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時を超えて迫りくる、太古の人々の魂の叫び。演出家&プロデューサー兼俳優に訊く:特集『モンゴル・ハーン』②

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載


間もなくモンゴルから来日する大型舞台『モンゴル・ハーン』。

前回の記事ではウランバートル公演の様子をレポートしましたが、今回は本作がどのような経緯で誕生し、発展したのか、演出のヒーロー・バートル氏、またロンドン公演からプロデューサーとしてカンパニーに加わり、ツェツェル正妃役で出演もしているバイラ・ベラ氏にインタビュー。上演の経緯、海外公演成功までの道程、そして作品にこめたメッセージについて、たっぷり語っていただきました。

 

「私達は利己的ではなく、利他的に生きるべきではないだろうか」。
演出家ヒーロー・バートル インタビュー

 

ヒーロー・バートル 1979年モンゴル・ウブルハンガイ県生まれ。モンゴル国営放送を経てモンゴル初の民間広告制作スタジオを設立。2004年にHEROスタジオを設立し、モンゴルのトップスタジオとして成長。多数のミュージックビデオ、CM、ドキュメンタリー、映画を製作。2022年に新演出を手掛けた『モンゴル・ハーン』はロンドン、シンガポールでも好評を博した。また劇画家としても知られ、本作の劇画版も刊行。


『モンゴル・ハーン』の演出家でありエグゼクティブ・プロデューサーでもあるヒーロー・バートルさんは、劇画家としても知られるマルチ・アーティスト。1979年に生まれ、モンゴル国営放送勤務の過程で(それまで社会主義国であった)モンゴルの民主化を経験し、2004年に自身のプロダクション「ヒーロー・エンタテインメント」を設立。多数のミュージック・ビデオやCM、映像作品を製作してきました。

その中でも代表作と言えるのが、ドキュメンタリー番組シリーズ「モンゴル民族の百人の偉人」。様々なジャンルでモンゴル国の隆盛に貢献してきた人々をとりあげながら、それまでのロシア(ソヴィエト)的歴史観を離れ、真のモンゴル史を浮かび上がらせようとする番組は、大いに称賛されたといいます。

このシリーズに関わっていたのが、作家バブー・ルハグヴァスレン。交流が深まる中で、バートル氏はルハグヴァスレンの脚本で1998年に国立アカデミック・ドラマシアターで初演されたストレート・プレイ『印章の無い国家』の新演出上演を思い立ったのだそう。

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載


「1998年、そしてその後にも一度上演された本作は、執筆当時の(民主化されたばかりの)モンゴルの政治状況に対する、ルハグヴァスレンの思いが投影された作品です。リーダーはどう生きるべきか。自分だけが良ければいいという利己的な考えでなく、民衆のため、(犠牲を払ってでも)利他的に生きるべきなのではないのか…。

数年前、モンゴル人のみならず世界全体が経験したコロナ禍は、本作上演の意義をいっそう強めることとなったと思います。“発展”ばかりを追いかけるのではなく、私たちは今一度、互いに尊重し合い、愛をもって生きるということを深く考えるべきなのではないのか。こうしたメッセージを投げかけるのに、本作はぴったりだと思えました」

骨太の戯曲を上演するにあたって、バートル氏は劇画家としての美的センス、そして様々なコンテンツを手掛けてきたプロデューサーとしての才覚を発揮。ストレート・プレイをそのまま見せるのではなく、遺跡の発掘品を精緻に再現したきらびやかな衣裳、コントーション(軟体芸)や民謡、モンゴル相撲など“モンゴルらしい要素”をふんだんに取り入れ、さらに最新の映像技術や映画音楽調のダイナミックな音楽、宙乗りといった演出を駆使し、演劇を見慣れない観客も飽きさせないステージを創りあげました。

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載


特に目を奪うのが、50人にも及ぶコロス(アンサンブル)による身体表現。メインキャラクターが台詞を発する際、背後のコロスがわななくように動き、半端ない迫力とともに、彼/彼女の揺れる心情が手に取るように可視化されます。これはモンゴル人の特性をによるものだそう。

「モンゴル人は他の国の人々より、“言葉”より“行動”で自分を表現する傾向があります。今回はそうした特性を、演出に活かせると考えたのです。僕らは最初からこの舞台を海外でも上演したいと考えていたので、モンゴルならではの感情表現を見ていただく機会にもなると考えました」

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載


また、王の風格と人間くささが絶妙に同居するハーン役のエルデネビレグ・ガンボルドはじめ、ひと目で名優と分かる役者が揃っているのも、この舞台の強み。バートル氏はこの配役に何より重きを置いたといいます。

「2019年まで健在だった作者のルハグヴァスレン氏と僕は、上演にあたって何よりもキャスティングを重視しました。技術的に優れていると同時に、その役に合った俳優を選ぼうと、かなり時間をかけて選んだつもりです。モンゴルは(約350万人と)人口が少なく、演劇界もそう大きくはないので、どの俳優がどんな人柄かというのは知っていました。結果的に皆、当たり役になっていると思います」

彼が特に難役ととらえているのが、ツェツェル王妃役。確かに、一見悪女のように見えるも、実際は運命に翻弄され続けた悲劇の女性ツェツェルは、本作のキーパーソン的存在です。

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。この日のツェツェル役はオドンチメグ・バッドセンゲル©Marino Matsushima 禁無断転載


「(感情の振り幅が大きく)非常に難しい役だと思います。もともとベテランの女優が演じていましたが、海外公演から(本作のプロデューサーの一人でもある)バイラ・ベラさんがキャストに加わり、来日公演でも彼女が演じる予定です。既に何百回も演じており、日々、役が馴染んでいますよ。演じるというより、彼女は本当にツェツェルとして生きています。

並大抵の努力では、役として生きることはできません。本作では彼女はじめ、皆で一生懸命稽古を重ね、支え合ってきました。僕らは、日本がモノづくりにおいて、ディテールを大事にしているとよく聞きますが、本作でもディテールこそが重要だと信じています」

確かにこの日、公演前の場当たり稽古でも、既に何百回も繰り返しているとある演出上の仕掛けについて、バートル氏は数十人のコロスのうち一人に目をとめ、細かく指示を出していました。

 

『モンゴル・ハーン』場当たり稽古より。コロスのうち、端の一人に対して、バートル氏から細かい指摘がありました。©Marino Matsushima 禁無断転載


ウランバートルの人口170万人に対して、10万5千人を動員した本作。ロングランの伝統がなかったこの国で180回以上の上演が達成されただけでなく、本作はウランバートルで大きな社会的インパクトを与えたといいます。

「近年はモンゴルでもご多聞に漏れず、スマホの普及によって人々が直接コミュニケーションをとらない傾向がありますが、本作が登場したことで、ウランバートルではひとときスマホをしまい、観劇を楽しむという行動様式が生まれました。劇場という場に大勢が集まり、一つの物語を共有するという行為が、特に若い人たちには新鮮に感じられたのです。

作品テーマの一つが“愛”であることも、若い層には魅力だったようです。つきあってはいるけれど、(親しいからこそ)口には出さないこともある。そんなカップルが劇場に来て、本作を観ながら、互いの恋愛感情を確かめたりしているようです」

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。©Marino Matsushima 禁無断転載


日本公演を前にして、バートル氏たちには特別な思いがあるのだそう。

「ルハグヴァスレンさんとご一緒したTVシリーズ『モンゴル民族の百人の偉人の100人』の中には、白鷗さんを取り上げた回もあり、僕らは取材で日本に赴き、多くの人々が行き交う渋谷のスクランブル交差点の光景に衝撃を受けました。世界には自分が想像も出来ないほど多くの人々が、同じ時間を共有していまするが、その中で僕らはどう生きるべきなのか。そんな思いがよぎったことも、本作を上演したいと考えたきっかけだったのです。

また13世紀、モンゴル帝国がユーラシア大陸を闊歩し、次々と領土を拡大する中で、唯一戦で勝てなかったのが日本。以来、僕らモンゴル人の中にはずっと、何が彼らを勝たせたのだろう、彼らはどういう民族なのだろうという興味があり、私もさまざまに日本人の精神性を分析してきました。

本作が日本でどう受け入れられるのか、皆さんからどんなリアクションがあるか。それによって僕らの日本理解もより深まると思っています。ぜひお客様たちにも、同じ“蒙古斑”を持つ同士(笑)、いにしえの帝国のドラマを楽しんでいただけましたら幸いです」


『モンゴル・ハーン』海外進出成功の立役者であり、運命の王妃を演じる
俳優兼プロデューサー、バイラ・ベラ インタビュー

 

バイラ・ベラ モンゴル生まれ。Royal Central School of Speech and Drama(ロンドン)でチェブニング奨学金を得、映像演技において修士号を取得。ロンドンをベースに映画、TVドラマに出演。プロデューサーとしても活動し、2019年には「Hollywood in Mongolia」国際映画祭を創設、2021年からハリウッド・プロフェッショナル協会に所属し、クラウド技術を活用した映像制作を推進。モンゴル国家映画審議会のアドバイザーもつとめる。2024年モンゴル文化親善大使に任命。環境保全活動など、社会貢献にも尽力。モデルとしても複数のミス・コンテストにモンゴル代表として出場。2016年ミス・ワールドではトップ11に入り、ミスタレント賞、People's Choice賞を受賞した。©Marino Matsushima 禁無断転載


ロンドン公演からプロデューサーとして本作に携わり、正妃役として出演もしているバイラ・ベラさんは、ロンドンとモンゴルの演劇人の架け橋として奔走し、本作の海外進出成功の立役者とも言える存在。しかし作品に関わることになったのは、ひょんな出会いがきっかけだったといいます。

「私はロンドンで演技を学び、現地を拠点に俳優として活動していました。(注・Amazonオリジナル・ドラマ『The Power』Netflixドラマ『マルコ・ポーロ』、映画『Sacred Blood』等に出演、『Blue Destiny』ではフィレンツェ国際女性映画祭で最優秀女優賞を受賞)。

父の急病で一時帰国した折、ロンドンに戻る前日に観たのが、当時、モンゴルでは異例のロングランを続けていた『モンゴル・ハーン』。主演のガンボルトさんを知っていたので、終演後に楽屋を訪ねたところ、演出のバートルさんもいらっしゃいました。
観たばかりの舞台の余韻の中で、ぜひロンドンでも上演するべきですよと話したところ、彼も海外進出を考えていたとのことで、可能性を探ってくれないかと打診されました。早速リサーチを始め、私はプロデューサーとして関わることになったのです。

 

楽屋で語るバイラ・ベラさん。©Marino Matsushima 禁無断転載


ロンドン公演は大きな挑戦でした。現代モンゴル演劇はロシアの影響を受けて発展してきましたが、英国には英国の演劇の歴史、流儀があるので、ロンドンの演劇人と協同するには、西欧の基準と、比較的古いロシアの基準を結びつける必要があったためです。互いにリスペクトを持ち、理解しあうことで、私たちはよい関係性を築くことができたと思います。

モンゴル人は遊牧民であるため、問題処理能力があり、柔軟性があると思います。
それに対して、英国人スタッフはディテールに非常に正確です。劇場では何かが機能しないと、すべてが機能しなくなるためです。照明、音響、舞台装置など、細部に至るまで徹底しないといけないということを、私たちは彼らから大いに学びました」


こうして2023年11月、ロンドン公演が開幕。50媒体ほどの劇評が出、その多くから“Big Sensation”との声があがったといいます。

「ウランバートルには数軒しか劇場がありませんが、ウェストエンドには39もの劇場が、狭い地区にひしめいていますので、注目を集めるのも一苦労。そんななかでこれだけの反響があったことに、私たちは驚き、誇らしく思いました。

モンゴルではルハグヴァスレンさんが書かれた詩的な台詞を愛するお客様が多いのですが、ロンドンではまず、衣裳が絶賛されました。古代遺跡の出土品を忠実に再現したもので、デザイナーは3000年前の、名も知らぬフンヌ(匈奴)の方々(笑)。現代の私たちの目から見ても、異次元レベルのデザインだと思います。

その後のシンガポール公演では、色彩や音楽を含め、一つのエンタテインメントとして楽しまれた方が多かったようです。公演地によって反響が異なるのも、この仕事の醍醐味の一つです」

 

楽屋で見せてくれた、お気に入りの衣裳。ガウンは戴冠式のシーンで着用。帽子には精緻な動物の彫像があしらわれている。©Marino Matsushima 禁無断転載


海外公演の過程で「モンゴル語だけでなく、英語上演の回も作ろう」というアイディアが持ち上がり、バートル氏は英語での演技経験豊富なバイラさんに出演を依頼。オファーされたのは、本作でも最も難役と言われる正妃ツェツェル王妃役でした。

「ツェツェルは非常に挑戦しがいのある役。“悪女”ではなく、“愛を求める人”ととらえています。夫(ハーン)から愛されなかったため、宰相の愛を受け入れますが、その彼との間に生まれた子を、あろうことか側妃の子と取り換えるように言われます。ツェツェルが愛を求めたことで、一連の悲劇が引き起こされてしまうのです。

特に演じていて胸をかきむしられるのが、子の取り換えのシーン。非常に強い照明が私にあたるので客席が全く見えず、ドラマティックな音楽も手伝って、完全に“その状況”に呑み込まれながら演じています。毎回、涙をこぼさずにはいられません」

 

『モンゴル・ハーン』ウランバートル公演より。この日のツェツェル役はオドンチメグ・バッドセンゲル 🄫Marino Matsushima 禁無断転載


子を取り換えた後、正妃と側妃がどのように育児を行ったかという描写はありませんが、ツェツェルと(実は側妃が生んだ)クチール王子の関係性がうかがえるのが、2幕のとあるシーン。ある状況で、クチールがツェツェルの母乳に言及する台詞が涙を誘います。

「生物学的にはクチールは自分の子ではないのですが、ツェツェルは愛情をもって彼を育てたと思っています。クチールとしては人生のほとんどをツェツェルの側で生きてきたため、彼女との絆は強い。それがあのシーンに繋がっているのだと思います」

 

バイラ・ベラさん。「今回の観劇をきっかけに、日本の皆さんがモンゴルを訪問して下さったら嬉しいです。お勧めは草原での乗馬!50キロ走っても誰にも会わず(笑)、大地の広さを実感できます。またゲルに泊まれば、満天の星空に抱かれて眠れます。五つ星どころか100万星ホテルです(笑)」©Marino Matsushima 禁無断転載


国際派俳優として活躍するだけでなく、「Hollywood in Mongolia」国際映画祭を創設したり、国連REDD+モンゴル環境大使に就任、モンゴル国内の植樹プロジェクトを推進するなど、幅広い活動を行うバイラ・ベラさん。女性の社会進出のパイオニア的存在という意識は確かにある、といいます。

「今、モンゴル社会は目覚ましく変わりつつあり、私達の世代はパイオニアとして、道を切り拓きつつあるなという実感があります。若い女性たちはより発言をするようになり、自分が働く分野でリーダーシップを発揮する傾向にあります。以前はプロデューサーや映画プロデューサー、演劇プロデューサーといえば男性ばかりでしたが、今では女性プロデューサーや監督が台頭し、これは非常に良い傾向だと思っています」

次回記事ではメイン・キャストやスタッフへのインタビューをお届けします!

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『モンゴル・ハーン』10月10~20日=東京国際フォーラム ホールC、10月24~26日=愛知県芸術劇場 大ホール 公式HP
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