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『SPY×FAMILY』(2025)観劇レポート:人気漫画の世界観×ミュージカルならではの「わくわく」

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

 

空襲警報のサイレン、爆撃音、子供の泣き声…。
灰色の世界の中央に男の姿が浮かび上がり、憂いを含んだコーラスが響き渡る。
“人は皆、誰にも見せない自分を持っている…”

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

男が戦禍の中で育ったことが示唆されると、音楽は華やかなジャズへと一転。西国〈ウェスタリス〉のスパイ〈黄昏(たそがれ)〉となった彼が、新たなミッションを告げられるさまが描かれる。

冷戦中の隣国・東国〈オスタニア〉の要人ドノバン・デズモンドに接触し、同国の動向を探るため、まずは1週間以内に家族を形成せよ。
そして子どもをデズモンドの息子と同じ名門校に入れ、保護者懇親会でデズモンドに近づく…というのが、この任務、オペレーション〈梟(ストリクス)〉のあらまし。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


〈黄昏〉は精神科医ロイド・フォージャーと名乗り、孤児院で賢そうな少女アーニャを引き取る。次いで仕立て屋で知り合った女性ヨルに声をかけ、アーニャの入学試験に“母”として同行するよう依頼。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社『


こうして急ごしらえのフォージャー家は“お受験”を目指し始めるが、3人は互いに秘密を抱えていた。ロイドはスパイ、ヨルは凄腕の殺し屋、そしてアーニャは、人の心が読めるエスパー…。

果たして一家は団結し、アーニャの入学を勝ち取ることが出来るのか。そしてオペレーション〈梟(ストリクス)〉の行方は?

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

遠藤達哉さんの大人気漫画を舞台化し、2023年に帝国劇場で初演。好評を博したミュージカルが今秋、メイン劇場を日生劇場に移して上演。それにさきがけ、川越市のウェスタ川越にてプレビュー公演が行われました。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


それぞれに“わけあり”の3人が仮初めの家族となり、困難を乗り越えて行くうち、不思議な絆を築いてゆく過程を、脚本・作詞・演出のG2さんは、原作の世界観、はちゃめちゃな楽しさはそのままに、ミュージカルならではの華やぎを加え、テンポよく構成。原作にある名エピソードが続々登場しますが、とびきりゴージャスなとあるシーンがクライマックスとなっており、原作を知らない方でも堪能できる内容となっています。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


また親しみやすいメロディを、スケール感たっぷりのジャズでアレンジし、なおかつ一曲の中にしばしば芝居を入れ込み、時間をとめることなく進行させてゆく、かみむら周平さんの音楽も大きな魅力。冒頭とラストを飾るナンバーの♪すべてはよりよき世界のために…♪や、アーニャがロイドに対して自分を語るナンバー「アーニャをしるとせかいがへいわに」の♪アーニャ ピーナッツが好き~ にんじんはきらい!♪などは、終演後も思わず口ずさみたくなるフレーズです。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


一部ダブル、クアトロキャストの出演陣も、それぞれのキャラクターを生き生きと体現。ロイド役の森崎ウィンさん(初演からの続投)は、たたずまいやちょっとした動きにクールな凄腕スパイのオーラが漂い、芯の通った低音ボイスにはそこはかとない色気。ダブルキャストの木内健人さんは一つの音符、言葉もゆるがせにしない歌唱と台詞でロイドの人物像をすみずみまで描き出し、コミカルなシーンでは絶妙の間合いで突っ込み、場を沸かせます。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


ヨル役の唯月ふうかさん(続投)は“弟を安心させたい一心”がそのまま歌になった「安心させたくて」の誠実な歌声でほろりとさせ、ダブルキャストの和希そらさんは瞬時の声の使い分けでヨルの中にある清純さと(殺し屋としての)冷静さ、二つの側面を巧みに表現。ヨル役、ロイド役それぞれが醸し出す情味によって、1幕後半、ひょんなことから出会ったロイドとヨルがデュエットするナンバー「結婚しませんか?」は、本作全体の中でも染み入る一曲となっています。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


ヨルの弟で、秘密警察に勤めるユーリ役の瀧澤翼さん(続投)は、姉への愛が強すぎ、空回りしてしまう弟を長身を活かしてエネルギッシュに表現。吉高志音さんは台詞の随所に“一筋縄ではいかない”風合いを織り交ぜ、ロイドにとって今後頭痛の種になるであることを予感させます。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

 

優秀なスパイだが、実は秘めた思いを抱えているロイドの同僚、フィオナ・フロスト役の山口乃々華さんは、続投とあって、その“思い”を吐露するくだりでの歌声がさらにパワーアップ。何かとロイドと関わる情報屋のフランキー・フランクリン役、鈴木勝吾さんは陽気な台詞と、アニメーションを思わせる大きな所作で、場に躍動感をもたらしています。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社

 

また初演に続き、鈴木壮麻さんはアーニャが目指す名門校、イーデン校のベテラン教師ヘンリー・ヘンダーソン役を完璧なエレガンスで描き出し、朝夏まなとさんは諜報組織WISEの管理官で〈黄昏〉の上司にあたるシルヴィア・シャーウッドを妖艶に体現。オープニング、2幕冒頭のナンバー「フルメタル・レディ」、終幕と要所要所でダイナミックな歌声とダンスを披露し、“ミュージカル”である本作を引き締める存在となっています。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


そしてアーニャを交互に演じるのは、泉谷星奈さん、月野未羚さん、西山瑞桜さん、村方乃々佳さん。村方さんは小学一年、ほかの3名は小学二年生だそう。筆者は泉谷さん、西山さん出演回を鑑賞しましたが、どちらも、アーニャの台詞を実際に子供が発するとこういう感じになるのかという新鮮さがあり、何よりこの役を心から楽しんで演じていることが明白。彼女たちの演じる、ちち(ロイド)やはは(ヨル)といつまでも一緒にいるため健気に頑張るアーニャが何とも可愛らしく、愛おしい存在に映ります。

 

『SPY×FAMILY』(2025)製作:東宝 ©遠藤達哉/集英社


昼の部では子連れのファミリー層が、夜の部では大人の観客が多く見受けられたプレビュー公演。終演後の場内やロビーでは「あのエピソードも、このエピソードも盛り込まれていたね」と満足そうに語り合う声も聞かれ、原作のファンも少なからず来場していたようです。スリルと笑いをお洒落なサウンドで包み、ライブならではの臨場感とともに届ける本作は、老若男女どなたも楽しめる舞台となっています。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報 ミュージカル『SPY×FAMILY』プレビュー公演 9月20~28日=ウェスタ川越 大ホール、本公演 10月7~28日=日生劇場、11月5~10日=梅田芸術劇場大ホール、11月17~30日=博多座、12月12~14日=やまぎん県民ホール、12月20~21日=静岡市清水文化会館マリナート、12月26~30日=御園座 公式HP   舞台映像版PV