Musical Theater Japan

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『イン・ザ・ハイツ』2024インタビュー:世界初の女性版“ピラグア屋”役を演じるMARU、グラフィティ・ピート役でミュージカル初挑戦の世界的ダンサーKAITA

MARU 兵庫県出身。4歳でピアノを始め、17歳で米国留学の後、本格的に音楽活動を開始。2015年『RENT』で舞台初出演。以来『ラディアント・ベイビー~キース・ヘリングの生涯~』『ジャニス』等に出演している。 KAITA 東京都出身。10歳でダンスを始め、アメリカのキッズダンスコンテスト『BodyRock Jr.』で2年連続準優勝。プロリーグD.LEAGUE初代優勝チームのリーダー。EXILE TRIBEグループ等の振付師としても活動している。©Marino Matsushima 禁無断転載


NYラテン系移民たちの悲喜こもごもを描き、リン=マニュエル・ミランダの出世作となったミュージカル『イン・ザ・ハイツ』。日本では2014年に初演後2021年に再演、9月22日に天王洲 銀河劇場にて待望の再再演が開幕しました。

初演や再演からの続投キャスト、初参加キャスト、そして初演ぶりの復帰キャストが混在する今回の舞台で注目を集めているのが、ピラグア屋役のMARUさんと、グラフィティ・ピート役のKAITAさん。

ブロードウェイミュージカル『RENT』(2015、2017年)などで迫力の歌声を聴かせてきたシンガーのMARUさんは、映画版でリン=マニュエル・ミランダ本人が演じたように、もともと男性の設定で書かれているピラグア(かき氷)屋役を今回、世界で初めて、女性として演じることに。

そして日本発のプロダンス・リーグ、D.LEAGUEの初代チャンピオンチームのリーダーでもある世界的なダンサー/振付師のKAITAさんは、町のあちこちにアートを落書きしている若者グラフィティ・ピート役で、ミュージカルデビューを果たします。

これまでも上演の度に、カラフルで活気あふれるカンパニーが観客を魅了してきた本作ですが、二人の参加はどんな化学変化をもたらすでしょうか。

開幕も間近な某日、お二人に稽古の手応えをうかがいました。

 

『イン・ザ・ハイツ』

――お二人は本作にどのように出会ったのでしょうか?

MARU「何度か舞台をご一緒したことのあるエリアンナさんが出ていらっしゃるということでタイトルは知っていましたが、実際に観たのは映画版が先でした。SNSでフォローしているラテン系の女優さんが、映画版『イン・ザ・ハイツ』に出演しているとおっしゃっていたので、観に行ったのです」

KAITA「僕も以前からMicroさんや(松下)優也君にダンスの仕事でお世話になっていて、お二人が出演したミュージカルとして名前は存じ上げていました。

今回、出演することになって資料映像や映画版を観たのですが、これまでミュージカルは自分に縁のない世界かと思っていたけど、こんなにヒップホップの要素が強い作品があるのかと驚きましたし、身近に感じました」

MARU「『RENT』にも出ていたこともあって、NYは大好きな街で何十回と行っているのですが、『イン・ザ・ハイツ』に出てくるようなラテン・コミュニティには行ったことが無かったので、知っている筈のNYの中にも知らない世界があるんだなぁ、と衝撃を受けました。

それと、私はサルサが好きでよく踊りに行くのですが、そこには南米の方はたくさんいても、NY在住のラテン系の方となるとまた違うコミュニティになってくるんです。ここには違う文化があることに気づかされたというか、一つのものの違う側面を見た気がしました。同じNYの風景なのに違うものに見えましたね」

 

『イン・ザ・ハイツ』ピラグア屋(MARU)、グラフィティ・ピート(KAITA)


――NYは人種のるつぼと言われますが、かなりたくさんのコミュニティが存在するのですね。

MARU「けっこう分かれていると思います。ネットフリックスなどを見ていても、最近はチャイニーズ・アメリカン・ドラマが出てきたり、ラテン・アメリカンのドラマがあったりと、かなり細分化されていますよね。

私は夫がアメリカ人ということもあって、アメリカを知ったような気になっていましたが、ラテンのカルチャーに関しては、音楽だけの知識しかなかったので、彼らが家族をとても大事にすることなどは、この作品を通して知りました。一つのコミュニティを知っていることがアメリカを全部知っていることにはならないんですよね。そういう意味で、本作は私にラテン・カルチャーの扉を開けてくれた作品です」

KAITA「僕も高校1年の時、初めてアメリカでダンスのコンテストに出場して準優勝させていただいたのがきっかけで、アメリカには一年に6回とか、かなりの頻度で通っていましたが、その中でラテン系の方々との付き合いは無かったです。NYではなく西海岸のLAの方で活動していて、そこではアーバンスタイルという、振付がきっちり決まったスタイルのダンスが主流で、ラテン系の要素はなかったので、そういう意味では僕にとっても本作は新鮮です」

 

――それぞれの役について、どんな人物像をイメージされていますか?

MARU「映画版ではピラグア屋をリン=マニュエル・ミランダさんが演じているので、オファーをいただいた時には“リンさんになれる!”と喜びました(笑)。私はミュージカル界に雷を落としたリンさんがすごく好きで、『ハミルトン』のチケットもブロードウェイでは取れず、LAでやっととれて観に行ったくらいです。面白い人だなと思っていたので、彼のやっていた役をやれるというのは私にとってとても意味のあることだなと思いました。

ですが、ラテン・コミュニティの話だし、性別が変わったし…と、いろいろシチュエーションが違い過ぎて(笑)。どうしたものかと思っていましたが、稽古を重ねるなかで最近、板についてきたような気がしています。

男性から女性への設定の変更の意味については、ピラグア屋にはシーンを切り替える役割もあって、それは男女どちらでも出来るということなのかなと思っています。性別より、シチュエーションを変えるパワーのほうがすごく大事だから、稽古でも、シーンに対するエネルギーの注ぎ方に力を入れてきました。今では(もともと男性の役だったと)意識せずに出来るようになってきています」

 

『イン・ザ・ハイツ』©Marino Matsushima 禁無断転載


――1幕のニーナのソロの前にはピラグア屋の晴れやかな歌声が響き、まさに場面の空気を変えますね。

MARU「私はもともとアルトで、低音が“売り”なのですが(笑)、ミュージカルでは高音をリクエストされることが多くて、今回もここではピラグアの曲が1幕と2幕で1オクターブ、キーが違うんです。印象が全然違うと思うので、ぜひ楽しみにしてほしいです」

 

――KAITAさんの中の“グラフィティ・ピート”像はいかがでしょうか?

KAITA「オファーをいただいた時に、友人たちにグラフィティ・ピート役だと言ったら“めっちゃはまり役だよ”と口を揃えて言ってくれて、どんな役なんだろうと思いながら映画版を観たら、素直で、いい意味で“単細胞”なキャラクターだとわかりました(笑)。

彼は絵を描くことに集中していて、それがゆえに周りから笑われたり、煙たがられる存在。僕もダンスを小さなころからやってくる中で、集中しすぎて周りが見えなかったり、深く考えずに行動することもあったので、彼と僕とは絵かダンスかの違いはあっても、どこか重なっていて、“素”で演じやすい役だと思いました。演技初挑戦の僕にとっては入っていきやすい、有難い役だと感じています」

 

――全員で歌うシーンもいくつかありますが、KAITAさんも歌っていますか?

KAITA「歌ってますね。まだ苦戦中です(笑)。ラップに関してはリズムに合わせながら、韻を踏むところで強調する、みたいなことはダンスをやっていることもあって吸収しやすいけれど、歌に関してはこれまでやってこなかったので、いまだに正解がわかっていないです。休憩時間にMARUさんや皆さんにコツを聞いたりしています」


MARU「でもKAITAさんは、歌をやってきた人より、声がいいです! ダンスをやっているから体幹の使い方がうまくて、これからめちゃくちゃうまくなると思います。

音を出す時って、ダンスと一緒で、“こういう形にしたい”というサンプル(理想形)がまずあって、そこに繋げていくのがうまくなる道順だと思うのですが、歌もそれと同じで、イメージしたメロディラインに辿り着くよう、たくさん練習して繋げていくとうまくなるんです。そこがまだ繋がっていないだけで、もともといい声をしているから、繋がるように練習していけば大丈夫です!」

KAITA「頑張ります! ダンサーを軸として、これからマルチにやっていきたいので、こういう機会をいただけてすごく勉強になっています」

 

――本作の登場人物たちの中には、ワシントンハイツに愛着を持って“ずっと住み続けたい派”と、“いつかは出て行きたい派”がいるようですが、ピラグア屋さんとグラフィティ・ピートさんはいかがですか?

MARU「ピラグア屋はたぶん、出ていかないんじゃないかな。でもいい仕事の話が来たら出ていくかな…どこか観光地でアイスクリーム屋を開かない?とか言われたら。あくまで飲食関係のビジネスですね。お金次第です(笑)」

KAITA「もし自分がピートだったら、この町には自由に描けそうなキャンバスがいっぱいあるので、残ると思います。めちゃくちゃ描いて、”この町ってグラフィティ・ピートの絵で溢れてるよね“と言われるほど落書きしていきたいですね(笑)」

 

『イン・ザ・ハイツ』©Marino Matsushima 禁無断転載


――ヒップホップの世界では、アドリブやその人自身の創造性が大事にされると聞きますが、今回の舞台では、ご自身のカラーはどれだけ反映されるでしょうか?

MARU「歌に関しては“アドリブが出ても仕方ないよね~”という感じなので、私らしさは出るのではないかな…」

KAITA「ダンスについても、今回は演出・振付のTETSUHARUさんが“きっちり揃えて”という方向ではなくて、ダンサーのKAITAが培ってきたものを最大限に出せるよう導いて下さるので、自分を出しながら踊っているかもしれません。

 

――片手で逆立ちする、本作のアイコニックなポーズ以外にも“KAITA SPECIAL”が見られるかも⁈

KAITA「今回の振付に加えて、ノリに関してはこれまで自分が培ってきたものを乗せているので、そういう意味ではこれまでの歴代グラフィティ・ピートの方とは違うものを観てもらえると思います」

 

――ヒップホップにラテンのリズムが融合した音楽はどう感じられますか?

KAITA「僕はいつも振付にヒップホップの最先端を取り入れるようにしているのですが、ヒップホップでは最近、ラテン調だったりアフリカ的なものがトレンドになってきているんです。そういう意味では自分がやっているダンスに近いように感じます」

MARU「一般的には、ラテン音楽のリズムは日本人には難しいとよく言われますよね」

KAITA「確かになじみはないかもね」

MARU「日本の音楽と違ってラテンは裏をとるというか。その難しさはあるんですが、基本的にはグルーヴというか、リズムが繰り返して音楽になってゆくという共通項があるので、頭のポイントがキャッチできていればどんな民族であれ、慣れていけば難しさはなくなってくると思います。

個人的には、私はサルサを聴くし踊る人なので、全く抵抗感がないです。もう、私のための演目じゃないかと思うほど(笑)。ラテン音楽に馴染んだキャストを集めるのは大変だと思いますが、そんな中で私に声をかけていただけたのは、本当に有難いです」

 

『イン・ザ・ハイツ』©Marino Matsushima 禁無断転載


――ピラグア屋さんに関して、以前、韓国からの来日版キャストでこの役を演じた方が、中盤は“みんなの叔父さん”というスタンスで歌っているとお話されていました。MARUさんはいかがですか?

MARU「私の場合は、みんなに危険を知らせるお知らせ役。私自身、子供がいるので、息子に“アブナイよ、気を付けて!”と呼びかけるような感じで歌っています」

 

――“みんなのお母さん”ですね。

KAITA「MARUさんのピラグア屋さん、全体を通して、縁の下でみんなを支えてくれています」


――登場人物それぞれに見どころの多い舞台ですが、ご自身のパートで“ここ見逃さないでね”というポイントはありますか?

MARU「私が好きなのは、終盤のピラグア屋のAメロです。…といってもわかりにくいかな? なかなか売れなかったピラグアが、ある事情で急に…というところを、低い声で歌っているので、ぜひ聴いてほしいです!」

KAITA「僕が注目してほしいのは、ラップです。ダンスはすべてぶちかます気で頑張るけれど、1幕ラストの“BLACKOUT”の場面でラップで声を上げるところがあって、どんなふうに仕上がっているか、ぜひ聞き逃さないで欲しいです」

 

――稽古の手応えはいかがでしょうか?

MARU「昨日初めて通し稽古をやったことで、見えてきたものがありました」

KAITA「ずっとブロックごとに稽古していたので、通してみて“こういうことなんだ”と分かりましたね」

MARU「昨日まではゴールに対して、自分がどこにいるのかわからなかったけど、ここまで距離を詰めたらいいのねというのがわかりました。これから稽古を積み重ねて詰めていけば、ちゃんと仕上げられる気がしています」

KAITA「これまでの作業で基礎知識を蓄積してきたので、ここからはKAITAとしてどう味付けしていくかだと思っています」

 

『イン・ザ・ハイツ』©Marino Matsushima 禁無断転載


――どんな舞台になるといいなと感じていますか?

MARU「私はサルサクラブで1~2時間踊ると、いつも“なんだかすごくいい感じだった”と思えるんです。この舞台をご覧になった方もそんな感覚が味わえる、エネルギッシュなステージにしたいです」

KAITA「今回の『イン・ザ・ハイツ』では、いろんな分野で活躍されている方々が集まっていますが、全てのピースがばしっとはまって、これまでとはひと味違う舞台になったらいいなと思っています」

 

――MARUさんはシンガー、KAITAさんはダンサー/振付師としてふだん活動されていますが、お二人から見て、ミュージカルはどんな世界に感じられますか?

MARU「私は2年に一度くらいのペースでミュージカルに出させていただいていますが、現場に帰って来る度、ミュージカルってマルチタスクだな、と感じます。一つのスキルのエキスパートがやるものじゃないですよね。作品によっても違いますが、歌だけで勝負しようと思っていてもめっちゃ踊るし、表情も演技も求められます。ミュージカルの役者さんってすごいなと改めて思います。頭の中の、使っていなかったシナプスが呼び覚まされる現場です(笑)」

KAITA「ふだん振付師としてボーイズグループの振付をしたりするなかで、音楽を視覚的に表現することでより音楽の魅力を引き出すような振付を心がけていますが、ミュージカルは踊りだけでなく演技、音楽、すべての面においてバランスが考えられているのがすごいな、と感じます。喋っていないところでも空気感で立ち位置を作ったりとか、うまくパズルがはまるようにやっているので、マルチタスクだし、すべてを使って表現している世界だなと感じます」

 

MARUさん、KAITAさん 🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――これからもミュージカルに対しては…。

MARU「やっていきたいです。呼んでください‼(笑)」

KAITA「はまる作品があれば、ぜひやっていきたいです」

 

――ミュージカルの経験をふまえ、今後どんな表現者になっていきたいと思っていらっしゃいますか?

KAITA「僕はもともとダンサーで、世界で一番のダンサーになるという目標でやってきて、今回初めてミュージカルを経験しています。これを機に映像などにも挑戦して、いろんな方面で活躍できるダンサーになっていきたいです」

MARU「今回の『イン・ザ・ハイツ』で、いろいろな強みを持った人たちと関わる中で、私は自分の“ミュージシャンとしての強み”を再確認でき、もっと音楽に特化した表現を極めたいなと思いました。

ミュージカルって、曲作りにすごく時間が費やされているのだろうと思いますが、私も音楽活動をしていく上で、曲を書く作業に時間をもっと費やしたい、作品を書きたいという気持ちがあります」

 

――ミュージカルを書こうというお気持ちは?

MARU「実は“ちょっと面白いかも”というアイディアを温めています。いきなり2時間分書くのは無理でも、短編ならアリかもしれないな、と思っています。

ミュージカルに関わるなかで、日本人の作品を世界に出したいということをすごく思います。これだけ海外からたくさんの観光客が来ていて、例えば原宿が面白いとか言われているのに、日本発の海外で上演されるミュージカルって、すごく少ないじゃないですか」

 

――そういうプロジェクトが実現したら、KAITAさんも振付で加わったり…?

KAITA「いいですね!」

MARU「自分なりに、日本のミュージカルの広げ方を考えていけたらと思っています」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 Broadway Musical 『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』9月22日~10月6日=天王洲 銀河劇場 10月12~13日=京都劇場 10月19~20日=Niterra 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール 10月26日=大和市文化創造拠点シリウス 1階芸術文化ホール メインホール 公式HP
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