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『王家の紋章』海宝直人インタビュー:“歴史が動いてゆく”感覚に魅せられて

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『王家の紋章』より。©Marino Matsushima 禁無断転載

現代から古代エジプトへ、時空を超えた愛を描いた不朽の名作漫画を、シルヴェスター・リーヴァイの音楽で舞台化した『王家の紋章』。2016年の初演、翌年の再演ともに大きな話題をよんだミュージカルが、待望の再演を果たします。

今回の舞台で古代エジプトのファラオ、メンフィスをダブルキャストで演じるのが、海宝直人さん。初演、再演では浦井健治さんが確固たるファラオ像を創り上げましたが、海宝さんのアプローチはどのようなものに? このコロナ禍の中で抱いてきた思いも含め、じっくりとお話をうかがいました。
(注・取材は稽古期間中に行われました)

【あらすじ】エジプトで考古学を学ぶ16歳の少女キャロルは、古代エジプトの少年王メンフィスの墓の発掘に関わったことで、メンフィスの姉アイシスの怒りを買い、古代へとタイムスリップしてしまう。現代の知恵を持つキャロルは現地の人々に認められ、メンフィスにも臆せず意見をしたことで、彼の心も揺り動かしてゆくが…。

ジェットコースターのような
内面の変化を
鮮やかに表現できたら

――海宝さんが『ドラえもん』好きであることは周知の事実ですが(笑)、今回は少女漫画が原作です。少女漫画はお読みになりますか?

「たまたまなのですが、『王家の紋章』は家にありまして、学生時代に読んでいました。まさか後年、演じることになるとは思っていませんでしたが(笑)。自分が読んだことのある数少ない少女漫画が、この作品です」

――少女漫画の独特な世界観に対して、当時読みにくさを感じたりは?

「全然無かったですね。『ガラスの仮面』なども読んでいて、少年漫画と分け隔てすることはなかったかな。自分をキャラクターに重ねて楽しむというより、客観的にドラマチックなストーリー展開を楽しむという感じかな」

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海宝直人 千葉県出身。7歳で『美女と野獣』チップ役でデビュー。後に『ライオンキング』初代ヤングシンバとして同役を3年間演じる。長じて『ファントム』『レ・ミゼラブル』『アラジン』『ノートルダムの鐘』『ジャージー・ボーイズ』『ジーザス・クライスト=スーパースターin コンサート』『イリュージョニスト』『アリージャンス』等、様々な舞台で活躍。ロックバンド「シアノタイプ」のヴォーカリストとしても活動している。©Marino Matsushima 禁無断転載

――今回、改めて読み返してみて発見されたことはありますか?

「躍動感が凄いなと感じます。少年漫画もいろいろ読んでいますが、この作品には、他では見られないほど、キャラクターが立体的に飛び出してくるような感覚があります。例えば愛する弟を奪われるのでは、と思って憎悪に至るアイシスにしても、痛快なほど感情表現が豊かだと思います」

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『王家の紋章』より。©Marino Matsushima 禁無断転載

――メンフィスというキャラクター造型については、原作が大きな助けになりそうですね。

「稽古場にも原作が置いてあって、それを参考にしながら話し合ってゆくというのはこれまで経験したことのないアプローチで、自分にとっては新たな挑戦です」

――宣伝ビジュアルの海宝さんのメイクは、浦井さんのメイクともまたすこし違うように見えますが、これはご自身で…?

「いえ、メイクさんが原作コミックを前に置きながらやってくださいました。衣裳やメイクだけで役に近づくなということを、他の舞台より強く感じましたね。本番ではどうなるか…は、楽しみにされてください」

――これほど徹底的なメイクというのはこれまでは…。

「(『ライオンキング』の)シンバは経験があるけれど、あれは特殊ですからね(笑)。ロンドン・ミュージカルではほとんどメイクがなかったので、今回、完全に“変身”させていただいています」

『王家の紋章』©Marino Matsushima 禁無断転載

――メンフィス役は初登場時の姿が重要で、ここでファラオの風格が感じられるかどうかが問われてくるかと思いますが、何か準備されていますか?

「“型”であるとか、アニメーションに声をあてていくような感覚も大事だと思いますし、俳優として自分の生理に落とし込むということも大事だと思っています。

メンフィスという役は、現実のぼくらの感覚からするとかなり飛躍している価値観や死生観を持っていて、彼の台詞は今を生きるぼくらには共感しづらいものですが、それを僕の中にどのように落とし込んで、当たり前のこととしてそこに存在するか。その上で、2次元が立体化しているような存在としてお客様に見えるといいなと思います。メンフィスはしばしば“どSキャラ”と言われますが、当時の価値観的にはそれほどのことではなかったのかもしれないし…。そういったところを、丁寧に落とし込んで行く作業を並行して行っていきたいと思います」

――彼はいわば、巨大なピラミッドの頂点にいるような存在で、そんな彼からすれば下々の者は蟻のようなものかもしれません。それが、キャロルに人権を大切にするよう注意されたりする中で、生まれて初めて心が揺さぶられるのですね。

「メンフィスは陰謀渦巻く世界で、命の危険にさらされながらも人々に“神の化身”として崇められてきたのに、“金髪の珍しい奴隷”ぐらいにしかとらえていなかったキャロルに“それはおかしい”と率直に怒られることで、まずは異物感を覚える。そして彼の中に、人間に対する愛情というものが芽生えて、最終的にはキャロルのためなら死んでもいい、というところまで行きつきます。

短時間でこの変化を表現するのは大変だとは思うのですが、そこを丁寧に出さなければいけないと思っています。ジェットコースターのようですが、彼の内面の変化を鮮やかに表現できたら魅力的なドラマになるのでは、と信じています」

『王家の紋章』©Marino Matsushima 禁無断転載

――その大きな変化を表現する上で、音楽が効果的に使われているのですね。

「音楽の力は大きいですよね。例えば、原作漫画では描かれていない、メンフィスがどういう気持ちで統治をしていたかという内面についても、ミュージカルではソロナンバー一曲ですっとお客様に届けられます。ミュージカルって世界観の飛躍がしやすいし、そういう意味でもこの作品とミュージカルは親和性が高いのではないかと思います」

――初演時に作曲家のリーヴァイさんは「それぞれのキャラクターに沿ったナンバーを書いた」とおっしゃっていましたが、歌ってみてメンフィスに相応しい楽曲と感じますか?

「メンフィスの内面的な変化が音楽にそのまま表れているな、と感じます。“俺はファラオだ”と自信に満ち溢れている序盤から、感情が芽生え、人を愛するようになって迷いが生じ、愛に生きていくようになってゆくまでの変化が、音楽にみごとに表現されていると思います」

『王家の紋章』©Marino Matsushima 禁無断転載

――身体表現面はいかがでしょうか。初演、再演で浦井さんメンフィスはきびきびとした動きを見せていらっしゃいましたが、もしかしたら様式的な動きというのもメンフィス役にはアリかも…?

「ファラオとしての説得力を持たせることは大事だと思います。それをどんな身体表現におさめるかはまだ決めていませんが、序盤と後半では、おのずから変わってくるでしょうね。ファラオとして、民に見せるべき姿と、キャロルを愛するようになって動揺したり、彼女のために無我夢中で戦う姿と。その二面性、緩急をお見せできたら。特にミュージカルでは、不安や怒り、喜びというものをダイナミックに表現できると思うので、少年としてのメンフィスと王としてのメンフィス、そのアンバランスな魅力を御覧いただければと思います」

――キャロル役は神田沙也加さん、木下晴香さんです。

「神田さんとは初めてご一緒させていただきますが、『キューティー・ブロンド』でヒロインをチャーミングに演じていらっしゃったのがとても印象的でした。今回のキャロルもチャーミングな役なので楽しみです。木下さんとは『アナスタシア』で共演しましたが、『アナスタシア』組って仲がよくて、今でもみんなでLINE飲みをやったりしているんです。木下さんには落ち着いて大人びたイメージがあると思いますが、舞台に対しては凄く熱いものを持っている方なので、今回も一緒に作品を作っていけることが楽しみです」

『王家の紋章』©Marino Matsushima 禁無断転載

――平方元基さんと大貫勇輔さん演じるヒッタイト国・イズミル王子との、キャロルを巡る三角関係にも注目、ですね。

「お二人とどんなやりとりが出来るか、楽しみです。イズミルって、メンフィスにとっては“急に喧嘩売ってきたな、こいつ…”という存在なんですよ。それまでヒッタイトとエジプトは友好関係を築いていたので、キャロルがイズミルにさらわれたらしいという知らせは寝耳に水で。実は背後でアイシスが何をしているか(注・弟のメンフィスを愛するあまり、アイシスはイズミルの妹ミタムンに対して驚きの行動に出ます)なんて知らないので、まずは“なぜヒッタイトが”というのがあり、愛する人を救うため、戦争をするぞということになります。それだけ、キャロルの魅力が抗いがたいということですね。彼女自身、“私のせいで歴史が変わる”というような台詞も発していますし…」

――まさに“歴史ロマン”ですね。

「わくわくしますよね。僕は歴史ものが好きなので、この“歴史が動いていく”感じに惹かれます。だから学生時代に原作漫画を読んだ時にも魅了されたんだと思います」

――その中で生まれるロマンスというのも女性読者にとっては重要なのですが、海宝さん的にはいかがですか?

「この作品の中の“きゅん”ポイントというのは、またちょっと独特なものがあるかと思います。宣伝ビジュアル撮影の時、僕がファラオの気分になれるよう、周りの女性スタッフたちが皆さん“素敵”だとか、いろいろ言っておだててくださったんですが(笑)、その中で“腕折られたい”というのがあったんですね。原作にもそういう描写があったのを忘れていたのですが、そういえばキャロルには最初の頃、メンフィスから乱暴に扱われても“なんだろうこの気持ち”と、ときめいている描写があります。メンフィスとしてはどういうバランスの“S”っ気であればキャロルのときめきに行きつくのか、よく(演出の)荻田(浩一)さんと相談したいと思います」

――どんな舞台になれば、と思っていらっしゃいますか?

「お客様がこの世界観にいかに没頭できるか、それがこの作品の大事なところだし、難しい部分でもあると思います。ちょっとでも気を抜けば、お客様は醒めたり、現実に引き戻されてしまう。役者としては、この世界を信じ切って、飛躍してそこに生き切ることが大事だと思っています。信じ切るため、いろいろなアプローチをやり切っていきたいです」

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海宝直人さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

――近作についても少し伺わせてください。コロナ禍の中で海宝さんは様々な経験をされているかと思いますが、特に『イリュージョニスト』『アリージャンス』ではリモートでの演出を経験されたのですよね?

「『イリュージョニスト』ではリモートでトム・サザーランドさんの演出を経験しました。あの時はカンパニーの中に感染者が出て、全員2週間隔離することになり、(稽古期間が)あまりにも足りない、次の機会を待ったほうがいいのか…という話も出たのですが、“なんとかこの作品を届けたい、どういう形なら出来るか”となって、僕らとしては台本の台詞を覚えたほうがいいのか、それとも楽曲に集中したほうがいいのか、不安を抱えた時期もありました。

そんな中でも“やるんだ”というトムさんの強い思いがあり、何とか劇場入りすることができたのですが、トムさんって、“チェンジマンだよ”とは聞いてはいたけれど、本当にゲネプロの前日になってもソロの動きが全部変わって、しんどかったです(笑)。

でも、百戦錬磨の先輩方が不安と戦いながら、思いを注ぎこんで取り組んでいる姿を見て、僕もやらなきゃ、と奮起しました。そういう姿を見られたのもいい経験だったし、アンサンブルの方々はぎりぎりまでリモート稽古だったので、皆が集まってからの全員の団結、集中力、ぴんと張り詰めた感覚というのは、それまで経験したことのないものでしたね。短い稽古期間でも(舞台を)お届けできたことで、代えがたい達成感がありました。

『アリージャンス』では、(オリジナル演出の)スタフォード・アリマさんが来日できず、共同演出の豊田めぐみさんと皆でいろんな引き出しを出して、ミザンスなど、どのようにしたら効果的に見えるのか、意見を出し合って作っていきました。

この作品も(『イリュージョニスト』とは異なる)大変さがあって、日本語ベースの移民一世、英語ネイティブである二世、そして白人の方のやりとりが根幹にある作品を、アジア系のビジュアルの俳優たちで演じなくてはいけない、という点で、ハードルがとても高いんですね。そのうえ、アリマさんの演出を直接受けられないという苦難の中でも皆で創り上げていくことができて、カンパニー全員を誇りに思っています」

――以前のインタビューで、海宝さんはまだまだご自身の“声”を開拓中だというお話をうかがいましたが、今はどんな声の開拓に関心がありますか?

「今はやはり、『王家の紋章』のメンフィスの歌声を構築していかないと、と思っています。

メンフィスのソロは、1番2番が同じメロデイで、Cメロがあって最後に転調して盛り上がっていくという流れなのですが、そのままつるっと歌ってしまうと、楽曲の構築が見失われる危険性があると思っています。自分の中でビルドアップして、意識がどう変わっていって、次の歌詞でどう変化して…というのを丁寧に積み上げ、なおかつメンフィスの歌声でないといけません。お芝居として丁寧に歌いすぎても、キャラクターを伝えにくくなってしまう楽曲もあるので、そういうナンバーではむしろグルーヴに身を任せて、ある意味、それほど言葉を伝えすぎないほうがメンフィスというキャラクターが伝わるかもしれない、と思っています」

――ロック・テイストの楽曲のことでしょうか?

「そちらの曲も同じ特徴を持っていると思います。1幕でファラオとしての自分を歌うところなど、あまり歌詞を大事にしすぎるとキャラクターが伝わらない。そういったところを意識していかなければと思っています」

――このコロナ禍を経験したことで、舞台芸術やミュージカルについて、思いを新たにされている部分はありますか?

「こういう状況になって改めて考える時間ができたことで、改めて、演劇の力ってすごいなと感じています。

今の時代、情報が溢れていて、何が正義か、正しいのかあいまいになってきていますが、だからこそ、自分の考えを持つこと、そして違う意見を持つ人がなぜそういう意見に至ったのか考えることも必要になってきていると思います。例えばワクチンに対して、どうとらえるかなど。

自分で情報を取捨選択して、判断していかないといけない時代ですが、そういう中で演劇は、(絶対的な)答えを提示するのではなく、“こういう考え方もありませんか?”と、作品の中で提示することができます。例えば『アリージャンス』でも、サミーとフランキーは同じ日系二世でも違う考えを持って、対照的な行動をとっていましたが、お客様には、彼らがどういう理由でその行動に至っていたか、理解していただけたと思います。

いろいろな考え方を提示して、お客様にも考えていただける。演劇って凄い力を持つ存在だな、と改めて思います。だからこそどの時代にも演劇は存在して、時には時代を動かすような力を持っていたり、つらい時代を乗り越えるものになっていたのだな、と。僕はそういう世界で仕事をしているのだな、と改めて感じているところです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『王家の紋章』8月5日~28日=帝国劇場 9月4日~26日=博多座 公式HP
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*海宝直人さんの今後の予定 
オーディオドラマ 青春アドベンチャー『1848』8月16日~(全15回) 公式HP
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