役者自身が育てていかないといけなかったけれど、それを僕ら一人一人が怠らなかった。だから全て理解していただくことがなかなか難しい作品で、舞台上に染み出たエネルギーをお客様が拾って持って帰ってくれているという雰囲気を、僕は舞台上からすごく感じていました。演劇には、客席を後にした後、何かを持ち帰って、感じたり考えるという幸せもあると僕は思っているのですが、そういう作品であるといいなあ、観終わっても思いを馳せてもらえたら嬉しいな、と思いながら演じていました」

――アプローチによってはほろ苦い感慨が残る演目かと思いますが…。

「全く救いのない作品にもなりえますよね。妻のガッシーがあんなことになって、自分の家から誰もいなくなってしまって。

ラストシーンはおそらくその数分後の光景だと思うのですが(注・この作品では出来事が現在から過去へと遡って描かれ、最後に再び現在へと戻る)、その数分間に彼の中でどんな変化があったのかなと考えました。結局、心の中にはそれまでに出会った人の記憶がよぎるんですよね。なんでも一人でやってきたと思っても、やっぱり自分は一人じゃないんだと思うと、感謝の気持ちが生まれたりして、嫌な思い出にはならなかったです」

――素敵にキャリアを重ねていらっしゃるなかで、コロナ禍という未曽有の事態を経験された今、どんなヴィジョンをお持ちでしょうか?

「時には立ち止まりたいと思うことも正直ありますが、コロナ禍を経験したことで、僕らの仕事が、お客様がいてこそ成り立つものだと、本当に分かった気がします。

これまで、“お客様は神様です”という言葉を字面で追っていて、僕らはお客様がやってほしいと思ったことをその通りにやらなくてはいけないんじゃないかという使命感に駆られていた時期もありました。でも、実際はそんなことは全くなくて、お客様は舞台上で何が起こるんだろうと、きらきらした目で観てくださっている。僕らがそこで生きているということを見守ってくださっているんだ、と感じるようになりました。

このことを忘れずにやっていきたいし、もうブレることはない、と思います。もちろん、立ち止まって騒ぎたくなる時もあれば、やめたくなる日もあるけれど、表現したいものがあるという気持ちは、コロナの前より強くなっています。人間って忘れてしまう生き物だけど、この気持ちは死ぬまで忘れたくないし、もし忘れずにやっていけたら、『メリリー~』のラストシーンじゃないけど、すごく素敵な気持ちで、人生の最後に空を見上げて終わることが出来るのではないかな。そんな気持ちにさせてくれる、いい作品と出会わせていただいてきたし、この気持ちを忘れずに、今日、こうやって話を聞いていただいていることに対してもそうですが、一つ一つのことに取り組んでいくことを誓いたい、と思っています」

(取材・文=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『マドモアゼル・モーツァルト』10月10日~31日(10月19日に追加公演有り)公式HP

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