
重厚な響きとともに浮かび上がる、一人の男の姿。
彼はある忌まわしい出来事を、憤怒の念に駆られながら手紙に書き残す…。
時は過ぎ、英国で暮らす令嬢ルーシーは、亡くなった筈の父が生きていると知り、パリへ。
無実の罪で長くバスティーユに投獄されていた父マネットは、かつての使用人であるドファルジュ夫妻のもとに身を寄せていたが、心を病み、記憶も失っていた。

英国への道中、父娘は一人の青年と出会う。
彼、チャールズ・ダーニーは叔父エヴレモンド侯爵の残酷なふるまいを嫌い、貴族の身分を捨て英国で新たな人生を生きようとしていた。
スパイ容疑で裁判にかけられた彼は、マネット父娘が雇った弁護士シドニー・カールトンに助けられ、シドニーと友情を育むいっぽうでルーシーと恋に落ちる。

それまで生きる目的を持たず、酒浸りだったシドニー。
彼もまたルーシーに心惹かれるが、チャールズが彼女にプロポーズしたことを知って身を引き、二人への献身を心に誓う。

再び年月が過ぎ、フランスでは革命が勃発。
次々と貴族がギロチンにかけられて行く中で、チャールズはかつての使用人の危機を知る。
パリに渡った彼はドファルジュ夫妻ら民衆に捕らえられ、マネット父娘は再び彼を救おうと奔走するが、マネット自身がかつて書き残した手紙が仇となり、チャールズは窮地に。
それを知ったシドニーは…。

フランス革命に揺れるパリとロンドンを舞台に、運命に翻弄される人々を描き、世界で2億冊ものベストセラーとなった『二都物語』。チャールズ・ディケンズ(『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』)の屈指の傑作と称される長編小説を、ジル・サントリエロ(脚本、作詞、作曲)が21年がかりで舞台化し、2008年にブロードウェイで開幕したミュージカルが、12年ぶりの日本公演を果たしました。

全編が“歌”の『レ・ミゼラブル』とは異なり、歌を内包しながらも台詞主体で物語が進んで行く本作。初演に続いて演出を担う鵜山仁さんは、めまぐるしく展開するストーリーにメリハリをつけ、登場人物それぞれの魅力を引き出しています。
筆頭は、井上芳雄さんが再び演じるシドニー。厭世的な酔いどれ弁護士がルーシーの優しさに触れ、人生に目覚める瞬間を、井上シドニーはソロ・ナンバー「I can’t recall」で、ミュージカルならではのダイナミズムをもって表現。ルーシーとチャールズの間に娘が生まれてからは、彼女を“退屈なお話”で寝かしつけるほのぼのとした“日常”を通して、シドニーが彼らとの交流から得ていた“ささやかな幸せ”を印象付け、後の行動の原動力となっていくことをうかがわせます。

貴族の身分を捨て、英国で新たな人生を生きようとするチャールズ・ダーニーを演じるのは、やはり続投の浦井健治さん。きっぱりとした口跡に信念を持つ人の清廉さが溢れ、ルーシーが彼に惹かれ、シドニーが身を引き、度重なる危機に際しても周囲の人々が彼を助けようとすることに説得力を与えています。

心を病んだ父に生きる気力を与え、二人の男性から愛されるルーシーを新たに演じるのは、潤花さん。エレガントな佇まいと低めの地声に加え、誰に対しても分け隔てなく接するさまが爽やかで、チャールズやシドニーならずとも魅了されること必定の“大人の女性”像です。

マネット役の福井晶一さんは、悲運に見舞われ続ける人物の苦悩を全身に迸らせ、ドファルジュ役の橋本さとしさん(続投)は革命の正しさを信じ、突き進んでいた男が妻の暴走に心を痛めるようになるさまを、人間味豊かに表現。
貴族に深い恨みを抱き、復讐が生きがいになってゆくマダム・ドファルジュ役の未来優希さんは憎悪に満ちた視線と力強い歌声が哀しく、バーサッド役の福井貴一さん(続投)は“小悪党”として、自分の人生に折り合いをつける終盤に深い味わい。

原康義さん(続投)演じるマネットの財産管理人で銀行員のロリーは、終盤のシドニーとの短くもあたたかな語らいで存在感を示し、塩田朋子さん(続投)演じるマネット家の家政婦ミス・プロスは随所でルーシーに対する情味を滲ませており、これが終盤の咄嗟の行動の伏線となっています。
宮川浩さん(続投)が飄々と演じるジェリー・クランチャーは銀行の雑用係で墓堀りの副業も行っており、あちこちに顔を出す興味深い役どころ。そして岡幸二郎さん(続投)が演じるエヴレモンド侯爵は、悪を自覚するどころか、生まれながらの優位性を信じ切っている姿が恐ろしく、人間の性(さが)の危うさについて考えさせる存在となっています。

絶体絶命の危機に陥るチャールズ。究極的な局面にあって、シドニーは迷わずある決断を下し、行動に移します。嵐のような展開を経て、舞台が迎える静謐な幕切れ。
ディケンズによる原作小説の終わりの二文を井上シドニーが発するその姿が、心なしか12年前のそれよりいっそう希望に満ち、輝いて映るのは、理不尽な暴力が横行する“今”の世相によるものでしょうか。作品を貫くヒューマニズムに心震え、また大いに励まされる舞台は、7月20日までアーカイブ配信で視聴可能です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報 5 月7日~31 日=明治座、 6 月 7 日~12 日=梅田芸術劇場メインホール、6 月 21 日~29 日=御園座、 7 月 5 日~13 日=博多座 公式HP
*配信情報 7月 13 日~7 月 20 日(日)23:59 案内ページ